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▼ 昔も今もこれからも / 服部全蔵



晴れて長年の片思いを成就させ、その上その相手の屋敷に住み始めて早半年。私はその相手、服部全蔵の邸にて毎朝の習慣となっている服部先生のお仏壇の前で手を合わせていた。

…服部先生、勝手に住み始めてごめんなさい。もしよかったら見守っててくれると嬉しいです。

なんて毎日代わり映えのない謝罪とお願いをして立ち上がれば、襖にもたれて全蔵が私を見つめている。いや正確には瞳は見えていないから、見つめているように感じる、が正解なのだけど。


「お前さんも毎日毎日飽きねーなァ、律儀なもんだぜ」

「全蔵もたまにはちゃんと御線香上げれば?先生寂しがってたよ」

「何、お前死者と会話できんの?何それ、知らなかったんだけどそんな特技」

「ところで全蔵、今日は何の日でしょう!」


へへんと私よりいくらか背の高い全蔵を見上げれば、全蔵は唇を尖らせて考えるような素振りをみせた。え、嘘でしょ。わからないの!?全蔵のバカ!この薄情者!


「お前いま俺のこと薄情なヤローだと思ったな?」

「ギクッ」

「ちゃんと覚えてるよ、今日は可愛い可愛い恋人の誕生日だ」

「わかってたなら焦らさないでよ、意地悪」


先ほどされたようにつんと唇を尖らせると、全蔵はにっと笑ってその尖らせた唇に軽くキスをした。さて、と軽く伸びをする全蔵の大きな掌が私の頭にぽんと乗ってすぐに髪の毛をくしゃっと撫でる。


「さっさと着替えちまえよ、出かけるぞ。今日は好きなもん買ってやるよ」

「ほんと?わーい、やったぁ!」


さながら子供のように飛び跳ねれば、全蔵はまた私に優しく微笑みかけた。


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あれから少しだけおめかしをして江戸の町に繰り出した私たちは、呉服屋に立ち寄ったり忍道具屋を覗いたりと気ままな時間を過ごしていた。そして辿り抜いた貴金属屋にて私は色違いの一粒石がついたネックレスを両手に、全蔵に振り返る。


「ねぇ、どっちの方が可愛い?」

「なまえ、俺は知ってるぞ。女っつーのは最初からどっちがいいか決まってるんだ。その上でそんな質問投げかけて自分の選んだ方を後押ししてもらいてェだけだ」

「彼女の誕生日に今までの彼女の分析結果披露しないでよ、バカ!」

「そうじゃねェよ、れっきとした統計があってだな…」

「当オレ比でしょ!もーサイテー、無神経ー」

「あ、そうやってすぐへそ曲げんだな?じゃあ今日の誕生日会はお開きってことでいいんだな?」

「何でそういうこというの!やだ!今日は朝まで飲むって決めてるんだから!」

「ったくワガママな姫さんだ…。ちなみに俺はこっちの薄い桜色の石の方が好きだな」

「やっぱり?私もそう思ってたの」

「ほらな、言っただろ?」


顔を合わせてぷっと笑い合う私たちは、付き合い始めて日は浅いものの如何せんそもそもの付き合いが長いおかげで互いに変な気を使う必要がなく、本当に素のまま、ありのままでいられるから本当に楽だ。私の手からヒョイっと桜色の一粒石がついたネックレスを取り上げれば、そのまま店員さんに手渡してスマートに会計を済ます全蔵に素直に頭を下げた。


「嬉しい、ありがとうね」

「いいんだよ、一年に一度しかねェんだから。まぁお前もまた一つ歳をとったっつーことで」

「何かトゲがないですか?その言い方!」

「気のせいだよ、ほら後ろ向きな」


言われるがまま全蔵に背を向ければ首元に少しだけ冷たいチェーンが当たってくすぐったい。ほらよ、という全蔵の言葉に店先にあった鏡に向き直ると首元には華奢なネックレスが控えめな輝きを帯びて映し出されている。


「やっぱりこの色にしてよかった、可愛い」

「お前さんはそういう淡い色が映えるな。さ、次行くぞ」

「えっ、次?まだ行くところあるの?」

「誕生日っつったらお前、忘れちゃなんねー大事なもんがあるだろう」


繋いだ手を引かれながら私はそれが何かを考えていた。少し歩いた先にあった目当てのお店に辿り着くなり、またもわーいと声を上げる私に全蔵の手が少しだけ強く力が入った気がした。キラキラとした店内にはたくさんの洋菓子が並べられたショーケース。女性ならではと言うべきかやはり甘いものが並んでいるのを見れば自然と綻んでしまう。


「どーせお前さんチョコレートケーキがいいんだろ」

「えっそう!チョコレートがいい!何でわかったの?」

「学校でよく休み時間に食ってたろ、チョコレート」

「…そう言われると、そうかも」

「そうだろう?」


不意に本当に全蔵は当時から私のことを見ていたのだと実感して、恥ずかしさに少しだけ頬が染まった。そんな私を尻目に少し小さめのチョコレートのホールケーキを頼んでいる全蔵に見入ってしまった。全蔵って結構紳士だよね、全然そんな風に見えなかったけど。ゆるっとした性格だったし特定の人と付き合ったりしなさそうなタイプの人だと思っていたけど、全然そんなことない。誠実だし怒ったりもしないし、何だか悠に構えている独特な雰囲気の不思議な男。何で好きになったかと聞かれれば、あまりに昔のことすぎて私も覚えていないや。


「さ、帰るか。今日はご馳走だ」

「全蔵の手料理が一番美味しいから楽しみ」

「嬉しい事言ってくれるな」


また手を繋ぎなおし夕焼けを背に服部屋敷へと戻った私たちは、二人で台所に立って出来上がった全蔵の渾身のバースデーフルコースを堪能し、赤ワインを2本ほど開けたところで先ほど買ったケーキを片手に全蔵がロウソクに火をつけている。


「ちゃんとロウソクは30本付けてもらったからな」

「ちょっと!どう考えても多いでしょうが!」

「四捨五入したらそんなもんだろう?」

「何なのその雑な四捨五入は!女の子に対して失礼だからね!」


けらけらと笑いながら机にケーキを置いて、明かりを消した室内はロウソクのゆらゆらとした灯りだけが頼りで、互いの表情はあまり窺えない。ハッピーバースデートゥーユー、と歌い出す全蔵に笑いかけてその声を聞きいった。歌い終わった全蔵に合わせて、私はふぅっとロウソクの火を吹き消した。


「なまえ、誕生日おめでとう」


そうして明かりが付けられてもう一度ケーキに視線を移すと、先ほどまでなかったはずのものがケーキの隣に並べられている。それを捉えるなり私はすぐに理解ができずに「へ」と間抜けな声を上げてしまった。


「…え、え?なに、どうして…」

「どうしてって、何がだよ」

「何で、こんなものが…」

「遅かれ早かれこうなるつもりだったんだ。早いに越したことはねェだろう」


チョコレートケーキの横に置かれていたのは一枚の紙切れとボールペン。そして、手のひらに収まるほどの大きさの小さな箱。「婚姻届」と書かれたその紙切れが小箱の中身を知らせてくれているようだった。その紙、小箱、そして全蔵を見比べた私の瞳から一筋の涙が溢れた。


「…だって、さっきプレゼント、くれたのに…」

「あれはダミーだ。そもそもあの貴金属屋には予約してたこれを取りに行ったんだ。お前さんが見ていない隙に受け取ったんだよ」

「…全然気づかなかった…」

「なァ、なまえ」


不意に全蔵の真剣な声色が耳に届く。溢れる涙を拭うこともできずに全蔵を見据えた。すぅっと息を吐く全蔵は珍しく少し緊張しているように見えた。何度か口を開いたり閉じたりを繰り返して、ようやく聞こえてきた言葉に私の涙は更に溢れ出した。


「俺と結婚してくれ」


そして全蔵が小箱をぱかっと開けると、先ほど買ってもらったネックレスの一粒石とは比べものにならない大きさのダイヤモンドがつけられた銀色の指輪。キラキラとした眩い光に思わず目を細めてしまうほど。

出会ってから思いを伝えるまではあんなに長かったのに。それなのに、何で思いが通じ合った途端こんなにトントン拍子に物事が進んでいくんだろう。怖いくらいに、毎日が色付いて見えて、幸せの一言に尽きる。それなのにこれ以上の幸せを求めてしまってもいいのだろうか。


「…なまえ?」


何も言わない私に不安げな声を上げる全蔵の元に駆け寄ってその胸に飛び込んだ。ボロボロと溢れ出す涙を隠すようにぎゅっと全蔵の背に手を回して震える声を絞り出した。


「…ふつつか者ですが、…私でよかったら、……」

「バカだな。俺ァな、なまえ。お前がいいんだ。お前とだから、結婚したいって思ったんだ」

「…全蔵」


見上げた先の全蔵は少し恥ずかしそうで、それでもとても優しい表情で私に笑顔を向けた。これ以上の幸せなんてないなんて思っていたけれど、そんなことなかった。だって、全蔵を知るたびにこんなにも好きな気持ちが溢れて、心が満たされる。幸せだと実感できるのだから。私は全蔵といればずっと幸せでいられる。…そう心の中で確信して、もう一度全蔵の胸に顔を埋めた。まだ見ぬ幸せな未来を思い描きながら。




昔も今もこれからも
(何だか服部なまえってしっかりこねーな)
(やっぱり破棄していいですか)
(…冗談です)



-end-



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紫苑様!お待たせいたしました!
今回はリクエストありがとうございました(^-^)v
幼馴染→恋人ストーリーということで既存の短編に同じ設定がありましたので、そちらの続編として執筆させていただきました。甘甘希望だったので変な小競り合いはなく本当にただ幸せな二人を執筆してみました♪楽しかったです♪お気に入ってくだされば幸いです!

是非また機会があればお願いいたします!
ありがとうございました\(^o^)/

5/5 reina.




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