新しい朝
幼い頃から仲が良く、虎ちゃん虎ちゃんとあだ名を呼びながら付き纏った私と、そんな私に「虎かぁ」とニコニコと笑い掛けきゅっと手を握り一緒に居てくれた虎ちゃん。誰も呼ばないそのあだ名は私と彼の間だけで使われて、それが少し嬉しかった。
だけどそうやってずっと隣にいた彼は、なかなか一緒に居れなかった二年の間に可愛い男の子から卒業していて…中学三年になった今は女の子から絶大な人気を誇る王子様。遠くなった気がした
小学校を卒業し、彼を追う様に二年遅れて入学した私を毎朝早くから迎えに来て、おはようと眩しい笑顔を向ける。約束なんてしてないのに入学式からそれは毎朝続いていて、最初は道に迷わないようにお母さんにでも頼まれたのかと思ってた。だけどそれを聞いたら彼は「違うよ」と首を振り、次の日からも変わりなく迎えに来続ける。
無駄に格好よく優しい彼は皆の憧れで、突然現れた私を見て先輩達も最初は敵対視した。だけど幼なじみだと分かってからは「まぁ、幼なじみだから」「サエ優しいからね」と興味は薄れたらしい。それに少し安堵しつつ、胸が痛くなる。私は彼にとって幼なじみとしか見てもらえず、いつまでも手のかかる妹でしかないと言われているようだった。
「と…サエ」
「なぁに?」
「あのさ、もう私一人で学校行けるよ。」
「ん?朝練見るの飽きた?起きるの辛い?」
「…そうじゃないけど」
今日も変わらない1日が始まろうとしていた。早朝で人通りもない通学路。ふと足を止めると彼が隣に並んで少し屈み、どうしたの?と俯いた私の顔を覗き込む。そんな優しい虎ちゃんが大好きで苦しい。その笑顔が眩しい。幼なじみじゃなきゃ良かった、妹みたいじゃなくてちゃんと一人の女の子として出会いたかった。私にとって彼は王子様なのに…彼にとって私がどんな存在なのか分からない
「幼なじみだからってさ…もう面倒みなくていいよ」
「うん?」
「サエはみんなの王子様だから…無理して一緒に居てくれなくてもいいんだよ。」
俯いたせいか、瞳を覆った涙の層が重力に負けてポロリと落ちそうだ。認めたくない事実を口に出すのは予想以上に辛い。鼻がつんとするのを感じ、次に一言でも言葉を続けたら嗚咽に変わってしまいそうだと、きゅっと下唇を噛み締める。
「それは、俺が幼なじみだから嫌々面倒見てるっていいたいの?」
話せない代わりにこくりと頷き返事を返すと彼はクスクスと笑い、バカだなぁと漏らして私の髪に長い指を差し込み絡ませる。そして耳に髪を掛けられたと思った時には、もう耳に彼の吐息に交じった言葉が囁かれていた。
「名無しをただの幼なじみだなんて思った事は一度だってないよ。お前は昔からずっと俺の大事なお姫様だからね」
ビリビリと響く低音に肩を震わせ思わず顔を上げると、反動でポロリと涙が零れた。頬を伝ったそれを優しく指で拭い去る彼は「可愛いなぁ」なんて続ける。妹みたいに可愛いということかと混乱したが、その前に囁かれた言葉とうまく繋がらない。なにより信じられなくて頭が真っ白になった。近すぎる顔はいつもと同じ様に微笑んでるのに、私の胸は言葉を受けていつも以上に高鳴っている。動揺に声も震えてしまう
「だって、サ、サエは優しい…から」
「名無しには特別優しいつもりなんだけど。」
「……嘘だぁ」
「嘘じゃない。それに大好きなお前を誰にもやりたくないから、こうやってずっと一緒にいるんだよ。ただでさえ二年もまともに会えなかったんだから。」
「す、好きだとかそんなの言われてないからわかんないよ…」
「だってそろそろちゃんと告白しようかと思った時に、名無しが他人行儀にサエだなんて呼び始めたからさ」
虎ちゃんと呼ぶのは子どもっぽいかと感じたり、少しでも幼なじみという関係から離れたくて、周りが呼ぶ様にサエと呼ぶ様気を付けていたのが彼は気に入らなかったらしい。お前にサエって呼ばれるのは嫌だ、と少しムッとした顔で私を見た。
「…虎ちゃん」
恐る恐る呟くと口角を上げた彼に腕を引かれ、その広い胸に抱き留められた。背中に回された腕が私の体をぎゅーっと抱き締める。幼い頃の懐かしい感覚に、きゅっとシャツを握り胸に顔を埋めた。思わず頬擦りしたくなる。そんな葛藤を胸に秘めていると、私の髪に埋めていた彼の顔がまた耳に近づくのを感じた。
「名無し、大好きだよ。だからこれからは可愛い彼女としてずっと一緒にいてね。」
いつもと変わらないと思っていた朝は、口に出せず曖昧だった関係をしっかりと結び直した記念の朝へと変化を遂げた。
end...