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▼ 鬼の泣き所 / side土方十四郎 by紅色の涙



「どうしたんだい、土方さん。浮かない顔して」


いつもの定食屋。いつものおばちゃん。いつもの土方スペシャル。普段と何ら変わりのない休日。だがおばちゃんが言うように俺の心はどこか曇っていた。理由は明白だが、男たるもの他人に弱音を吐くなどそんなみっともねェことできるはずもなく。


「何でもねェよ、気にしないでくれ」

「あら、そうかい?ところで話は変わるけど、銀さん結婚するんだってねぇ」

「いや全然話変わってねェよ!!!!」


はぁっと頭を抱えてタバコに火をつければ、考えないようにしていたことが頭の中を埋め尽くす。おばちゃんが言った通り、あの腐れ天パ万年金欠糖尿病ニート野郎はめでたく結婚をすることになったそうで。そして、その相手。その相手の女こそが、この俺の心を曇らせている原因だということは、わかりきっていることだ。


「お相手なまえちゃんよね?土方さんもよくご一緒してたもんねぇ。てっきり私、土方さんと付き合ってるのかと思ってたわよ」

「ちげーよおばちゃん。あいつは真選組ぐるみで可愛がってる…マスコットみてーなもんだ。その中で俺と一番馬があったから、たまに飯食ったりしてただけだよ。俺とあいつはそんな関係じゃねェ、断じて違ェ。神に誓ってもそんな…」

「土方さん、別にそこまで言ってないわよ。珍しくおしゃべりね、今日は」

「…」


くすくすとおかしそうに笑うおばちゃんに、俺はつんと顔を背けた。そうだ、俺とあいつは別に何でもねェ、ただの友人。……ただの友人なんだ。初めてあいつに会ったのはどこだっただろうか。江戸に上京したてのあいつがガラの悪ィチンピラに絡まれているところを助けてやったのが始まりだったか。


『ありがとうございます。助かりました』

『お嬢さん、この辺じゃ見ねェ顔だな。ひょっとして江戸にきたばかりなのか?』

『ええ、先日母に先立たれまして。田舎だと働き口がなかなか見つからなくて上京してきたんです』

『そうかそうか、オイ、トシ。これも何かの縁だ。どこか働き口見つけてやったらどうだ』

『はァ?何で俺がそんなこと…』

『え、でも…』

『土方さん、あんたお巡りなのに困ってる人を放っておくつもりですかィ。侍の風上にもおけねェ野郎でさァ』

『……じゃあオメーが面倒見てやったらどうだ、総悟』

『すみません、私自分で探せますから。大丈夫ですよ。ですから喧嘩なさらないでください』


そう言って控えめに笑って見せたなまえに、きっとその場にいた連中は同じ気持ちを抱いたことだろう。まるで花みてーな女だと。それも春の花。厳しい寒さからようやく暖かい場所に出られたときに見えた、小さくそれでも健気に咲き誇る一輪の花。俺の時は一瞬、止まってしまったような気がした。そして総悟が見せた切なげな表情を嫌という程理解した。そう、まるでこの女に重ねて見えたのは。

"十四郎さん"

田舎に置いてきた一人の女を思い出したからだ。先日病に倒れ帰らぬ人となった総悟の姉。どうにもその影が見え隠れして、俺の心はざわついた。

それからというもの事あるごとになまえの面倒をみていた俺たちだったが、その中でもあいつはなぜか知らねーが俺に大層懐いた。最初こそ土方さん、と他人行儀に声をかけてきていたあいつも段々と俺を十四郎、だなんて呼ぶようになりやがって。見かけによらず随分とずかずか心の中に踏み込んでくるあいつに、俺もいつからか心を許していた。

『…十四郎、また振られちゃった』

そしてこれまた見かけによらず、次から次へと男が出来るあいつはその関係が終わるたびに涙を流しながら俺に電話をかけてきた。女っつーのは何でいちいちテメーの近況報告をしたがるんだ?空いた心の隙間を誰かに埋めて欲しいからなのか何なのかは知る由もねェけど。その電話がかかってくるたび、俺は自分の無力さに打ちひしがれた。

俺が幸せにしてやると。…そう言ってやりたかった。

だが、万が一俺とあいつが結ばれたところで、俺は一生あいつの傍にいてやれる約束はできねェ。いつ死んでもおかしくない職業に就いている俺が、あいつを幸せにしてやることなんてできねェ。何度も口をついて出そうになる「俺が…」というセリフを飲み込んで、涙を流すあいつを慰める役を請け負い続けた。

『万事屋さんって知ってる?』

かぶき町に住んでいれば避けられない出会いだとは思っていたが、こうも突然なまえの口からその言葉を聞くと、額に青筋が浮くのが自分でよくわかった。…あいつだけは、やめてくれ。なんてそんな俺の願いも虚しく、あいつはそれからというものまるで栄養を与えられた花のように枯れることなく可憐に咲き誇り続けた。その栄養があの野郎だと気付かないふりを続けた。俺の手では幸せにすることはできない。だからせめて、俺の知らないところで、俺の知らないやつと、俺の知らない世界を見てくれたらよかったのに。


『十四郎、私、妊娠したの』

『……』

『まだ銀時さんにも言っていないの。一番に十四郎に知って欲しくて。…十四郎はお父さんみたいなものだから』

『……だから、そこは兄貴じゃダメなのかよ』


嬉しそうに微笑むなまえの笑顔と裏腹に、俺の心は木枯らしが吹き荒れて身も心も凍えそうになった。わかっている。きっとなまえが笑顔でいられるのは、あのバカの傍にいるからだと。それがあいつの幸せなのだから、俺はそれを応援する他ねェことくらい、わかっているんだ。だからって何であいつなんだ。何で俺の見ている世界で、何で俺の知っているやつと、…何で俺が知らないお前の幸せそうな顔を見続けなきゃならねーんだ。


「はい、土方スペシャル!お待ちどうさん」

「…あ、あぁ。わりーなおばちゃん。何だか食欲なくなっちまった」

「えぇ?土方さんが土方スペシャルを前にしていらないなんて…どうしたんだい?本当になんかあったのかい?」


わりーな、と勘定をして定食屋を出た俺は、俺の心と同じように曇り出す空を見上げて、またタバコに火をつけた。


「げ、ニコチン警官」

「…チッ、噂をしてりゃあ」


もじゃもじゃの天パのクソ野郎、そしてその隣に大きくなったお腹をさすりながら大きな目でこちらを捉える女。パタパタと俺に駆け寄ればぱあっと暖かい笑顔を向けるなまえに、俺は少しだけ居心地の悪さを感じた。


「十四郎、今日は非番?」

「あァ。つーかテメーそんなデケェ腹で走ってんじゃねーぞ。ガキに障んだろーが」

「やだ、十四郎ったら。やっぱりお父さんみたいね」

「はァ?!俺こんな義父嫌なんだけど!?ちょっとなまえちゃん撤回してくんないィィィ?!」

「俺だってテメーみてーな息子いらねェよ!俺が親父だったら絶対テメーみてーなヤローに娘渡さねェ!!」

「ね、お腹触ってみて。結構動くようになったの」


人の気も知らねーで嬉しそうに俺の手を掴み、大きくなったお腹へと引き延ばす。セクハラ警官!とかなんとかバカが騒ぐかと思いきや、何も気にする様子もなくなまえに微笑みかけている。チッ、余裕ぶっこきやがって腹立つヤローだ。と、なまえのお腹に触れた手のひらに僅かな振動を感じて、俺は思わずなまえの顔を見下ろした。


「……動いた」

「あら、すごい動いてる。やっぱりわかるのかな?十四郎おじさーん、て言ってるのかな?」

「おじさんじゃねェよ。お兄さんだろ」


手のひらから小さく感じる振動に、見つめる先にある出会った頃と変わらない、いやそれどころか増して可憐に咲いている花を見て、俺の曇っていた心が一瞬にして晴れた気がした。


誰の隣であろうとも、こいつが幸せだと笑えるならそれでいいのかもしれない。

ずっとこの笑顔が、この花が咲き誇ってくれるのなら。



鬼の泣き所
(マヨラーおじさん、この子に貢いでくれよ。あと俺にも)
(……前言撤回だ。お前にこのガキを任せておけねェ。このガキは俺が育てる)
(何言ってるの十四郎。マヨネーズ食べ過ぎてとうとう頭が変になっちゃったの?)


-end-

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