愛なのか恋なのか、大切で一括りに出来たなら良かったのに。
 『それ』にうんざりしているくせに、現状打破は望んでないから、だから何時も何時も、諦めた節もある、退廃的、とでも言うべきか、そんな空気が間を漂っているんだ、と考えて、再びブランケットの中に身を滑り込ませた。
 心地好い肌触りの其れは、決して安い物ではないのだろう。これを用意させた人物には、意外と拘りがある事を知っている。
 所謂キングサイズというベッドは、一人で寝るには広すぎる。
 ここには居ないのだから、文句を呟いたところで誰に訊かれる事も無い筈だと、頭の中で思いつくだけ、ありったけの罵詈雑言を並べてみるが、その中のどれ一つとして口からは出てこなかった。
 寂しいとは、違う。
 けれど、他にどう言い表せば良いのかを、知らない。
 ブランケットに覆われた視界は、真っ暗な闇の中をただ彷徨う。何処まで行ってもそれは変わらず、たまらずにがばりと飛び起きたその中、きちんと閉めてはいなかったのだろう、カーテンの隙間から薄く淡い光りが漏れていた事に、初めて気付いた。
 相変わらず部屋の中には、自分以外の気配はしなかったのだけれども。
 ちくりと、小さく胸が痛んだのは、僅かばかりでも期待していたからなのだろうかと、そんな弱い事を考える自分を叱り飛ばして、淡い明かりだけが頼りのだだっ広い部屋の中に一歩を踏み出す。
 例えば朝になって自分が部屋のど真ん中で死んでいたとして。
 わざわざ会いたい、なんて理由の為に、この部屋を用意した彼は、果たして笑うだろうか。それとも何時ものように不機嫌そうな顔をして怒るだろうか。それとも、当たり前のように、泣く、のだろうか。
 どれも彼らしくて、けれどそのどれもが決して彼、という人物を言い表せない。
 多分、自分の予想は悉くに外れるに決まっている。そう考えると、浅はかな其れはやはり意味の無い事なのだと自覚して、ゆっくりと、毛足の長い絨毯の上を、まるで誘われるよう、窓に向かって歩く。
 乱暴に開いたカーテンの、窓の向こう側に、月は無かった。
 月だと思っていたモノは、目に痛い程の光の洪水。
 見ている場所が場所であればきっと、綺麗だなんて素直に思えたりもするのだろうに、こんな、何の意味も無い場所では、感慨も何も浮かない。
 そう言えば。カーテンを開く事を、彼は、極端に嫌っていた。だからこの部屋の中は何時でも太陽の匂いはしなくて、薄暗いまま。
 こんな関係には、お似合いの場所だった。
 愛情があるのかと訊かれれば、多分と答えて、嫌いかと訊ねられればまず間違いなく、大好きだと言える。
 いい加減に終わりにしてしまえば良いのに。
 これがもし、もしも、もしも、この感情が恋ならばきっと彼を不幸にするのだろう。
 素直に愛情をぶつけてきてくれる人の方が、きっと楽なんだという事を、彼と一緒に居るようになって初めて、気付いてしまった。
 だけど、これが皆の言う『恋』では無いのだ、そう思っている。何が違うか、と問われても違う、とだけしか答えられない。
 一緒にいたら、恋ではないといけないのだろうか。名前を付けなきゃいけないのだろうか。




「なんで? あんなに一緒にいるのに恋じゃないの? それって可笑しくない? 違うなら何なの?」
 頭の中で、まるで昨日の出来事のように再現される声。それを振り払うように乱暴に首を振ると、握り締めた拳を、勢いのまま窓ガラスの上に叩き付けた。
 部屋の中に響くのは、ただ、打ち付けた時の鈍い音だけ。
 外界との接触を極端に抑える為に強化されたガラスは、幾らスポーツで鍛えていると言っても自分の細い腕でどうにかなる程、脆くは無かった。
 じんじんと痛みが走る腕にちらりと視線をやって、それでもさして気にした風も無く、まるで力が抜けたようにすとんと、その場に座り込んだ。
 何一つ景色は変わらず、目の前には相変わらず、目に痛い程の光の洪水。
 放心したようにその景色を見つめて、やがて苦痛だと言わんばかりに、ゆっくりと閉じた瞼の裏には先程までずっと見ていた光りがちらちらと、暗闇の中を走る。




 平行線は。何処まで行っても交わらないから、平行線なんだ。




 当たり前の論議なんて、するだけ無駄。
 本来なら恐らく、交わらない筈のモノだった。ただそれだけ。
 私と跡部じゃ、なにもかもが違ったけどどこかが一緒だった。心地よかった。それだけ。
 それなのに、何処でどう歪んだのか知れないが、一時でも、交わってしまった。これから先もただ延々と、平行線は続くと言うのに。
 ゆっくりと再び開けた目には、やはり変わらない、ただ眩しいだけの、光り。
 思わず一つ、身震いする。暖房がききすぎ、とも言えるこの部屋の中に、寒さなんて言葉が当てはまる訳が無いからこの無意識の動作は、恐怖とかそういう感情から来るモノなのだろう。
 何かを発しようと口を開いてみたら、喉が渇いていた事に気付いた。
 それが例えば生理的な渇きであろうと何であろうと、身体が求める本能的な欲求に抗う気は無く、のそのそと緩慢な動作で立ち上がると、足を引きずるように、キッチンの方へと向かう。
 水道の蛇口のコックを捻ると、勢いが有り過ぎたのか、勢いよく溢れ出した水がシンクを容赦なく叩く。
 水を出した後で、そう言えばコップなんて物も置いてなかったんだと小さく舌打ちして、おもむろに水に手を伸ばした。ひんやりした感触。それに口を付けたら、思っていた通りに、ただ冷たいだけの其れが、喉を通り過ぎていく。
 潤い、なんて言葉からは程遠い、生理的な渇きは幾らでも癒されても、自分の身体の中に存在しているんだろう『何処か』は、未だに渇いたまま。
「………何で、なんて……訊きたいのは、こっちの方だよ」
 楽な道なんて、探せば多分幾らでもある。
 そのどれもが選べなかったのは、安易で陳腐な、そんな感情からだったのだろうか。
 水に濡れたままの手で顔を覆う。
 ひんやりとした感覚はけれど直ぐに、体温のせいか生温いモノへと変化した。
 明るいだけの、部屋の中。
 居れば文句を言うクセに、どうして、こんな時ばかり、求めてしまうんだろう。
 まるで何かから逃れるように、きつく拳を握り締めて、小さく丸くなった。
「……何してんだ、お前」
 不意に聴こえてきた声は、不本意でも恋焦がれたそれと同じモノ。
 弾かれたように顔を上げると、薄暗がりの、ぼんやりとした明るさの中に浮かび上がる姿を、視界に捉えた。
 数回瞬きをしたら、顔についた水滴が、つっと頬を伝って、床に落ちる。
「……泣いてんじゃねぇのか」
 何度も見慣れた、その綺麗な顔が、不機嫌そうに歪む。違う、という言い訳も、する気にはなれない。
 また、喉の奥が渇いていた。
「……跡部さぁ、コップぐらい、置いといてよ。不便でしょ」
「あぁ? ……ああそうだな。そういや、そんなもん無かったか」
 渇きに張り付いた喉から、搾り出すように紡いだ言葉に、不機嫌そうにしたのは意外にも一瞬だけで、次に同意の言葉がその口から零れた事に、不覚にも驚いてしまった。
「暇がありゃ、今度買っておいてやるよ」
「あ、そ」
 『今度』は、果たして何時になる事か。間に、明確な約束として成立はしない。
 手にしていたコンビニの袋を床に置いて、開かれたカーテンを見ると、不意に不機嫌そうに顔を歪めた。
「……開けんなっつっただろ」
「……知らんかったの、こんなに、眩しいなんて」
 何処か偉そうに歩く割に、足音は酷く静かで。カーテンは乱暴に閉められる。
 途端に、暗闇が部屋の中を支配した。
 光りに慣れてしまっていた目に、一歩先も見えない闇は恐怖を煽るだけで、手探りで一歩、足を踏み出す。
 そっと暗闇の中に伸ばした手が掴んだのは、多分、その腕。びくりと、身体が反応したのは気のせいじゃない。
「……何だ?」
「見えてないから仕方ないでしょ」
 ふてくされたようにそう呟いたら、頭の上で大きな溜息が漏れる。腕を掴んだ手に力がこもった事に、気付かれただろうかと、そんな心配をした。
 暗い闇の中で良かったと心底思う。
 今の自分はきっと、泣きそうな顔をしているだろうから。
 交わらない平行線でも、それでもただ、幸せ、なんだ。
 恋と愛の違いはどこにあるのだろう、どちらも同じloveじゃないか。
「……泣いてるんじゃねぇのか」
「…………違う」
 先程と同じ問い掛けに、今度は確かに否定して、頬を滑る手のひらが、ただ心地好い。
 変わらずに訪れる朝が、永遠に来なければ良いのに、と。
 言葉にしたらきっと、バカな事を、なんて笑われるであろう事を考えながら、静かに、眠りに落ちた。
 誰かを不幸にするなら、恋などいらないのだ。









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庭球純愛様、1000000hitおめでとうございます。
素敵企画に参加できてとても嬉しく思います。


私の中の純愛論:
純愛とは、純なる純粋なる愛情、邪心の無い愛。
言い換えれば小学生や中学生の上下や私利私欲が無い愛情が純愛だと思います。
純愛とは手を触れる事すら相手を辱めるのではないかと悩み混乱する若い人達の特権の言葉であって、誰かを不幸にすれば純愛なんかでは無い、そう考えます。
『恋慕』というのが一般的ですが、恋が絡む事によって『欲望』が沸いてしまう気がしたので、愛情にさせて頂きました。
ただ、周りに「それって恋じゃないの? 何が違うの?」と言われて迷ってしまう。
そんな感じです。




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