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▼ labyrinth / 土方十四郎 1/2



「そんなに忙しいのかな、警察って」


窓から差し込む日差しに目を細めながら、一人自室で携帯電話片手に、友人に愚痴を聞いてもらい始めて早一時間。相手は困ったように笑っている。


「妙ちゃんの彼氏も忙しいの?」

『私は近藤さんとそういう関係じゃないから…』

「…そうだったね。土方さんと連絡とらなくなってから一週間だよ。私のこと忘れてるのかなぁ」

『そんなことないと思うけど。でも土方さんは忙しそうよね』

「せっかく付き合えたのに、こんなんじゃ悲しいだけだよ」


愚痴の内容は専ら私の恋人について。二ヶ月ほど前長年の片思いの末にようやく私は真選組鬼の副長と呼ばれる土方十四郎とお付き合いすることになった。こんなに幸せなことはないって思ったほど舞い上がったのを今でも覚えてる。妙ちゃんもすごい喜んでくれた。だけど現実はそう甘いものではなかったの。

三日おき程度にしかこない連絡。顔を合わせる日は週に一度あればいい方。その間隔がどんどん空いていって二ヶ月経ったいまの連絡は週一度。抱かれたのもたったの二度だけ。そういえば私たち、いつから会ってないっけ。最後に会った日がいつかも覚えていない。ていうか、私土方さんに名前で呼ばれたことないなぁ。…はぁ、何か悲しくなってきちゃった。と、これ以上先の見えない愚痴をしていては妙ちゃんに申し訳ない。謝りを入れ電話を切れば、無意識にため息がこぼれてしまう。


「…嫌々付き合ってくれたのかな」


ずっと好きで仕方がなくて、だけど自分の手が届く人だとは思っていなかった。一端のキャバ嬢如きに鬼の副長が振り向いてくれるなんて思っていなかった。だけど同じ仕事場の妙ちゃんや近藤さんの協力のおかげでようやく実った片思い。…でも本当は土方さんは嫌だったのかもしれない。近藤さんや妙ちゃんの手前、断ることができなかっただけで、私のことなんて、少しも。そう考えればこの放置プレイにも納得ができる。自然消滅を狙っているのかも、なんて考え出せばキリがない。

私は気がつけば閉じたはずの携帯に手を伸ばし、ずっと下の方に埋もれてしまっている土方さんの番号に電話をかけた。自分から電話なんて滅多にかけることがないから、やたらと律動が早まる心臓をどうにか抑えようと深呼吸を繰り返した。


『…もしもし』


2コールほどですぐに聞こえてきた愛しい声に、私は図らずもときめいてしまった。嗚呼、土方さんの声、久しぶりに聞くなぁ。この人の声は本当に落ち着く…じゃなくって!


「あの、土方さん」

『…どうした』

「………」

『オイ、…』

「私たち、別れませんか」


言い終えてから、私は思い切り奥歯を噛み締めた。…言ってしまった。本当は別れたくなんてない。だけど、連絡一つくれないなんてあんまりだ。試しているつもりなど毛頭なかったが、少しだけ期待していた。会って話そうとか、無理だとか、言ってくれるかもなんて思ってた。…それなのに、聞こえてきた一言はあまりにも残酷な言葉だった。


『…話はそれだけか?』

「……えっ?」

『わりィな、今仕事中なんだ。…切るぞ』


そう言って私の返事を待たずに本当に電話はそこで切られてしまった。耳元に当てた携帯からは無機質な終話音しか聞こえてこないと言うのに、私はそのまま動くことができずに固まってしまった。
……それだけか?って、なにそれ。どういうこと?逆に聞きたいよ。なんかもっと、言うことないの?確かに仕事中だとわかっていて電話したのは私に落ち度がある。だけどあまりに冷え切った言葉に理解すら遅れる始末だ。


「……やっぱり、私のことなんて、…好きじゃなかったんだ」


ぎゅっと携帯を握り締めれば、はらはらと瞳から涙が溢れ出した。自分から別れを告げておきながら、承諾されると思っていなかったとはなんとも間抜けな話。だけど別れる覚悟なんて少しもできてはいなかった。それなのにあんなことを言ってしまうなんて、私は大馬鹿者だ。そしてそれと同時に虚しくて、悲しくて。私の気持ちが一方通行だったと突きつけられれば、胸が苦しくなって仕方がない。


「…土方さん…なんで…っ?…それなら最初から付き合ってほしくなかったよぉ…っ」


溢れ出す涙を拭っても拭っても、止まることを知らないその雫が着物にたくさんの染みを作った。確かにこの二ヶ月間、土方さんに好きだなんて一言も言われたことなかった。もっと早くに気付くべきだった。付き合えたことに浮かれて少しもそんなこと考えてなかったよ。同じ気持ちでいてくれてるんだと思ってしまってた。本当、私ってバカな女だ。あんな地位も名誉もある人が、私みたいな水商売の女、好きになるわけないのにね。


「……っ」


ぐっと涙を拭って立ち上がった私は慌ただしく部屋を飛び出した。もうやってられない。こうなったらヤケ酒だ!!!そんな気持ちを胸に繁華街へと足を急がせた。



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ぼんやりと腫れた瞼で繁華街を歩く私を、道行く人が何事かと振り返っている。確かに髪もボサボサ、化粧もしていない。こんな姿土方さんが見たら……って、もう関係ないんだった。そんな現実を再確認して私はまた大きくため息をついた。


「アレ、なまえちゃんじゃねーの」

「…へ?」


突然向けられた声に顔を上げれば、見慣れた銀髪頭が私の顔を覗き込んでいる。その人物を認識した瞬間、止まっていたはずの涙がだばっと溢れ出した。


「うぇっ、…うえーん!銀さーん!!!」

「うぉ!!!なんで泣いてんのォ!!?」


突然泣き出す私に銀さんはどうしたものかと慌てだした。そんな姿を見ても涙は止まることを知らない。落ち着け、なんて声をかけられながら促されるまま大衆居酒屋の暖簾をくぐった。




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