▼ 銀色のアイツ 1/3
「なまえー!待ちなんしーー!」
「ふぁーい?」
此処は地下都市 吉原桃源郷。地上の男共が夢を見る場所、所謂遊郭である。色とりどりの衣装を纏った花魁達を、品定めするように下卑た男たちが街を練り歩く、太陽の似合わないこの空間で、聞き慣れた声が自身の名前を呼んでいる。
誰かが全速力で駆けてきたかと思えば、何だ、月詠か。団子片手に振り返るも、すぐに向き直った私に、月詠は容赦なくクナイを投げつけてきた。
「ちょ、待っ…、危ねーなァ!」
「待てと言っているのが、聞こえぬのか!」
「聞こえてますぅー、何?今日は非番なんだけど」
ぜえぜえはあはあと私の前で息を切らす彼女は、吉原自警団『百華』頭領の月詠だ。そんな彼女を見つめながら、団子を口に含み、首を傾げた。
「副頭領のぬしが非番など、わっちは許可しておらぬ!さっさと戻りんす!」
「えー、でも今日見たいテレビあるし」
私の言葉に眉を釣り上げる月詠に、私は溜め息を吐いた。あっ、申し遅れました、私はその自警団『百華』副頭領のなまえです。ちなみに好きで副頭領なんてやっているわけじゃなく、何やかんやで祭り上げられて泣く泣くこの地位に…
「他の者に示しがつかぬから、そんな事を言うでない!」
「あれっ、聞こえてた?心の声だったんだけど」
「そんな戯言を言うより、仕事しなんし!何をボサッと団子片手にウロウロしておるんじゃ!わっちにも団子よこしなんし!」
「だってこの間吉原に救世主が現れて、鳳仙倒してくれたんだから、そんな血眼になって仕事しなくってもいーじゃん」
団子を差し出すと、すぐに引ったくり月詠は団子を頬張った。そう、先日この吉原は鳳仙の支配から解放されて、吉原の悲願だった陽を浴びることが叶ったのだ。
…何故、他人事かって?私、その時インフルエンザで寝込んでいまして、その戦いに参加できなかったんです。申し訳ないと思ってます。いや、ほんとに。
「ぬしは何故そんなにも、グータラ人間なのじゃ!一向に地上に出向く気配もありんせん。その救世主にお礼一つ言ったらどうじゃ!」
「お手紙書いたじゃん」
「銀時も、ぬしに会いたがっておるというのに」
…銀時ぃ?あ、救世主さんのことか。
先日の死闘、そしてその末、吉原の悲願を叶えてくれたその銀時とやらには、先日お礼の手紙を出したはずだというのに。何故わざわざ会う必要があるのか。
「こんなに字が汚いやつ、見たことないと言っておったぞ」
「オイ!失礼なやつだな、連れてこいよその男!」
イーッと月詠に歯を見せると、何故か彼女は嬉しそうに笑って、私の肩をがっちりと掴んだ。そんな彼女が怖くなって思わず顔を引いてしまう。
「ぬし、今、連れてこいと言いんしたな?」
「いや、言ったけど…言ってない」
「たまたま、今、ひのやにその救世主がきておるんじゃ」
たまたまを特段強調させた月詠は、私の手を引いて歩き出したもんだから、私は思い切り足に力を入れてそれを阻止した。
「最初からそれが狙いだったんでしょ!きったねェ女ー!」
「う、うるさい!銀時は一度言い出したら聞かぬのじゃ!いいから、ついてきなんし!」
何か弱みでも握られているのだろうか。何故そんなにも私を連れて行く必要があるのか。溜め息をついて、仕方なく月詠に引かれたまま、ひのやに向かった。
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