▼ 天使か悪魔か / 沖田総悟
「なまえ、ちょいと手伝っておくんなせェ」
「はいはー……」
女中仲間とお昼を食べていた私の耳に飛び込んできたのは聞き慣れた声。私はおまんじゅう片手に腑抜けた声を出しながら振り返り、すぐに我に返った。スタスタと去って行くその背中を追うように立ち上がれば、仲間たちからはクスクスと呆れたような笑い声が聞こえて来た。
「ちょっと!仕事中は名前で呼ばないでって言ってるでしょ!」
自室にて座り込み少しも悪気のない表情で私を見上げるこの男。真選組一番隊隊長の沖田総悟。というのはここでの肩書きで、武州時代からの幼なじみのよく知った男。江戸に行くと武州を離れたっきりだった総悟と再会したのは一年半ほど前、私がこの真選組屯所の女中の面接を受けに来た時。たまたまそこに総悟がいて、顔見知りならと近藤さんが快く採用してくれた。色々と面倒だからと土方さんの指示で表向きは武州出身ということは秘密にするはずだったのに。
「なんでィ。お前はなまえっつー名前だろーが」
「そうだけど、みんなの前であんな風に親しくしてたら変な噂立てられるでしょ」
「変な噂って?例えばどんな噂立てられるんでさァ」
「…そ、それは…。私と総悟が、その…」
「俺とお前が何でィ」
「とにかく!みんなの前では名前で呼ぶのはやめて」
私の言葉に返事を返すことなく、気だるそうに顎で座るように指示をする総悟に仕方ないという表情を浮かべて、私は向かいに腰を下ろした。…総悟は何もわかってない。変な噂を立てられたら困るのは総悟なのに。好きでも何でもないただの幼なじみの私との噂なんて、きっと迷惑でしかないのに。書類の仕分けを手伝わされながら、私は目を伏せて書類に目を通す総悟に気付かれないように、長い睫毛を見つめていた。唇を少しだけ尖らせながら面倒くさそうに書類を投げ渡す総悟に思わす笑みがこぼれた。
「アンタ今週の休みは?」
「えぇっと、今週は木曜日かな。何で?」
「新しく出来た団子屋知ってるか」
「えー知らない。行ったことあるの?」
「ねェから誘ってるんだろーが」
私の反応にけっと口角を上げて笑うその表情は、きっと何でもない表情なのに思わず見とれてしまった。見慣れているはずの総悟の顔なのに、二人でいると何だか違う人みたいに感じてしまう。
「あり、シカトですかィ」
「……って、え!?何、誘ってるの?私を?!」
「何度言わせんだよ。って、お前に拒否権はありやせんけど」
突然の言葉に驚いた私はきっと間抜けな顔で総悟を見つめていたんだと思う。少し間が空いて、ぶはっと吹き出し笑う総悟の声で私はようやく我に返った。
「だ、だからっ!さっきも言ったけど他の人に変な噂立てられたらどうするの!」
「だから変な噂って例えば」
「つ、付き合ってるとか!!そんなの迷惑になるでしょ、総悟が!」
「…ってーと、アンタは迷惑じゃねェってことか」
「そうじゃなくって…!!」
「何だ、違ェのか。そりゃ残念だ」
あっそう、と言わんばかりな表情を浮かべて腰掛けていた椅子の背もたれに肘をかけるとその表情から一転、総悟は今まで見たこともないような優しい顔で微笑んだ。
「俺ァアンタとならどんな噂になったって構いやしねェぜ」
一瞬にして真っ赤になったであろう顔で総悟から目を離さずにいると、総悟はそんな私を見て嬉しそうに微笑んだ。
天使か悪魔か
(可愛いヤツでさァ)
-end-
 ̄
彩様から頂いたリクエストです。
沖田さん×幼なじみ真選組女中さんのお話でした!
ずっとお待たせしてしまってすみません(TT)
近藤さん土方さんとは接点のない沖田とのみの幼なじみ設定で書かせていただきました。
初沖田短編楽しかったです!リクエストありがとうございました。
5.30 reina.
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