寂しいと言えばよかった。愛しいと、切ないと言えればよかった。その言葉を無垢に言うには、わたしたちは子供過ぎて、少し大人になりすぎていた。


氷帝に通っている生徒の9割は将来を約束されたような家柄の持ち主ばかりで、宍戸のようにただ部活や勉強をしにきているだけの生徒はごく稀な存在だった。
滝も例に漏れずその9割の内で、9割の中でも上の方に位置するであろう家柄の持ち主だった。
かく言うわたしも、9割の中では中の上ぐらいにはいるんだろうと思う。ただその家柄というのはわたしにとって煩わしいものでしかなかったのだけれど。

その煩わしさは滝にとっても同じだったけれど、彼にとっては"煩わしいだけ"のものではなかった。

いつか滝が言っていた。やりたいこととやらなきゃいけないことは別なんだと。
彼はその家柄からなのか、部活などの自由な時間が許されるのは中学生のときまでらしい。
実家は華道の家元、兄弟のいない滝は本家の次期当主として多くの期待を寄せられていた。
テニスなんてハードな運動が許されるのは今だけで、高等部にあがれば彼は部活に入ることも、ラケットに触れることすら禁じられる。
たとえ滝がテニスをやりたくても、彼のおばあ様がそれを許しはしないのだ。

だけど滝のおばあ様その決定が覆らない一番の理由は、彼がそれを受け入れているからだ。
やりたいこととやらなきゃいけないことは別なんだと、彼の中でテニスを続けるという意思は欠片も残っていないんだろう。だってテニスは"やりたいこと"でしかないから。

だけど、じゃあわたしは?
テニスを続けるのが許されない環境で、滝よりも下の家柄、しかも華道や茶道とはまったく違う家系のわたしと付き合うことが許されるとは思えない。
いまはわたしとの関係を秘密にして継続できているけど、きっとこれからはそれも難しくなるし、なによりも滝が望まない気がした。
だって彼の中で、きっとわたしはおばあ様の意思よりも下の存在なのだ。

そして一番重要で、わたしがつい最近まで知らなかった事実。
滝には許嫁がいるのだ。
会ったことはないと言っていたし、好いている気持ちもないと言っていたけれど、許嫁の存在は滝にとって"やらなきゃいけないこと"の中のひとつなんだろう。
そしてわたしの存在は"やりたいこと"のひとつ。
ならばもう結果なんて分かりきっている。


滝はわたしに好きだと言ってくれた。
わたしも滝が好きだと言った。
その気持ちに偽りは一切なかった。
幼い子供が戯れてするようなキスを何度もして、わたしたちは子供であろうとした。
けれどきっとこの関係を終わらせるのは、子供でいたいと望んだ、子供でいられなくなった滝なんだろう。
自分もわたしも傷付けないために、彼は両方を傷付けるのだ。

名無し、とわたしの名前を呼ぶ滝に、戯れるようなかわいらしいキスをよくした。
寂しさが溶けてしまえばいいと、必死でキスをした。
そしてきっと、必死になりすぎた。
わたしも滝も、溶かしていたつもりの寂しさを、自分たちで食んでしまっていた。
食んで体内に取り入れた寂しさは、やがて形を変えて体内に蓄積される。
それはもう寂しさでも愛しさでもない、ただの"過去"になってしまうのだけれど。
寂しさを消化できる臓器を、わたしたちは持ち合わせていなかった。


好きで好きで、本当に好きだった。
ただ純粋に未来を信じるには、わたしたちは子供で、大人になりすぎていた。

わたしと滝の未来は、二度と重なりはしないんだろう。
一度交わって離れた線は、その一点以外で重なることはないのだから。

蓄積された寂しさは、今でも胸のどこかにあるのだろうか。


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いつか失うからこそ、愛しさが募る。ということが言いたかっただけです。ありがとうございました。


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