髪を切った。
2年くらいずっと伸ばしていた髪を。
伸ばしていた、というよりは伸びていたの方が正しいかもしれない。
腰の辺りまで長かった髪の毛を切るとき、美容師さんが「失恋したの?」なんて訊いてくるから笑ってしまった。
そんなんじゃないのに。
ただの気分転換のつもりだ。
とにもかくにも、私は髪を切った。
「名字!」
放課後、教室を出ようと戸口まで来たところで名前を呼ばれた。
同時に誰かに手首を掴まれた。
振り返ると、クラスメートの切原くんが立っていた。
普段あまり彼とは接点がないため少し驚いたが、すぐにどうしたのかと尋ねてみる。
すると彼はハッとしてから決まりが悪そうに目を泳がせた。
「あ、や…その、」
「…切原くん?」
いつものクラスの中心にいる彼とは違い、珍しく歯切れが悪い。
呼び掛けながら顔を覗き込むと、ぎこちなく顔を逸らされた。
「あの、さ…」
「うん?」
「髪…切ったんだな」
「え?そうだけど…それがどうかした?」
何を言われるかと思えば、昨日切った髪の毛のことだった。
ますます彼の意図がわからなくなり、聞き返すとまたしどろもどろでこう言った。
「あー…あの、…似合って、る」
「え…」
ぎゅっと私の手首を掴んでいた手に力が込められた。
彼の頬が心なしか赤い。
思いがけない言葉に私の頬も熱くなる。
なんだか恥ずかしくなって、私は俯いて「ありがとう」と答えた。
「なんで、切ったのか…訊いてもいい?」
「た、ただの気分転換だよ」
言いながら顔を上げると少しほっとしたような、でもまだ気まずいような苦笑いで彼は続けた。
「や…てっきり、失恋でもしたのかなとか、思っちまって…」
「え?ち、違うよ!」
美容師さんと同じことを言われたのに、彼に言われた方がよっぽど慌ててしまう。
彼の温度が手首から離れたら、なぜか物寂しくなった。
「あ…じゃあ、俺部活あっから…」
「あ、うん…また明日」
「おぅ…」
軽い挨拶をして彼が教室から出て行く。
だけど数歩進んだところで立ち止まり、不思議に思っていると彼は振り返ってまた私の前まで歩いてきた。
私の心臓がドキドキと高鳴る。
でもそれがなんだか心地良かった。
「その、ほんとに、………いからっ!」
「えっ…」
「じゃ、じゃあな!」
やけに大きな声でそう言ってから、彼はもの凄い勢いで走っていってしまった。
私はというと、「じゃあな」の前に小さく聞こえた言葉に耳を疑っていた。
(え…え〜!切原くん…)
うるさいくらい鼓動が速い。
いつもの日常のちょっとした変化に、たまには気分転換もいいかもと思った。
「その、ほんとに、かわいいからっ!」
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