余分な気持ちを溜め息にして吐き出した。それを見て先輩が慌てて私に謝る。でも怒ったり許したりの駆け引きをする気なんて更々無くて、私は苦笑いだけでそれに応えた。そして、脳内の能天気な私が呟いたことを口にしてみる。

「それにしても……いいですねぇ、海」
「行かねぇの?」
「そういえば、最近行くチャンス無いんですよね。友達、日焼けしたくないのか誘ってもノリ悪くて。私は全然気にしないんですけど」
「じゃあ今度行くか?一緒に」

 え?
 思わず視線を先輩にもっていくけど、先輩は何心無い、いつも私と話している時と同じ顔だ。
 読めない。どういう意味で、『一緒に』行こうと言い出したのか。これは、その、ああいう気があっての発言なんだろうか。

「……」
「…あ、勿論ダビデとかも一緒にな?」

 何かに気づいたのか、先輩は付け足した。あぁ、そういうこと、ね。安心したのか残念なのか、よく分からないちょっと複雑な気持ちに陥る。けど、これは先輩なりの気遣いなんだとすぐに気づくんだけど。

「いいですね、それ」
「だろ?」

 先輩に応えたくて笑顔で返すと、先輩もとびきり嬉しそうな笑顔を私に向けた。

 この約束が、ノリでも本物でも構わない。ただこうやって、先輩を近くで見ていられる……それだけで十分。そんな恋する乙女が考えそうなことを考えている私は、暑さで感覚が鈍ってしまったのだろうか。そんなことはない。だって、黒羽先輩の隣は本当に、心地良いから。


 ***


 金曜日。今日でこの当番も終わり。
 今日は特別大変なこともなく、今までやっていた通りに準備、監視、そして後片付けをしていれば、あっという間に終わってしまった。
 初めはあれだけ嫌がってたのに。今では当番が終わるのが淋しいのか、プールの入り口が閉められるのをじっと見つめてしまった。
 すべての戸締まりが確認し終わり、担当の先生が「もういいよ。一週間お疲れ様でした」と私たちに声をかける。本当に、終わっちゃったんだ。

(黒羽先輩との接点も、無くなっちゃうなぁ)

 無意識に脳内で呟く。自分でもびっくりして、思わず頭をブンブンと振った。何を浮かれてるんだか。この一週間ですっかり乙女思考になっちゃって。

 さてと、帰りますか。そう思って先輩にさよならを言おうとしたときだった。

「名字、ご褒美、やろうか」
「え?」
「先輩がアイス奢ってやる」

 思わぬ誘いについ目を見開く。
 でも先輩、部活あるんじゃ…。そう言いかけると、先輩はフフンと自慢げに、手のひらの中を見せてくれた。中には小銭。テニス部の顧問の先生が持たせてくれたらしい。
 そうとなったら行くっきゃない。もともと断るつもりはなかったが、改めてお言葉に甘えることにした。



 コンビニで、サイダーのアイスキャンディーを二本買う。おつりの半分をくれるというので、申し訳ないと思いつつも受け取って外に出た。外はやっぱり暑い。
 コンビニの屋根が作っていた僅かな隙間に入り込み、早速アイスをかじった。冷たくて美味しい。先輩からも私からも、しゃく、しゃくとアイスを削る音。その間にいつものようにテンポの良い会話が入ってこないのは、ものを食べてるからなのだろうか。
 アイスが残り2分の1までに達した時だった。先輩が口を開いた。

「……一週間、お疲れ」
「先輩もお疲れ様です」
「…なんだぁ、テンション低いぞ」
「それは先輩もですよ」

 私たちは隣に座ってただ前を向いたまま、視線を合わせない。多分合わせたら、我が儘いっちゃう。もっと先輩といたかった、って。別に、これが最後の会うチャンスって訳じゃないのに。
 先輩を横目でみると、先輩のアイスキャンディーは3分の1もなかった。

「一週間、楽しかったぜ」
「私もです」
「これからも、なんかあったら気軽に来いよ。先輩として力、貸してやる」
「…ありがとう、ございます」

 先輩の自然な気遣いが嬉しくて、淋しさを感じながらも笑みを溢す。先輩を見ると、先輩も笑っていた。それはとても穏やかで、なんていうか、少し淋しそうで。きっと私と先輩、お揃いの笑顔してるんだろうな、なんて。

 もうちょっと、もうちょっとだけでもいいから、最後まで先輩の隣を感じておきたい。けど、アイスはいつもより早く、私たちを急かすかのように溶けていく。手がベトベトにならないように、素直に食べなきゃ。



 私が食べ終わった時には既に先輩は食べ終わっていて、遠くを眺めているようだった。でもすぐに私が食べ終わったことに気づくと、「行くか」とゴミ箱へ足を進め、私の分もゴミを捨ててくれた。最後まで甘えちゃった。

 コンビニから出て右へ歩けば学校、左に歩けば帰り道。つまり、ここで『さよなら』。

「それでは先輩、一週間、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました」
「おう、お疲れ様。あと、ありがとな」

 うまく出来たかは分からないけど、笑顔でそう言ってペコリと軽く頭を下げた。すると、先輩は私の頭をワシワシガシガシと、髪が崩れることも気にせず撫でる。それは初めて褒めてもらった時のあれと、すごく似ていて。

 込み上げる嬉しさに、顔一杯に笑みを浮かべた。きっと今はちゃんと、笑えてる。だって先輩が、先輩特有の眩しいくらいの笑みで応えてくれたから。

「やっぱりその顔、好きだわ。笑顔が一番」
「えへへ、」

 好意があるかどうかなんて関係ない。先輩の表裏のない『好き』という言葉が、本当に嬉しかった。

 部活へと向かう先輩に手を振る。どうか、今、先輩の好きと言ってくれた笑顔でいれていますように。


 ***


 月曜日。と言ってもこの月曜日は前回の続きではなく、二学期の始業式の月曜日だ。

 あれから先輩と会ったり連絡を取ったりはしていない。つまり、一緒に海には行かなかった、ということで。それでも先輩を思い出す度に海に行きたくなった私は、無理矢理友達を誘って行ってしまった。太陽を気にする友達とは反対に思いきり楽しんでしまったおかげで、肌は例年より良い感じに色づいている。



 この学校では、始業式の前に大掃除をする。私よりも全体的に白い友達を隣に「掃除めんどくさいねー」なんて話ながら、掃除場に向かっている時だった。

 向こうから、黒羽先輩が友達を連れて歩いてくるのが見える。先輩は部活のせいか、真っ黒に焼けている。なんだかあまりにも久しぶりに会う気がして、戸惑いながら少し視線を泳がせてしまった。どうしよう、どう反応したらいいのかな。そう考えていたら、先輩と目があってしまった。うまく反応出来なくて、一瞬だけ固まる。
 そんな私を見て、先輩は笑ってみせた。その笑顔はそう、最後にさよならをしたときの、あの満面の笑みで。あの時の喜びが、じわりじわりと蘇ってくる。

『やっぱりその顔、好きだわ。笑顔が一番』

 先輩は私にそう言ってくれた。その時はあまりの嬉しさにただ笑って返すことしか出来なかったけど、こうやって先輩の笑顔にまた会えた今なら、言える。
 私、先輩の笑顔、好きです。

 言葉では言わない。その代わり、その想いを笑顔に乗せた。すれ違い様に交わされる笑顔が二つ。

 その時だ、先輩の手が私の頭に伸びて、ガシガシ、と。

 え、と振り向く。けど先輩は振り向くことなく、手をヒラヒラと振ってみせた。
 やられ、た。歩きながら髪を撫でる。頬がどんどん暑くなっていく。どうやら、私は先輩に頭を撫でてもらうのも好きらしい。



 その後、友達には散々追及されてしまった。ついでに、何故か天根くんにも。
 こうなったら、先輩に責任とってもらおう。頬が赤くなっても日焼けのせいだと言い張るために、さらに焼けてやる。先輩とお揃いの色になるくらいに、ね。





100724.Sat
「見てろよ 美白少女たち!」

予想以上に長くなりました…
夏にこんな「純愛」、あったらいいなぁと思いまして
1000000hitおめでとうございます、
そして素敵な企画をありがとうございました!





戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -