もう出番はすぐそこだと言うのに肝心の主役の姿が見当たらない。
どこにいるか、だいたい目星はついているけれど。
「ちょっと行って連れ戻してくる!」
心配するみんなにそう言うなり、私は走り出した。
『プログラム24番、二年生全員によります、20人21脚です…』
広い競技場内にアナウンスが響く。
出番まであと五競技ほどだ。
時刻はお昼を回って一時間ほどで、丁度頭の真上に上ったお日様がギラギラと眩しく照りつけている。
まさに体育祭日和だ。
「もう、あの馬鹿」
暑さにすっと伝った汗をぬぐい悪態をつくと、私は目指す場所へと急ぐ。
恒例の立海大の中高合同体育祭。
今年もこの競技場を貸し切って盛大に行われている。
立海の生徒として参加するのはこれで最後だ。
「あ、赤也!」
「うわっ、名無し先輩じゃないすか!
何にします?
ファンタ?コーラ?それともアイスがいいっすか?」
テントの中から営業スマイルで商品を勧めてくる後輩。
「それよりブン太!」
乱れたままの息でそう告げると怪訝な顔をされる。
「んなもん売ってねーっすよ。…あ、だったら俺にしときます?今なら名無し先輩に限って無料サービス!」
「いやっ、そうじゃなくてっ」
「いや、って……ひでーな」
あからさまに不機嫌になる赤也。
ごめんね、だけど今はそれどころじゃなくて。
「ブン太を探しに来たの。売店に来てない?もうすぐリレーなのにまだ帰ってこなくて」
どうせまた何か食べてるんだろうと踏んでここまで来たのだ。
「いや見てないっす。」
「うそーん」
絶対ここだと思ったのに!
がっくりと両手を膝につく。
「大変っすね、その様子だと名無し先輩も走るんすか」
首にかけたはちまきを指差して赤也が言う。
「うんそうなの」
わざわざ私が第一走だなんてことは言わない。
誰かに言ったら一番緊張するから、…私自身が。
ああもう!こんなときにどこに行ったんだ、あの馬鹿!
「じゃあ俺も、探すの手伝うっす。名無し先輩はもう戻った方がいいんじゃないすか」
すぐに提案してくれる。
「ありがとう!さすが頼りになる後輩!」
赤也くん神!と大袈裟に手をあわせる。
「あとでファンタとコーラとアイス頼みますよ」
「お安いご用!」
赤也の言葉に甘えることにして、私は手を振って元来た道を戻り始めた。
***
「はあ、はあ、」
「お帰り、名無し」
どうだった?と聞いてくる友達に私は首を振る。
「売店にはいなかった。だけど後輩が探すの手伝ってくれるって」
「そっか。大丈夫かなあ、間に合うといいけど」
最悪放送席に乗り込んで呼び出しをかければいいかな、なんて考えてる私は、今きっと相当に舞い上がっている。
いけない、今は自分が走ることに集中しないと!
「大丈夫?名無し顔真っ赤だよ?」
「う、うん、平気」
そうは言ったけど、売店まで往復全速力で走ったもんだからまだ息もあがっている。
これならアップは必要ないかな、なんて誤魔化してみる。
まだ時間はあるから少しゆっくりしてなよ、と言ってくれる友達に、
私は黙ってタオルを頭にかけると、スタンド席の芝生に腰を下ろした。
暗くなった視界とともに周りの歓声も遠のいて、急に自分一人きりになったかのよう。
聞こえるのは異常な速さで胸を叩く心音だけ。
だ、大丈夫、大丈夫。
緊張さえしなければ。
いつも通りに走れれば。
プレッシャーに弱い自覚は確かにある。
だけど今はそんなの認めない!
深く息を吐いて、それから思いきり吸い込む。
ドクン、ドクン、ドクン
あれ…、余計に早鐘を打ち出したような…。
私、もしかしなくても緊張…してる!?
ま、まずい、平常心を保たなくちゃ。
こんな時テニス部のみんなはどうしてたっけ。
えーと、確か真田が怒鳴って鉄拳食らわして、柳が開眼して、最後には幸村が…
……………絶対やだ!
考えるだけ無駄、と言うよりむしろ逆効果だった。
何か他にいい方法があるはず…!
えーっとえーっと、…手のひらに人って書くとか!?
みんなキャベツみんなキャベツって唱えるとか!?
焦って考えたってまともな考えは浮かばない。
むしろ空回る思考回路に余計に焦りを感じる。
…どうしよう、第一走の私が緊張で失敗でもしたら、あとのメンバーがどんなに頑張ったって追い上げられっこない。
(…負ける……!)
嫌な思いが胸にさしかかった。
と突然、背後に気配。
目隠ししてても影が落ちるのが分かる。
「寝てんの?余裕だな」
っ!
この声…
「ブン太!?」
振り向きざまにタオルを振り落として顔を確認すればそこにはずっと探していた人物。
「よ、調子はどう」
急に眩しくなった視界にブン太がいる。
一瞬息が詰まりそうになる。
「よ、じゃない!私がどれだけ探したと思ってるの!」
「まーまー、そう怒んなよ」
憤る私の目の前に、ほら、と差し出された四つの葉っぱ。
「これ…」
四つ葉…?
「縁起いいだろィ。仁王の真似して探してたらつい夢中になっててさ。名無しにやろうと思って」
どう、天才的?といつもの言葉。
得意そうに差し出されたクローバーに面食らいつつも、私は素直に受け取る。
今は神にもすがりたいような気分なのだ。
おまじないだってジンクスだって、今なら全部やってもいい。
「ありがとう、」
そう言えば、どういたしまして、と返された眩しい笑顔。
どぎまぎして目をそらす。
「もう、間に合わないかと思ったんだよ」
もらった四つ葉を胸に当ててほっと息をつく。
「遅れるわけねーだろィ。俺はいつだってちゃんと時間管理してるから、腹時計で」
心配しすぎだとばかりに笑うブン太に私はむっとして返す。
「軽々と言ってくれるけど、いつもそれをハラハラしながら見守るこっちの身にもなってみてよ。
しかも今日は私だって緊張で頭がいっぱいなのに!」
「知ってる。朝からテンションおかしかったもんな」
あっさり切り返された。
やっぱり。
私が緊張しているのは誰の目にも明らかだったらしい。
「だってこれだけはどうしようもないでしょ。さっきから大丈夫大丈夫ってずっと言い聞かせてるけど、余計ひどくなるの」
「ほんと心配性だな、名無しは。」
呆れたように見つめられる。
「そんなこと言ったって…」
「大丈夫。ほらこれ、四つ葉見つけたんだぜ?絶対いいことあるって」
言いながら、四つ葉を握る私の手に添えられた手。
ブン太はきっと私をリラックスさせるためにこれを探してきてくれたんだ。
「でも心臓がまだバクバクいってる」
普段の心拍数の二倍はあるんじゃないかというくらいの不整脈を訴えている私の心臓。
「あーそりゃきっと」
俺が近いから、だろィ?
ぐっと瞳が近くなる。
「ブン、太」
ドクン、ドクン、ドクン
心臓の音を数える。
この音の原因は何?
緊張?焦り?
それとも…ブン太?
「お前はなーんも考えなくていいから。とりあえず普通に走っとけ。こけてもビリでもいいから、ちゃんとバトンさえ渡せれば大丈夫だから」
言い聞かせるように頭に手を置く。
「…ほんと?」
「後は俺が何とかするから任せとけ」
この人がいてくれればもう大丈夫。
いつだってブン太には、そう私に思わせる力がある。
「さ、そんじゃそろそろ行きますか」
そう言って立ち上がると、渡そうと思っていた白いはちまきを私の首からスルッと取って、自分の赤い髪の上に巻きつける。
「丸井ー、名無しー、次出番だよー」
同じはちまきをした友達が遠くで呼んでいる。
「あ、うん!今行く!」
大声でそう返すと、差し出された腕に右手をのばして、左手にはしっかりと四つ葉を握って、私も立ち上がった。
Are U ready?
(いっせーの
で、恋に落ちた。)
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(pacemaker:先頭きって走者の流れを作る人のこと、また刺激を与えて心拍を操作する装置のこと)
そばにいないときでもその人のことが真っ先に思い浮かぶ。
その人のことを考えるだけで頑張れる。
それくらい自分にとって大切な人がいるってこと。
それが私の思う純愛です。
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました*
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