Agrodolce | ナノ


▼ 幼馴染とは / 服部全蔵



『ポラギノール買ってきてくれ…』


お昼時、食事を取ろうと町内をプラプラしていた私の携帯に着信が入り、聞こえてきたのは苦しそうな声。返事をする間も無く終話された電話に、私は大きくため息をついた。


「久々に連絡が来たかと思えば…」


そんなことを独りごちた。後々文句を言われるのも嫌なので早々に薬局に寄り座薬タイプのポラギノールを手に取ると、そのまま服部屋敷へと足を急いだ。



「女の子に痔の薬買いに行かせるなんて、どーいう神経してるの」

「いやァ、助かった。持つべきものは昔馴染みの友人だな」

「聞いてる?」


先ほどの電話の主は、このヒゲヅラの服部全蔵。元御庭番衆頭目であり服部家の跡取りであるこの男は、幼い時から共に忍びを学んで来た幼馴染だ。かくいう私も元御庭番衆。今は友人の猿飛と共に始末屋で生計を立てている。全蔵は今はフリーターで、たまにこうやって昔みたいに私をパシリに使っては屋敷へ呼び寄せ、共に食事をするようななんてことない仲。…なんてことはない仲だ。


「お前さん、相変わらず独り身なのか」

「全蔵だってそうでしょ。もうこの歳になるとてんで出会いがなくなるよね」

「違いねーな」


机を囲いながら全蔵が作ったであろう食事をとりながらする、なんてことない普通の会話。会話の内容はさて置き、空気はまるで熟年夫婦のそれだ。特に盛り上がる話もなく淡々と食事をとっていても、全然嫌な空気じゃない。昔から知っている仲だと、変に気を使わなくて楽だ。


「一人で住むにゃこの屋敷は広すぎて敵わねェ」

「服部先生あんなに元気だったのにね。驚いたよ」

「家政婦の一人や二人雇うしかねェかな」

「うん、いいんじゃない?」

「一人で食う飯もいい加減寂しいってもんだよ」


何だか話のキャッチボールができていない。一方的に投げられるボールをちゃんと受け止めても、またすぐに違う方向へ投げられている気分だ。全蔵の表情を伺っても、瞳が隠れているもんだからイマイチ読み取れない。


「なァ」

「…何?」

「なまえ、お前うちに嫁がねーか」


お味噌汁を啜っていた手がピタリと止まった。体に力が入らず、視線だけ全蔵に移すと少しも冗談めいた表情はしていない。至って真剣なその表情に瞬きをして、すぐにむせ込んだ。


「オイオイ、大丈夫か」

「…っ大丈夫じゃないよ!何それ、今の流れだと私に家政婦になれって言ってるようなもんじゃん!」


何だ、それ。人生においてプロポーズというのは、結構大切なイベントだというのに。何の気なしに言ってのける全蔵をきっと睨み付けると、何故か驚いたような顔をしている。


「そうじゃねェよ。だってお前さんさっき出会いがねェとか言ってただろ?俺じゃダメなのか」

「ダメとかそういうんじゃなくって!何、突然、何なの!」

「…だってお前、俺のこと好きじゃねェか」

「………はい!!?」


私は全蔵の言葉に食い気味に声を上げた。…何で、何でそんなこと。どんどん体温が上昇していくのがわかる。いけないとわかっているのに視線が泳ぐ。これじゃ肯定しているようなものだ。必死に冷静を装おうと浅い呼吸と瞬きを繰り返した。


「俺が気付いてねェとでも思ったか。学び舎時代からお前さんが俺のこと目で追ってんのも気付いてた。御庭番になってからも同じだ。解散してからも俺がこうやって気ままに呼び寄せりゃすぐ来るし」

「な、…!」

「あとよ、学び舎んとき毎年バレンタインに俺の机にチョコ置いてたのお前だろ。差出人も書いてねーから知らねーふりしてたけど、俺はお前だってわかってた」


私の顔は真っ赤になったり真っ青になったりを繰り返しているだろうと思う。全蔵が暴露するこの出来事は、ずっと私の中で誰にも打ち明けずに秘めていた気持ち。あのときの私は御庭番になることが最優先の課題だった。それなのに頭目になる予定の男に恋をしているなど、御法度もいいところだ。だから誰にも打ち明けずに、せめてもと毎年バレンタインにチョコレートを置いていた。この気持ちに気づいて欲しいと思っていたから。…それは、今も。


「…帰るっ!」

「オイ、待て」


がしゃん、と箸を机に叩きつけて立ち上がった私の腕を、つられて立ち上がった全蔵が勢いよく引いた。よろめいた体を必死に正し、全蔵を睨みつけた私の瞳には涙が滲んでいる。…だって、あんまりだ。私の気持ちに気づいていたのに、何度も呼び出していたなんて。うちに嫁げなんてことを冗談でいうなんて。自分の惨めさに涙が止まらない。


「私の気持ち知ってて、弄んで楽しかった?確かに私は全蔵のことがずっと好きだった。こうやってたまに会えるだけで充分だったけど、」

「なまえ」

「もうこない。もう連絡もしないで。これ以上惨めな気持ちにさせないで…っ」

「惨め?何で惨めな気持ちになるんだ」


どこまでも無神経な全蔵に、色々な感情が涙に代わって溢れ出す。掴まれた手を振り払おうとしたはずだった。それなのにいつの間にか全蔵の腕に包まれていて、私の眼前には全蔵の胸が広がった。


「全蔵、やめ…」

「何で最初から失恋前提の話になってんだ?俺がお前さんのこと好きっていう選択肢はねーのか?」

「……え?」


呆れたような全蔵の声が耳元に響いて、私の涙を止めた。全蔵が、私のことを、好き?そんなバカな。


「何でお前さんが俺のことを目で追ってんのに気づいたと思う?」

「…?」

「…俺もお前のこといつも見てたからだよ」


にわかには信じられないその言葉に、心臓がどくんと音を立てた。私を包み込む全蔵の腕に力が入って、私は更に全蔵の胸に強く押し付けられた。言葉を発することもできずに、ただただ心臓を落ち着かせる為に小さく呼吸をすることしかできないでいる。


「御庭番が解散になってからも、お前がなんか言って来ることもねーし。けど俺から言うのも癪だし。ずっとお前が素直になるの待ってたのに、結局俺から言うハメになっちまったじゃねーか」

「…そんな、知らなかった…」

「俺はブス専だけどな、お前さんは別だ。お前さんのそのツラ見ながら食う飯が一番うまいんだよ」


また、私の瞳から涙がこぼれ落ちた。叶わないと思っていた。それでもいいと思っていた。だけど、こんなにも全蔵の腕の中が居心地いいなんて、知らなかった。…やっぱり、私は。


「私、全蔵のことが好き。…花嫁修行、させてくれる?」


恐る恐る顔を上げて視界に入った全蔵の表情は、とても優しくて温かくて。いつでも私に向けてくれていた大好きな笑顔で。私も笑顔を作ろうと頑張ったのに、視界が歪んでうまく笑えない。


「やっと聞けたよ」


ふっと笑った全蔵は、どこか嬉しそうだった。





幼馴染とは
(住み込み家政婦兼花嫁修行ってことは給与もらえるの?)
(お前ってやつは…ちゃっかりしてやがる)



--------

月柴様!お待たせしてごめんなさい(´;ω;`)!
全蔵×御庭番幼馴染のストーリーのリクエストということで、なかなかストーリー構成が難しくふわふわとした雰囲気で執筆してしまいました。個人的に全蔵といえば一華ヒロイン追っかけのイメージが強過ぎて、他ヒロインとの組み合わせが難しくなってしまったのは完全に私の落ち度です(;_;)ごめんなさい。
いつも月柴様からいただく長文の温かいメッセージ楽しみにしてます(^−^) !
これからもよろしくお願いいたします。

3/9 reina.


prev / next

[ back to main ]
[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -