見てろよ 美白少女たち!


 月曜日。待ちに待った夏休みの朝だというのに、今、私は学校にいる。
 というのも、運悪くプールの監視係になってしまったのだ。毎年それでクラスに一人は犠牲者が出る。


 私のクラスでは女子から一人出さなければいけなくて、でもそういえばウチのクラスは女子の人数多いからなー、なんて考えながら適当にパーを出したら……この通りだった。

「ははっ、まぁしゃーねぇよ。ジャンケンは一応平等な決め方だからな。一応、な」
「でもジャンケンって、肝心な時に勝てませんよねー」

 そう言って苦笑いを洩らせば、黒羽先輩はまた、その爽やかで豪快な笑顔で返してくれた。



 プールの監視係は土日は休みの一週間交代制。三週間開放するらしく、つまり男子三人女子三人が被害を被るということになる。
 始めに学年クラス関係無く適当に人が呼び出されてその後計六人に絞られるのだから、私はかなり運が悪い。勿論黒羽先輩もだけど。

 監視係の主な仕事は、利用者に異変が無いかの観察、使い始めと終わりの後片付けだ。実はコレ、プールに入るチャンスは無ければ、楽しそうに泳いでいる連中を暑い中、ただひたすら見守っていなければならないという過酷な仕事。気が重い。

「……暑いし、かなりダルいですよね」
「だなー。俺も早く部活に戻りてぇ」
「あ、そうですよね」

 午後の二時から四時までプールを開放している。短いようだけど意外と長い。
 私は暇人だからまだ暑いのを我慢したりで済む。だけど、黒羽先輩は違う。確かテニス部だと言ってたから部活を抜け出して来てるだろうし、一刻も早く終わらせて部活に戻りたいだろう。今も体を反らして、校舎の時計を覗いている。

「でもよー、一緒の当番が名字で良かったわ。ちゃんと仕事もするし、俺の話相手もやってくれるし。まず飽きねぇ。ダビデが言ってた通りだ」
「?……あの、『だびで』って…?」
「あぁ、天根。天根ヒカル。一緒のクラスだろ?」

 唐突に出てきた単語にきょとんとすると、それは私のクラスメートのことだった。変わったあだ名だ。本名とどこも関係無いじゃない。
 天根くんはテニス部、つまり黒羽先輩の後輩だったのかぁ。そんなことを心の中で呟きながらも、未だに謎に悩まされている。天根くんが私のことを先輩に話すなんて思ってもいなかった。だって私と天根くんは、部活の先輩との話の話題にするほどの仲ではない。

 余程不思議そうな顔をしていたのだろう。黒羽先輩が、頭上にクエスチョンマークを浮かべたままの私を面白おかしそうに笑った。恥ずかしいんだか心地良いんだか、よくわからない気持ちに戸惑う。少し頬っぺたが熱かった。


 ***


 火曜日。一日も経てば、仕事内容は勿論、緊張もほどけて余裕が出る。そんな私は今、黒羽先輩と世間話中だ。

「やっぱり宿題って溜めちゃうものですよねー」
「そーそー。気がつけば8月31日の夜で。顔青くしてワークとにらめっこすんだよな」

 苦笑いで溜め息を洩らした。けど決して不愉快ではなくて、どうやら私は黒羽先輩と波が合うらしい。

 と楽しむのは悪いことではないけど、やるべきことはやらなきゃいけない。先輩に向けていた視線をプールに戻す。そこで、気づいた。
 背丈や幼さからして、一年生だろう。一人の男子生徒が、顔色を悪くしてプールサイドにあがっているのが目についた。

 あれは、危ないんじゃないか?

 再び黒羽先輩を見るけれど、気づいていないのか気にしていないのか。一方少年は、ますます顔色を無くしている。やっぱりあれは危ない。

「…せ、先輩」
「ん、どうした?」
「あの子…危ない気がします」
「お……あ、」

 あれは、マズイ、な。先輩も顔色を変える。それは体調が悪そうとかではなく、『真剣』そのものの色で。さっきまでの笑顔はどこにいったのだろう。
 普段とはあまりにも違うからか、不覚にもドキリとしてしまった。いけない、こんな時に。

 急いでその少年のところに駆けつける。

「おい、大丈夫か?」
「……ち、わる、」
「…『気持ち悪い』って…」
「わかった。名字、テニス部の部室行って俺のスポーツドリンク取ってきてくれ」
「え?」
「ロッカーの右から二番目、上の段!急げ!」
「は、はいっ!」

 真剣な瞳が私に向けられたと思ったら、『俺のスポーツドリンクを取ってこい』。思わず聞き返した。てっきり、救護の準備とかを頼まれると思ったから。
 少年の為にも先輩の為にも、急がなきゃ。ビーチサンダルをペタペタ言わせながら、慣れない足取りでテニス部の部室へと走った。


「熱中症だ」
「そうでしたか…」
「こういう時は、スポドリの方が早く水分吸収するからな。覚えとけ」

 そういって、今日分の自分のスポーツドリンクを躊躇い無く少年に飲ませる。
 今日の監視の先生はどうやらこういった知識があまり無いらしく、黒羽先輩の後ろでただ落ち着き無く動いている。でも少年の周りには、タオルだったりコップだったりの準備が整っていた。きっと、いや絶対、黒羽先輩のはたらきだろう。

「それじゃあ先生、後はよろしくお願いします。俺たち監視に戻るんで」
「あ、は、はい」
「しっかりして下さいよ〜、先生」

 後は調子が良くなるまで休ませるだけのようだ。先輩が「ほら、行くぞ」と私たちが座っていた監視用パラソルを指す。先輩の背中を追うような形で、私たちは元の場所に腰を下ろした。



「あれ準備したの、先輩ですよね?」
「まぁな。しっかし…まさか今日に限って救護の仕方も分からない先生だったなんてな…」
「でも先輩のお陰であの男の子、大丈夫そうでしたし。流石というか、凄いです!」
「そうか?大したことやってねぇけど」
「そんなことないですよ。すごい対応力だと思いますよ!」
「っはは、そう褒められると照れるもんだな。サンキュ」

 無意識に、思ったことをそのまま言葉にしてしまっていた。先輩は少し照れながら、くすぐったそうな笑顔で答える。それを見ながら、ハッと気づいた。私、かなり恥ずかしいことをしてしまった、気がする…!!
 自己嫌悪というか一人反省会というか、恥ずかしさに俯いた。昨日味わった顔の熱さがまたやって来る。

「……あ、」

 先輩が何かに気づいたような声を出した。それに反応して顔を上げると、先輩は私の足を見ている。さっきの恥ずかしさはどこに消えたのか、今度は疑問が私を支配した。まぁそれはすぐに解かれるのだけど。

「お前…足、砂だらけ」
「…あれ、本当ですね」

 私の足が内側までキラキラと輝いている。まるで、パウダーをかけたかのよう。テニス部の部室は浜辺にあって、そこまで一心不乱に走ったからだろう。でも気づかなかった。

「一生懸命走ったんだな。えらいえらい」

 黒羽先輩が、人当たりの良い満面の笑みで私の頭をガシガシとかき混ぜるかのように撫でた。頭がグラグラと揺れるし髪はぐちゃぐちゃになってしまうのだけど、何でだろう、嫌ではなかった。いや、むしろ……。
 犬のような扱いだったかも、と心の中で可愛くない私が呟いたけど、気にしないことにした。

 髪の毛を整えながら「もう!」と怒ったフリをする。けど、体の奥から沸き上がる穏やかな熱さと、それに伴って自然に弧を描く口元が、心地良くて仕方がなかった。


 ***


 水曜日。珍しく先輩が見当たらない。
 時計を見た。けど特別遅い訳でも早い訳でもなく、いつも通りの時間だ。もう一度見渡すが、やっぱり先輩はいない。
 少し待ってみた。しかし、先輩が来る気配は一向に無かった。先生に呼ばれて、準備へと取り掛かる。先輩、何かあったのかな。



 その後も、先輩は現れなかった。一人パラソルの下、目の前で作られていく波を見つめる。楽しそうに騒ぐ声。普段ならそのキラキラしたものを見ているだけで何となく楽しかったのに、今日はちっとも楽しくなかった。
 夕方の風が、空しい。


 ***


 木曜日。昨日からずっと抱えたままのモヤモヤをそのままに向かったら、なんと先輩は一昨日と何も変わらない様子で佇んでいた。

「……先輩…」
「おっす名字。昨日は、」
「何で昨日来てくれなかったんですかっ!?」

 体の奥がグツグツと煮えるように熱く、視界も握りこぶしも小さく震えていた。先輩は狼狽えているけれど、驚いたのは先輩だけじゃない、私もだ。

 昨日来なかったことをただ怒るだけならこうはならない。
 そう。「心配した」と言ってしまいそうだった。「実は寂しかった」と溢してしまいそうだった。
 ただ嫌々でやっていた仕事の先輩が、一日顔を見せなかっただけなのに。

 何も言わず、というか何を言ったら良いのか分からなくて、でもどんどん顔が歪んでいく気がした。こんな顔、見られてたまるか。
 グッと下を向いたら、先輩が近づいてきた。視界の上の方に少し先輩の足が見えたところで、ポンポンと頭を撫でられる。その撫で方は今までで一番年下扱いされているような感覚で、でも今までで一番優しくて。燃えていた何かが静かに消えていく。荒れかけた心が、落ち着いていく。

「ちゃんと連絡出来なくて、悪かった」
「……いえ、こちらこそカッとなりすぎました」
「…寂しかったんだな」
「そんなことないです」
「わかったわかった。泣くな」
「っ泣いてない!!」

 本当に泣いていないのに、先輩がだんだん愚図っている子どもをあやすかのように語りかけてくる。
 ムキになって顔を上げたが、これこそが先輩の策略だった。先輩と目が合い、一瞬戸惑ったが睨み付ける。すると先輩は「やっと顔、上げたな」と笑顔で伝えてきた。その笑顔はやけに優しくて、そして申し訳なさそうで、こちらまで申し訳なくなりそうだった。あんな、眉の少し下がった困った先輩の笑顔、初めて見る。

 目が合ったままでもう一度、先輩の手が私の頭へと伸びた。大きな、手だ。それはすごく優しさに溢れていて、何だかこっちが悪いことをしてしまった気分になる。そして何故か熱くなっていく頬にも戸惑って視線を泳がすと、先輩はククッと嬉しそうな笑みを洩らした。

 「さて、昨日の分も仕事しなきゃだな」。そう言って担当の先生のところへ足を進めていく先輩の爽やかな背中を追いかけた。



「遠泳?」
「そ。週に一回やるんだ。これがまた大変でな。でも楽しいからどうしても参加したくなっちまって。参加するなら最初からいなきゃだから、迷った末に、な」

 試しに昨日来なかった理由を聞いてみると、病気や用事ではなく、『特別好きな練習メニューの日だったから』で。目が点になるっていうのはこういう状態の時を使うんだろう。

 いろんなことを言いたいのは山々だった。けど、素直に報告してくれる先輩がすごく清々しくて、さらに楽しそうで。こんな表情を目の前に自分の思うがままに怒れる人はいるだろうか。


後編


戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -