▼ 元カレのアイツ 1/2
「副頭領!見回り隊、只今戻りました」
「お疲れさま〜、あとは私に任せて、みんなは帰んな」
団子片手にヒラヒラと手を振ると、団員はぺこりと頭を下げて散り散りに帰っていく。その姿を見送ると、私はうーんと伸びをした。
「…暇だ」
月詠は非番で日輪のところにいるだろう。鳳仙の一件からすっかり静かになった吉原は、我らがわざわざ治安を正さずとも、皆掟を守って遊郭で遊んでくれている。毎晩目を光らせて、見回りに徹していた百華も、以前よりは随分仕事がなくなったものだ。
「…ちょっと見回りして、ドラ●エやろーっと」
百華の屯所を後に、私はピョンピョンと屋根に飛び移った。以前はあちらこちらで悲鳴や怒号が響き渡っていた吉原も、今やただの遊郭街と化している。ほっと心を撫で下ろしたところで、私の腕を誰かが掴んで、私は思わずツンのめる。この吉原で、いや、恐らく地上に出たとしても私の足に追いつくものなど一人といない。「閃光」と呼ばれるこの足に追いつけるなど。…ただ一人の男を除いては。
「よォ、奇遇だな」
「……全蔵」
なぁにが奇遇だな、だ。振り返る私に嬉しそうに頬を緩ます男。元・御庭番衆頭領の服部全蔵。予想通りの人物に、私はため息をついた。
「何の用だよ」
「冷てェこと言うなよ、俺とお前の仲だろ?」
「昔の話を持ち出すんじゃねェ!もうあんたとは何も関係ないの、赤の他人なの!離せ、バカ!」
うんと、話せば長くなるから…単刀直入に言うと、こいつは私の元彼だ。こんな傷モノを見初めるなど、とんだ変わり者であることに違いはない。しかし、それももう昔の話。今の私たちは、本当に赤の他人なのだ。
「暇がありゃキャバクラに入り浸って…いい加減仕事しろ!いつまで日雇いアルバイトで食ってくつもりなんだよ」
「お、まさか心配してくれてんの?こりゃあるかもなァ、復縁」
「ねーよ!元カノのよしみでいってるだけだっつーの!私はあんたと違って暇じゃないんだから、どっかいけ!」
吉原に来るたび私にしつこく付きまとう全蔵に、シッシッと手を払うも、どこへも行ってくれそうにはい。
「オイ、待てよ」
「もー何なの!百華の副頭領が、こんなとこでニート忍者と遊んでる暇ないの!また月詠にどやされ…」
振り返った先に、もう全蔵の姿はなかった。代わりにボンと思い切り正面から衝撃を受け、見上げると私は全蔵の腕にいた。
「なァ、何度も言うようだけど、やっぱり俺らやり直そうぜ」
「…嫌だ、離せ!蜂の巣にしてやるから、離せっ」
「全然好みじゃねェのに、何だかお前のこと忘れらんねェんだよ」
「それは褒め言葉だろーが、私はとっくにあんたのこと忘れてんの!っもー、離せ!そもそも元はと言えばお前のせーだろ!」
「なまえ、久しぶりに抱かせてくれよ」
「オイッ話聞け!ちょ、離せ〜〜〜!!」
「お前のブサイクなツラじゃなきゃ、イケねーんだよ」
「褒めてんのか貶してんのか、どっちかにしろ、バカ!」
久しぶりに感じる全蔵の匂いに、気圧されそうになりながらも必死に腕の中で抵抗する。一向に離してくれそうにない全蔵に、私はとうとう太ももに隠したクナイを手に取った時、ブワッと違う香りが鼻を掠めた。
「…ったく、忍者ってのは、どいつもこいつもストーカーしかいねェのか?」
その声の主を私が認識したと同時に、全蔵の手が僅かに緩んだ。その隙を見逃さずに、全蔵を突き飛ばしてその声の主の元へと、飛びついた。
「テメェは、…ジャンプ侍」
「この変態イボ痔ヤロー!私にはもう新しい男がいるの!ね…、ね!ぎん、ぎん……ね!?」
「いや名前覚えてねェじゃねーか!!」
「えっ、あァ、そうだぞー、テメェ人の女にちょっかい出すなよー」
「スゲェ棒読みィ!!」
銀時の腕にしがみつき、んべっと舌を出すと、全蔵は観念したように頭を掻き毟る。
「…今日のところは勘弁してやるよ。なまえ、さっきの話本気だからな、ちったァ真面目に考えてくれよ」
チェッと舌打ちをして、屋根を飛び移り消えてく全蔵の後ろ姿を見て、はぁ〜と大きくため息をついた私に、銀時は少し気まずそうな顔を向けてきた。
「…あの、いつまでそーしてんの?いや、いいんだけど、胸、当たってるから」
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