幼稚舎から一緒の筈の君を、俺は中学に上がるまで知らなかった。もしかしたら名前くらいは耳にしたことがあったかも知れないけれど、話したことは絶対になかった。確かに俺は人の顔と名前を覚えるのが苦手。でも、こんなに可愛い君なんだ。一度見たら忘れる筈ない。だから、きっと話したことなんてないよね。


「あとべー!」


少し先にいる友人の苗字を大声で叫ぶと、不機嫌そうに振り向いた。跡部景吾。中等部から入って来た、所謂外部生≠ニいうやつだ。ちなみに俺は幼稚舎から上がって来たから、一般的には内部生≠ニ呼ばれる。別に内部だろうと外部だろうとどうでもいい気がするけれど、確かに両者の間には何らかの隔たりがある。ずっと一緒に生活してきた内部から言わせれば、外部は余所者なのかも知れない。

しかし、この跡部という男は、それを微塵も感じさせなかった。入学式の挨拶で「俺様が部長だ」と宣言し、一年生の身分で本当にテニス部部長の座に就いた。俺はその瞬間をバッチリ生で見たけれど、凄いなんてものじゃない。先輩達が手も足も出ずに、次々と倒されていった。俺じゃ絶対に勝てないと思った。でも、コイツといたらもっと強くなれるとも思った。


「ジロー。でけえ声出すんじゃねえ」

「ごめーん!」


テニス部に入部してすぐ、俺は跡部に近付いた。最初は俺のことをうざそうにしていた跡部も、数日後には仲良くなって。宍戸やがっくんとも、それから直ぐに仲良くなった。忍足は外部生≠セったけれど、がっくんと同じクラスだったから、その時は既に仲良しで。俺は関西弁を喋る人間が珍しくて、よく教室まで会いに行った。


「…あれ、その子誰?」


そんな賑やかな毎日を送っていたある日、遂に俺は君と出会う。校舎の外を跡部と二人きりで歩いていた女の子。明るい茶色の髪の毛が日光で反射してキラキラ眩しい。俺とは正反対のストレートヘアーも、印象深かった。


「あーん?お前内部だろ、知らねえのかよ」

「内部だって話したことない人いっぱいいるC〜。がっくん知ってる?」

「名字じゃん、久し振り!」

「…知ってるCー…」


驚いたことに、その子のことは俺と忍足以外は皆知っていた。跡部はその子と同じクラスで、宍戸とがっくんは幼稚舎の時に同じクラスになっていたらしい。忍足は仕方ないとして、何か俺だけ仲間外れにされた気分。だって、こんなに可愛い子を俺だけ知らなかったんだよ?俺、友達は多い方だと思っていたのに。まじショック。


「芥川…君?」

「…え、俺のこと知ってるの?」

「知ってるよ。幼稚舎でもテニス部は有名だったもん」


そう言ってにこりと笑って見せたその子に、俺は暫しの間固まった。口では言い表せない程に可愛かったから。そう言えば天使≠チてあだ名されている女の子の話を、前に聞いたことがある。もしかしてこの子のことなのかな。

俺は遂にその子を直視出来なくなって、がっくんに視線を移した。すると、がっくんとその子が仲良さげに話しているのが見えて、また視線をずらす。今度は宍戸を目に写してみたけれど、宍戸もがっくんとその子の中にいつの間にか入っていて。俺は忍足に後ろから抱きついた。


「な、何やジロー!?」

「おしたりー!」


端から見れば随分と気持ちの悪い光景だったかも知れない。でも俺にはそうするしか、このドキドキを抑えられなかった。これが恋だね、と訊かれたら俺は首を縦に振らなければいけないと思う。今時一目惚れか、と言われても仕方ない。だって本当に一目惚れなんだから。

それからすぐに俺達と跡部達は別れた。俺達は部活の為にテニスコートへと向かい、跡部達は職員室まで向かった。何故職員室まで向かうのに校舎の外を歩いたのかを訊くと、その子には「高校校舎の職員室に用があるからだよ」と返され、跡部には「そのまま部活に行けるから」と返された。


「じゃあまたね、あとべー!と…」

「名字またな!明日クラスに遊びに行くぜ!」

「早よ行くで自分ら。遅刻するわ」

「激ダサだな」


跡部とその子に手を振り、忍足に引かれるままテニスコートへの道を歩む。がっくんはいつまで経っても手を降り続けているから、無視して置いて来た。宍戸は普通に隣を歩いているけれど、何となく顔が赤い。ああ、皆あの子が好きなんだ。


「ねえ宍戸、あの子の名前何ていうの?」

「名前?…名字名無し」

「へーえ、名無しちゃんかあ。カワEー名前っ!」


俺はワイシャツの袖を掴む忍足の手を振り解き、スキップをして忍足達より数歩前に出る。そして、ポケットから携帯を取り出し、跡部にメールを打った。


『名無しちゃんのアドレス教えて!!』


打っている最中に両隣を忍足と宍戸が通り過ぎたけれど、内容は見られないように上手く隠した。宍戸には見られちゃいけない。だって好きなんでしょ、名無しちゃんのこと。忍足にもあまり見られたくはない。四角関係なんて知ったら絶対に興味を持つに決まっている。それだけはどうか避けたい。俺の応援をしてくれるっていうなら話は別だけれど。


「ま、頑張りや。ジロー」

「!?み、見たの!?」

「見てへんわ。バレバレや、宍戸は気付いとらんけどな。あとは岳人も。跡部は気付いたやろなー」

「お願い黙ってて!!」

「誰も言わんから安心しィ」


忍足は俺の頭を数回ポンポンと叩くと、先に行った宍戸の後を追った。俺もそれに続こうと一歩足を踏み出すと、そのまた後ろからがっくんが追いかけて来た。もの凄い勢いでタックルをかまされ、地面に顔面から突っ込む所を、俺は何とか耐えた。


「置いてくなよな!」

「がっくんがいつまでも手振ってるからいけないんだC〜」

「いいじゃねえか、名字とは友達なんだから!」

「別に名無しちゃんに限定してないC…」

「跡部に振ってもしょうがねえだろ。って、名前…」


がっくんはそのまま、まるでさっきの俺みたいに固まって動かなくなった。どうやら俺が名無しちゃんの名前を知っていて呼んだことに驚いたようだ。分かり易いなあ、がっくん。ま、関係ないけれど。だって負ける気しないし。


「何してんねや!早よしィ!」

「遅刻しても知らねえぞお前ら!」


ずっと前の方で忍足と宍戸が声を上げた。俺はがっくんを横目でちらりとだけ盗み見て、すぐに足を動かす。駆け出した俺を見て、漸くがっくんも動き出した。








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「庭球純愛」様、百万打おめでとうございます!
一目惚れは粋なだと信じたい…!

永城




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