Dolce | ナノ


▼ ex boyfriend / 坂田銀時



『もう無理』


この二年半、何度この言葉を吐きかけてきただろうか。

万事屋の玄関先だったり、ファミレスで向かい合わせで食事を摂っているときだったり、はたまた夕暮れの河川敷だったり。何度となくこの言葉を吐いて終わりを迎えてきた。


『やっぱりお前じゃなきゃダメだわ』


そして、この二年半、何度この言葉を受けてきただろうか。

私の住む長屋の前だったり、仕事中のコンビニのレジだったり、はたまたお呼ばれしたスナックお登勢のカウンターだったり。何度となくこの言葉を受けて私たちは関係をやり直してきた。


そして何度目かの『もう無理』から数週間。
私は多分慣れてしまっていたんだと思う。その言葉に対して返ってくる『やっぱりお前じゃなきゃダメだわ』というやり取りを、当たり前に感じていたんだと思う。その証拠に夜のかぶき町で見かけた銀時とその横にいた見慣れない女の人が仲睦まじく歩いている姿を見て、こんなにも心が悲鳴をあげている。


「銀ちゃん」

「…なまえ」


私より身長の高い銀ちゃんを見上げている私は、今どんな顔をしているのだろうか。気まずそうに私から目を逸らす銀ちゃんに、不思議そうに首を傾げる綺麗な女の人。そしてその二人を繋ぐ、互いの手。私はすぐにその繋がれた手から目を逸らした。


「…この人は?」

「……」

「…新しい、彼女?」


本当は聞きたくない。「ちげーよ、依頼だよ」何て意味のわからない言い訳でもいいから、そう言って欲しい。そんな私の淡い期待は無残にも打ち砕かれた。


「あぁ、そうだよ。…俺の彼女」

「どうも」


相変わらず私から目を逸らしたままの銀時の横で、感じのいい笑顔を向けてくる女の人は軽く私に会釈をした。私より大人っぽくて色気があっていかにも銀ちゃんが好きそうな人。…それでも、この二年半そこにいたのは私だったのに。


「そう、なんだ」

「…そういうことだから」


その女の人の手を引くように、私の横を通り過ぎる銀ちゃんを引き止める術を持ち合わせていない私はただ無意味な笑みを浮かべるだけで、何も言葉を返すことができなかった。残った銀ちゃんの残り香が鼻をくすぐって、私の涙腺を刺激する。


…あー、そっか。新しい彼女か。
この二年半、何度となく別れてよりを戻してを繰り返してきた私たちだったけど。それでも互いに別の恋人を使ったことなんて一度もなかった。きっと互いにまた戻るだろうと言う気持ちがあったから。でも今回はもう、違うんだね。


「…っ」


ぽろっと頬を伝う涙が言葉にならない思いに代わって溢れ出した。初めて銀ちゃんに出会った日のこと。会うたび気持ちが大きくなっていったこと。同じ気持ちだと打ち明けられて付き合うようになったこと。もう二年半も経つのに、それが昨日のことのように鮮明に脳裏に浮かぶ。

だけど段々合わなくなった歯車。あんなに好きだったのに、嫌なところばかり目についてぐーたらなマダオの銀ちゃんに愛想がついて別れ話を初めて切り出したのはいつだっただろうか。それでも銀ちゃんは私に頭を下げてよりを戻そう、って言ってくれていたのに。

今回は、本当に終わりなんだ。
そう頭が理解してからと言うもの、次々に浮かぶのは幸せだった日々。初めて結ばれた日。初めて抱かれた日。映画を見にいったり、旅行にだって行った。一緒にいたときはあんなにも不満ばかりが募っていったのに、何故もう戻らないとわかった途端、こんなにも幸せなことばかり頭に浮かぶんだろう。どうせまたよりを戻すのだと思い込んでいた。だから今回の別れ話もそんなに深く考えていなかった。…それは私だけだったみたい。


もう、銀ちゃんの優しい笑顔は、私のものじゃないんだね。


絶えず頬を伝う涙を拭うこともできずに、私はかぶき町で一人ぼっちになってしまったかのように、ただ立ち竦んでいることしかできなかった。




ex boyfriend
(本当の、お別れ)



-end-

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