▼ 恋するアイツ 1/3
あの日以来、月詠の一挙一動全てが銀時のためのように見えてしまうから、心底困っている。
例えばある日の朝。
「月詠、何、前髪なんか下ろして珍しい」
「うまくまとまらなかったんじゃ」
「…地上でも行くの?」
「へ?」
例えばある深夜の見回り中。
「最近腰が痛む。腕の良いマッサージなど知らぬか?」
「腰?マッサージ?」
「腰は柔らかいに越したことはありんせん」
「…柔らかい、腰使い!?」
「…腰使い?何の話じゃ?」
例えばある日のひのや。
「日輪、今日はあん団子を頼む」
「え、月詠、あん団子にするの?…そ、それって糖分ってこと!?」
「?…まぁ、糖分じゃな」
・・・・・・・
「とうとう普通の女になったんだなぁ」
下の者達を帰し、最後の見回りをしていた私は、そんなことを独りごちた。電光石火の如く屋根を飛び回り、怪しい動きをしている者、揉め事を起こしている者はいないかと目を光らせたが、今日は比較的客足も少なく百華の出る幕はなく一日が終わりそうだ。
「おわぁっ!!」
と、一瞬気が緩んだ私の足元には、あるはずの屋根がなかった。思い切り空中を踏みつけたせいでバランスを崩して建物の裏地に落っこちてしまった。
「…いってぇー」
とんでもない速さで地面に突っ込んでしまったせいで、思い切り足を挫いてしまった。…痛い。立てない。考え事なんてしながら、見回りをしていた私のバカ。挫いた足首を摩りながらうな垂れた。…どうしよう、どうやって帰ろう。こんなところで時間を食っていたら、月詠が心配…いや、サボってたと思われて、怒られてしまう。ここにきて日頃の行いとは本当に大切なことだと実感した。
「っ……誰だ!」
ふと背後から人の気配がした。いくら普段怠けているとはいえ、曲がりなりにも百華の副頭領。人の気配には敏感な方だと思う。振り返ることしかできない私は、何者かと目を凝らした先にいた人物に、目を見開いてしまった。
「あァ?お前ェこそ……って、なまえじゃねーか」
「ぎ、…銀時!」
気だるそうにこちらに歩いてきたのは、銀時だった。なぜ私の周りの男はこうも神出鬼没なんだろう。なんて些細な疑問も、僅かに赤らめた頬と鼻を掠めるアルコールの匂いで、すぐに解消された。
…それにしても、色々と間の悪い男だ。
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