▼ #01
雲ひとつないお出かけ日和の晴れ模様。
一月振りに訪れた愛しの彼氏の家の前で、気合いを入れた私は陽気にカンカンと階段を登った。
「二人ともおはよー」
「なまえ!久しぶりアル!」
「…なまえさん、すみません。銀さん朝まで飲んでたみたいで、まだ起きてないんです…何度か起こしたんですけど、二日酔いしてるみたいで」
…何、だと!?
出掛けようと玄関の外にいた神楽ちゃんと新八くんにぎこちない笑顔を向けて、万事屋銀ちゃんの室内にズカズカと入り込んだ。
互いに仕事が立て込んでいて、ようやく都合がついたのが私の誕生日前日。やっととれた連休にルンルン気分で朝早くから、おめかしをして来たっていうのに。
「銀ちゃーん!!?」
スパーンと寝室の戸を引くと、目に付いたのはスヤスヤと布団の中で寝息を立てる銀ちゃんの姿。久しぶりに見る銀ちゃんの寝顔に胸がきゅうっとなるのを抑えてその図体を揺らした。
「ねぇ銀ちゃん起きて!今日お出かけするんじゃないの!銀ちゃん新しいパンツ新調したいってゆってたじゃん!!」
「…んー、」
「銀ちゃん!!新しくできたクレープ屋さん行く約束だったじゃん!!」
「…うるへェー、寝かせろ」
「…銀ちゃん、久しぶりの彼女とのデート、すっぽかす気…?」
「…もう銀しゃん飲めませぇーん、ぐへへ」
「……」
私は思わず気持ちよさそうに眠るその寝顔に、思い切り鉄拳制裁を下した。悲鳴が聞こえた気がしたが、それを振り払って万事屋を飛び出した。
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「…銀ちゃんのバカ」
何の当てもなく、ぼんやりと一人かぶき町の街をトボトボと歩いた。すれ違う人々に同情の眼差しを向けられている気がする。(気のせい)
…はぁ。何日も前から今日を楽しみにしてたのに。銀ちゃんはそんなことなかったんだ。お酒に飲まれちゃうくらい、どうでもいいことだったんだ。
…はぁ、惨めな気分。
ジンワリと涙が浮かんで、思わず地面に視線を落とした。
「あり、万事屋んとこの姐さんじゃありやせんか」
「…総悟くん!」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこには真選組一番隊の沖田総悟くんの姿があった。真選組の中でも銀ちゃんたちとファミレスでご飯を食べたり、お花見をしたりと、よく顔を合わすメンバーの一人だ。
「どーしたんでさァ、一人でほっつき歩いて。旦那は一緒じゃないんですかィ」
「…あ、うん、…散歩!」
「こんな朝っぱらから、めかしつけて一人で散歩ですかィ?」
「うっ…」
これ以上惨めな気持ちになるのは嫌だ。
そんな気持ちで思わず強がりを言ってしまった私に、総悟くんはふっと眉を上げて微笑んだ。この様子じゃ銀ちゃんにすっぽかされたのをお見通しのようだ。
「あー、…うん、銀ちゃんと約束してたんだけどねぇ」
「ってーと、旦那はあれから結局朝まで飲んじまってたわけですかィ」
「うん、そうみた……えっ?昨日総悟くんも一緒だったの?」
私は思わず目を丸くして総悟くんに詰め寄った。そんな私から引き気味に後ずさる総悟くんは、呆れたように笑った。
「姐さんと久々に会うんだって散々嬉しそーに触れ回ってたんで、飲みすぎてすっぽかすよーな真似しねェよーに、って忠告したんですけどねェ」
無駄だったようでさァ、と肩を竦める総悟くんに私はブンブンと首を振る。何それ。それって…。
「総悟ー、何やってんだ、って…あんた確か、万事屋んとこの…」
「土方さん!…お久しぶりです」
また総悟の背後から聞き慣れた声がしたと思ったら、今度は真選組副長の土方さんの姿が。
…なぜ今日に限ってこう知り合いばかりと遭遇するんだ。げっそりとうな垂れた私に、土方さんは首を傾げた。
「何だ、今日はあのヤローと一緒じゃねェのか」
「…あ、そのー」
「これからデートするみたいですぜェ」
口ごもった私にパチっとウィンクをした総悟くんは、私の代わりにそんなデタラメを吹いてくれた。…これ以上気まずい気持ちになりたくない私に、気を使ってくれたのかな。はぁ、なんていい子なんだろう。
「あのヤローに会ったら言っとけよ、深夜徘徊するまで酒飲むんじゃねェってな。おかげで昨日は近隣住民から苦情が引っ切り無しだったんだからな」
「…えっ、土方さんも銀ちゃんに会ったんですか?」
「会ったっつーか、絡まれたっつーか。えらいご機嫌で、土方くぅーん、元気ぃー?早く明日になんねェかなァー!…なんてデレデレニヤニヤでけぇ声でそんなこと叫びまくってたぞ、ったくどーしよーもねェヤローだぜ」
眉を顰めてため息をつく土方さんを見つめたまま、私は呆然と立ち竦んでしまった。カチッとライターの音が聞こえたところで、私は我に返って、慌てて笑顔を作った。
「あの、…私もう行きますね!」
二人に背を向けてその場を駆け出す私に「姐さんも苦労してやすねェ」なんて総悟くんの声が聞こえた気がした。必死に来た道を駆ける私に、道行く顔見知りの人たちが声をかけてきた。
「あれ、なまえちゃん!銀さんは一緒じゃないのか?久しぶりになまえちゃんに会えるって喜んでたぞ」…例えば行きつけの居酒屋のおじさんだったり。
「なまえちゃん!そんなに急いで、さては銀さんのところへ行くのねぇ?銀さん昨日はとっても楽しみにしてたもの、若いっていいわねぇ」…例えば花屋のおば様だったり。
私は瞳から溢れそうになる涙を必死に噛み殺しながら、万事屋への道を走った。このかぶき町を少し歩いただけで、見失ってたはずの銀ちゃんからの愛を拾い集めたかのような、そんな感覚で。
…何なの、何で、そんなの知らないよ。
銀ちゃんがそんなに楽しみにしてたなんて、知らなかったよ。…バカ、本当に…銀ちゃんのバカ。
と、その時、私の耳に聞き慣れたスクーターのエンジン音が聞こえてきた。まさか、と振り返るより先に私の名前を呼ぶ愛しい声が聞こえた。
「なまえ!!」
顔を上げたそこには、スクーターを停めてこちらに駆け寄る銀ちゃんの姿。カポッとヘルメットを外すと、いつにも増してボサボサ頭の寝起きと思わしき、その姿。あぁー銀ちゃんだ、銀ちゃん会いたかった。
「…銀ちゃん、」
そう私も駆け寄ろうとした時、不意に朝の万事屋での出来事がフラッシュバックした。
『銀ちゃん!』
『…zzz』
『起きて、銀ちゃん!!!』
『…zzz』
『ぎ、ん、ちゃーん!!!!』
『ぐぉーーー…zzz』
気がつくと私はくるりと踵を返し、銀ちゃんに背を向けて走り出していた。そんな私に銀ちゃんは、えェェェ!?と声を上げた。
「ちょ、待て!逃げんな、なまえ!!」
「うっさいバカ!こっちくんなー!!」
必死に走って逃げる私を、銀ちゃんも負けじと全速力で追いかけてくる。時折、オイ!とか待て!とか声が聞こえるけど、そんなの聞こえないフリ。
「なまえちゃん、俺、寝起き!んで、二日酔い!こんな走ったら死んじゃう、銀さん死んじゃうゥ!」
「一回死ね!バカ天パ!!」
「天パ関係ねェだろ!」
普段からあまり運動をしない私はすぐに体力が切れてしまう。観念したように立ち止まると、人気の少ない土手まで走ってきてしまっていたようだった。そんな私は銀ちゃんの腕に捕まった。
「…ッ、やっと捕まえた…っ」
「もうやだ、…銀ちゃんのバカ」
後ろから銀ちゃんに抱きすくめられた私は、小さくそう呟いた。銀ちゃんの腕から伝わる温かい体温と、背で感じる銀ちゃんの呼吸。色んな感情が相まって、ポロポロと頬を涙が伝う。
「…悪かったよ」
珍しく素直に謝る銀ちゃんに、私の涙は更に流れる一方だ。後頭部をガシガシ掻いている音が聞こえて、私はぎゅっと銀ちゃんの腕を掴んだ。
「なァ、泣くなよ」
「…久しぶりだったから、っ…楽しみにしてたの」
「…あァ」
「誕生日の前夜祭するぞって、言ってたのに…なのに、銀ちゃん、起きないし…っ」
「…」
「私ばっかり、楽しみにしてたのかなって…、ッ」
なまえ、と困ったような声を上げる銀ちゃんに向き直った私は、ひと月ぶりに銀ちゃんの顔を見上げた。どこか気まずそうな、それでも優しい瞳を向ける銀ちゃんに、私はまた涙を流す。
「でも、みんなが言ってたの。…銀ちゃんが、すごく楽しみにしてたんだよって、みんなが教えてくれたの…」
「…あー」
私から目を逸らして、恥ずかしそうに唇を尖らせた銀ちゃんに、私は思わずくすりと笑ってしまった。そんな私を銀ちゃんは、強く抱きしめた。
「…そーだよ、楽しみにしてたんだよ。んで、あまりにも楽しみすぎて、ちょっと調子乗って飲み過ぎちまったの、銀さん柄にもなく舞い上がってたの。……悪かったよ」
「銀ちゃん…」
「久しぶりに会うし?しかも、よりにもよって誕生日だし?……彼女の誕生日祝うなんて、初めてだから、つい」
そう言って、銀ちゃんは私を更に強く抱きしめた。
久しぶりの銀ちゃんの匂いに、銀ちゃんの温もり。私の気持ちはじんわりと温かくなって、また涙が溢れ出す。誕生日だからとか、ぶっちゃけそんなことはどうでもよかった。ずっと、銀ちゃんに会いたくて。こうやって抱きしめて欲しくて、名前を呼んで欲しくて。たったひと月しか離れていなかったのに、ずっと会いたかったの。
「…銀ちゃん、会いたかったよ」
「ん、俺も」
そうして銀ちゃんは私から離れたと思えば、唇を重ねた。久しぶりの銀ちゃんとのキスに、私の心が満たされた気がした。
「今日の借りは身体で返すからよ」
「うん、……って、え?!」
ニヤリと笑った銀ちゃんは、私を勢いよく担ぎ上げると、嬉しそうに万事屋へ向かった。
…何だかんだで、やっぱり私は銀ちゃんに甘いなぁ。惚れた弱みってやつかな。それでも、銀ちゃんの気持ちを再確認できてよかった。私は本当に幸せ者だ。
バースデー・イブ
(ケーキと別に特大パフェ食べたいです!)
(ちょ、おま、マジか!?……また家賃払えねェな、こりゃ)
夕暮れ時、街のはずれに乗り捨てられたスクーターを囲う二人の男。その一人はプハッと煙草の煙を吐き出して、気だるそうに眉を顰めた。
「これ万事屋のバイクじゃねェか。ったく、あのヤロー。…総悟、駐禁切っとけ」
「へーい」
後日気付いた銀ちゃんが、半泣きで真選組に乗り込んだのは、また別のお話。
-end-
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