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▼ だから年下の男は嫌い / 神威 1/2



頭が痛い。
どうしてこうなったのか、当の私も皆目見当がつかない。

私はつい先ほど定時で仕事を終えて、自宅に帰って来たはずだった。玄関を開けた瞬間に激しい目眩に襲われて、思わずその場にうずくまってしまった。そして目を開けた先にあったのは、…見慣れた光景。だがそれは見慣れた我が家ではなく、液晶テレビで何度となく見て来てきた光景。


「……万事屋、銀ちゃん…」


私は知っている。この万事屋銀ちゃんを。ついでに言えば一階にあるスナックお登勢も知っている。ジャンプから始まりアニメもこの数年ずっと見て来た漫画。この万事屋銀ちゃんとはその主人公が住まう家。膝をつく足元は冷たいコンクリートではなく土だし、私のスーツ姿を道行く着物姿の人々が物珍しそうに見ている。日々の仕事疲れがたたって、もはや正気を保つことができない。


「…これが噂の、トリップか」


何かのアニメで見たことあるよ、そういう世界。何だか知らないけど、異次元に飛んじゃうアレでしょ、アレ。へぇ、そう。私銀魂の世界にトリップしちゃったんだ。ふーん、そう、へぇー。と冷静に私の脳内はこの状況を早くも受け入れ出した。正気を失っているだろう私は、なぜここにいるのか、元の世界はどうなったのかなどという不毛な疑問を払いのけて、思わずガサガサとバッグを漁り財布を取り出した。そして財布の中身を確認して、私は勢いよく立ち上がった。…給料日後でよかった。そう内心安堵して、すぐに駆け出した。ある場所へと。



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私の格好を訝しむ町の人に道を聞きながらたどり着いたここは、想像以上のとてつもない高さのターミナル。…え?なんでこんなとこに来たのかって?万事屋や真選組のメンバーに会わなくていいのかって?…何を隠そう、私は高杉晋助の大ファンなのだ。まさか銀魂の世界にトリップするなどというとんでもイベントが、この先生きていて二度とはあるものか。それならば、出来ることは試してみたいのだ。

現実の世界でここまで機転の利く人間だったらもう少し楽しい人生を歩めたかもしれない。特に華もないまま終わった青春時代。そして入社した零細企業でも特に何も魅せる場面もなく日々が過ぎていく。ずっとこの世界にいられる保証はないのだから、どうせ現実に戻ってしまうのならば。
…あの高杉晋助に会いたい!例え切り捨てられたとしても!

案外スムーズに搭乗の手続きを終えた私は、行く当てもないというのに宇宙船へと乗り込んだ。すぐに離陸時刻になり、ターミナルを飛び出した宇宙船は文字通り宇宙を走っている。宇宙なんて写真や絵でしか見たことがないけれど、圧巻だ。その一言に尽きる。

それにしても本当に深く何も考えずに地球を飛び出してしまったが、本当に高杉晋助に会えるだろうか。地球にいるよりは宇宙に行った方が何となく会える確率高そうだから、という安易な理由ではあるが、如何せんここも漫画の世界だ。そんなバカな!みたいな展開があってもおかしくはない。

と、冷静な私の脳内は突然響き渡ったドォォオオンッ!!!という爆発、そして大きな揺れによって若干焦りを覚えた。やはり、漫画の世界というのは展開が早い。何が起きたんだろう。そう思った瞬間、一方的に聞き覚えのある声が聞こえて心臓がドキッと音を鳴らした。


「あれ、阿伏兎、これ客船じゃん?間違えちゃった〜」

「だァから言ったろう?見た目が春雨の船と違うってよォ」


こ、この声は。春雨第七師団団長、そして神楽ちゃんの兄、神威!そして副団長の阿伏兎!!えぇー!マジですか?!いやぁ、でも、うん…。早くもこんな主要キャラに会えるなんて嬉しいよ。嬉しいんだけど。だけど、……何で高杉じゃないの!?

船内は逃げ惑う乗客でごった返している。ここは船の中だし、ましてや宇宙なんだから逃げ場なんてないのに。そう思った私は座席から顔を出してその声のする方へ目をやった。本物だ、本物の神威と阿伏兎だ!すごい!私、本当に銀魂の世界にきちゃったんだ。


「悪かったなァ、うちの団長が驚かせちまって。そんなに逃げなくなったお前ら一般の地球人には何もしねーよォ、なァ団長?さっさと戻ろうぜ」

「そうだね。いこうか、阿伏兎。……ん?」

「…!」

「…ねぇ阿伏兎、何あの格好?」

「んん?…知らねーよォ。どっかの星の民族衣裳じゃあねーの」


やばい。完全に神威が私の格好を凝視している。無垢に見せかけて悪魔の大きな瞳をこちらに向けている。私は思わず座席から覗かせていた顔をひゅっと隠した。…やばい。よりにもよって神威に目をつけられるなんて最悪だ。なんか知らないけどへらへらしてるくせに野蛮で喧嘩っ早くて、あんなのただのヤンキーだ。現実世界にも沢山いるもの。私はあーいう部類の人間が苦手…というか大っ嫌いなのだ。それに引き換え、高杉は大人びたイケメンでクールで無口で、それでそれで……。


「うんうん、…なになに?君、晋助と知り合いなの?」

「いやまぁ、知り合いっていうか、ファンというか……ってうわぁ!!!!」

「ひどいなぁ、そんな驚かなくってもいいじゃん?」


ブツブツと独り言を言っていた私の眼前いっぱいに神威の顔が広がっていた。相変わらずニコニコと笑顔を作りながら私を覗き込む神威に、後ろから阿伏兎が呆れたようにため息をついた。


「なんだよ、団長はこーいう女が好みなのォ?人の好みってのはわからねェもんだなァ」

「ちょ!それどういう意味よ!!32歳のおっさんが選り好みするからいつまで経っても独り身なのよ!」

「オイ嬢ちゃん、何で俺の歳知ってんだよ!?」

「………はっ!!!!」


やばい。やばい、やばい。あまりにセクハラな発言に思わず口走ってしまったものの、確かに初めて会った女が年齢を知っているなどおかしな話だ。でもまさかトリップしてきたなんて言えるわけないし…。訝しげに私を見る阿伏兎を尻目に、また神威は人好きな笑顔を私に向けてくる。それが何だかとても居心地が悪いのなんのって。


「……君、名前は?」

「…なまえ」

「ふぅん、なまえ、晋助に会わせてあげるよ。だから俺らの船に乗らない?」

「ほ、ほんと!?」

「オイオイ団長!こんな怪しげなヤツ船に乗せるなんて正気かァ?それに高杉に会わせるなんてあいつは今…」

「阿伏兎」

「………へいへい。ったく団長の気まぐれに付き合わされる俺らの身にもなれってんだ」


神威率いる第七師団の船に乗るという唐突に決まった出来事に、私の頭は混乱気味だ。それでも神威の「晋助に会わせてあげる」という言葉を信じて、ニコニコと笑顔の神威と、けだるそうな表情の阿伏兎に続いて、春雨の船へと乗り込んだ。



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