Dolce | ナノ


▼ My first crush. 1/7 / 坂田銀時 / 葵様request



春は別れの季節。


『なまえッ!!!』

『私は大丈夫だから!早く行って!絶対生きて戻るから、みんなも、絶対に…絶対に!!!』

『オイッ!そいつを離しやがれ!待て!なまえ、…なまえーーー!!!!!!』





そして、春は出会いの季節。


「職探しィ?」

「…そうなんです。私最近田舎から出てきたばかりで、江戸のこと何もわからなくって」


ここは江戸。侍の町、なんて呼ばれていたこの江戸は、天人の襲来によって、見るも無残に朽ち果てた。刀を持つものもいない。よもや天人に立ち向かうものもいない。攘夷戦争で負けたこの国は、今や天人に支配された腐った国だ。そして、今私がいるここは、この腐った江戸を護る為、そして対攘夷志士もとい対テロリストを捕縛するために結成された特別組織、真選組とやらの屯所だ。つい昨日、江戸に到着した私は、町の人に職探しができるところを探し回っていたところ、ここへたどり着いた次第だ。


「ったく、そんなことに真選組が動くとでも思ったか?他あたれ、他…」

「トシ!そう言うなって!こんなに美人…いや、こんなに困った人をほっとくなんて、そんなことあっちゃならねェ!お嬢さん、お名前は?」

「…なまえです」

「そうか、なまえさん!俺は真選組局長、近藤勲だ。俺らにできることがあれば、何でも協力するから、安心してくれ!」


私は内心しめしめとほくそ笑んだ。男って言うのは、ちょっと目を潤ませて捨てられた子猫みたいに擦り寄れば、コロッと騙される。…なんて昔の仲間に教えられたんだっけ。特にこういう政府に飼われたお堅い公務員を騙すなど、朝飯前だ。


「近藤さん…勘弁してくれよ。ただでさえ最近伝説の攘夷志士の一人が、この江戸にいるとか何とかで、隊員は出払ってるんだ。こんなくだらねェ依頼受けてる場合じゃ…」

「…そいつァ、俺が面倒みまさァ」


と、またこのV字前髪男が私に不機嫌そうな表情を向けてきたとき、コーヒー牛乳みたいな髪色をした中世的な顔立ちの少年が割って入ってきた。私がその少年を見上げると、眉を上げて立て、と促してきた。


「総悟!珍しいなァ、お前が自分から名乗り出るなんて」

「ちょいと暇つぶしがてら、この娘の職探しとやらに出てきやすぜ」

「お前サボりてェだけだろうがァァァ!!!」


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「あのーありがとうございます、何かご面倒かけちゃって」


その男。総悟と呼ばれていた男は、私の前を気だるそうに歩いてどこかへ向かっている。その後ろについて歩く私は、その背中に声をかけた。


「…そんな猫撫で声を出すよーなタマじゃなさそーだけどなァ」

「…え?」

「血の匂いがプンプンしてやがる」


私はギクリとした。こんな年端もいかない少年に、見透かされているなんて。どうも最近の子供は勘が鋭いらしい。私は後頭部をぽりぽりと掻きむしる。


「バレちゃいました?」

「…」

「実は今、…生理なんですよね」

「そーじゃねェ!!!テメェの月経事情なんか知るかィ」


ペロと舌を出して笑う私に、振り返り声を荒げた総悟とやらは、けっと呆れたように前に向き直った。どうにか誤魔化せたかな、と私は胸を撫で下ろす。暫く歩いて辿り着いた先は、スナックだった。私は思わず首を傾げる。


「あの、仕事ってまさかここですか?」

「ちげェよ、上だよ、上」

「…上?」


総悟はちよいちょいと上を指差すもんだから、それにつられて視線を上げた。スナックお登勢と書かれた看板の上を見上げると、確かにもう一つ看板がある。どうやら二階建ての建物だったようだ。


「万事屋…銀ちゃん…?」

「職探しとかそーいう小せェ頼みなら、ここの旦那に頼みなせェ」

「えっでもあなたさっき面倒みてくれるって…」


ちらりと私を一瞥した総悟は、にやりと口角を上げてすぐに背を向けた。


「サボる口実でさァ。ま、どこの馬の骨とも知らねェやつに食いモンにされるよりは、ここの旦那の方がいくらか信用できやすぜ」

「は…」


じゃ、と手を上げて去ってく背中を見つめたまま、私は呆然と立ち尽くしてしまった。いくら少年とは言え、曲がりなりにもお巡りさんだというのに、困っている市民を置き去りにしてサボるなんて。何ていう町なの。やっぱりこの国は腐ってしまったんだ。私は思わず額に手を当てた。


「万事屋…何でも屋さんてことか」


再度看板を見上げて、そう独りごちる。確かに何でも屋さんなら職探し手伝ってくれるかもしれない。そう思い直して階段を上がり、戸を数回叩いた。「すみません」と何度か声をかけるも、誰もいないのか返事がない。


「…留守か」


私ははぁっとため息をついてうな垂れた。やっとの思いでやってきた江戸は思っていたより随分と冷たい町だった。私が生きていた場所はもっと温かい人情に包まれた場所だった。それがどんなに血生臭い場所だったとしても、みんな仲間を大切にしていた。そんな私のたった一つの居場所も、もう随分前に消えて無くなった。目的に向かってひた走っていたあの頃はもう戻ってこない。…「銀ちゃん」なんて文字を見たせいか、不意によぎったある人物の顔に、私は無意識に苦笑いをこぼしていた。


「…もう、会えるわけないのに」


と、その時カンカンと階段を上がる音が聞こえた。万事屋の人が帰ってきたのかも。私は音のする方へ顔を向けた。徐々に近づくその足音。そして、上がってきた人物を捉えるなり、私の時は止まった。


「…うそ」


眠たそうに重い瞼がかかったその瞳は、私を見つめたまま同じように止まってしまった。そして見る見るうちにその眼は大きく見開かれた。私の頬を何かが流れ落ちた時、咄嗟に声を上げていた。


「銀、時…?」

「お前、嘘だろ、…なまえか…?」


なにも変わらないその声が耳に届いた時、私は涙をこぼしながらもう一度彼の名を叫び、思わずその胸に飛び込んでいた。もう会えるわけないと、思っていた大切な人の胸に。



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