遅いですもう手遅れです。彼女はそう言って笑った。あなたは私を手に入れる機会を逃してしまいました。待ってください、俺はまだ、あなたに。その微笑みからは何も読み取れない。優しさもせつなさもかなしさも。ただあなたは黙って隣の向日さんに手を引かれていた。追いかけようとする、刹那俺は気づくんだ。羽根が無いから俺には届かないのだと。

名字先輩を初めて見かけたのは風の強い冬の日だった。部室の近くの木の下で小さな手を震わせて、白い息を吐き出して。一人コートに残っていた俺と目が合うと、先輩はほんのわずか会釈した。つられて返したとき、先輩はもう部室を見つめていて。あの髪の色は向日さん。先輩は駆け寄ってくる向日さんに微笑んで歩き出した。

二人は恋人同士らしい。
名字先輩のことを尋ねると忍足さんは困ったように笑った。最近不安定やから刺激せんといて。不安定、とはなんのことだろう。向日さんは確かに最近苛々しているが。冬の風は先輩の髪を弄んでいたのと平等に俺にも吹いた。吐き出す息は白く、隣で黙り込む忍足さんの表情も暗かった。

「こんなもん食えねえよ!」

屋上から聞こえた怒鳴り声、これは。階段の前を通りかかった俺は凄い剣幕で降りてくる向日さんとぶつかりかけた。悪い、ぼそりと呟くとどこかに行ってしまう。屋上にはぐちゃぐちゃにされた弁当と座り込む名字先輩がいた。

「あ、」

日吉くん。小さな唇が淡く開く。どうしたんですかと、分かり切ったことしか聞けない自分に嫌気がさした。名字先輩は笑う、また。どうしていつでも笑うんだ。あなたは辛くないんですか。俺では向日さんの代わりになれませんか。言えなかった言葉はまだ喉に突き刺さっていて当分抜けてくれそうもない。次のよく晴れた昼下がり、名字先輩は向日さんと手を繋いで仲良く屋上から落ちた。こうして俺の初恋は終わりを告げる。



さよなら俺のマドンナ
(そしてまた夢で逢いに行くから)



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純愛ということばから綺麗な愛を想像し、結局暗い傾向になってしまいましたがとても楽しかったです。
庭球純愛さま、1000000hitおめでとうございます!素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました。


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