「景吾?いる?」

「ああ、入っていいぞ」


ノックをして返ってきた返事を確認してから、私は生徒会室に入った。ちょうど部屋には夕日が差し込み、電気のついてないこの部屋は綺麗な真っ赤に染まっている。外からは未だ黄色い歓声が聞こえていて、窓から見渡せばテニスコートで試合をしている忍足と宍戸が目に入った。


「どうした、こんなところまで。珍しいじゃねえか」

「…景吾が自分で好きに来てもいいって言ったんでしょ」

「ああそうだな。でも何度言っても来なかったじゃねえか」

「まあ確かにそうなんだけど」


座れよ、と景吾が立ち上がってソファーに案内する。言われるがままソファーに座れば、景吾が紅茶をもてなしてくれた。


「ねえ、私紅茶飲めないよ?」

「お子様」

「なんかむかつく!」

「はっ、事実なんだから仕方ねえだろ」

「そうかもしれないけどそんな言い方しなくたって………あ、でもこれ美味しい」


そう私が言うと、景吾は俺がいれたからな、と得意げに鼻を鳴らして笑った。私はそれを軽く受け流して、その横に置いてあったクッキーを抓んで一つだけ口にする。


「あれ?いつものクッキーと違うよね、これ」

「………分かるのか?」

「何となくだけどね」

「十分だろ。ああ、確かに違うやつだぜ。貰いもんだからな」


貰いもの、と聞いて少しだけ胸のあたりがもやっとした。そのもやもやを流してしまいたくて、私は飲み慣れない紅茶をもう一口、口に流し込む。それでもやっぱり、もやもやは消えてはくれなかった。安易な考えではあるかもしれないが、胸にわだかまりを纏っていた私には、跡部に対するプレゼントと聞いて思い付くものはひとつしかなかったのである。


「…ファンの子から?」

「違ぇよ、書記の一年の野郎からの差し入れだ。俺だけに捧げたもんじゃねえ。ただ、他の奴らの集まりが悪くて、食べないまま残ってしまっただけだ」

「ふうん」

「…いまいち納得のいかない顔だな。んな心配しなくても俺はお前からのしか食わねーよ」

「……そっ、か」

「何だよ、妬いたのか?」

「ち、違うもん!」

「分かりやすい奴だな、名無しは」

「だから違うってば!」


景吾が違う、と即答してくれて一度は安心したが、むきになって反抗すればするほど、景吾はにやりと口角を上げて笑った。反抗するだけ無駄だと解釈した私は反抗するのを止めて、代わりにクッキーをもう一口だけ食べた。


「で、何しに来たんだ名無し。お前が来るってことは何かあるんだろ」

「用がないと来ちゃ駄目だった?」

「んなこと言ってねえ。ただあまりにも珍しいから、何かあんじゃねえかと思っただけだ」

「一緒に帰りたいなって思ったから来てみたの。いい?」

「いいも何も大歓迎だぜ?」

「良かった……ってちょっと!くすぐったいよ、景吾」


考えてみれば、一緒に帰るのは久しぶりかもしれない。景吾はここのところ生徒会の仕事に追われていて、それに加えて部長として部活に出る必要もあった。生徒会でなかなか出られないからか、部活が終わっても自主練習に残っていたし私はその姿を見守っていては先に帰るように促されていたのだ。私が珍しく甘えてみれば、景吾はソファーに座る私に後から抱き着いて髪に優しく口づけた。それは触れたかすら分からないくらい、優しいもので、くすぐったい、と言っても景吾が離れる様子はなかった。


「仕事、あるんでしょ?景吾」

「ああ、そうだな」

「じゃあやらなきゃ。私も手伝うから早く終わらせよ?」

「名無しじゃ無理だろ」

「ひ、ひどい!」

「馬鹿、冗談に決まってるだろ。これ打ち込んでくれ。得意だろ?デスクワークは」

「……うん」


不満げに返事をしてみたけど、自分で手伝うと言ったのだから仕方ない。それを全うすべく、私は資料を景吾から受け取って大人しく促された場所へと座る。そうすれば、景吾も普段はかけない眼鏡をかけて生徒会長の大きな椅子に腰掛けた。


「これだけでいいの?」

「ああ。あくまでお前はこの空間では客だ。それに、元々は俺たち生徒会の仕事だからな。終わったら好きにくつろいで待ってろ。すぐにこっちも終わらせる」

「りょうかーい」


私が大きく伸びをして景吾に答えれば、なんだその気の抜ける返事は、と景吾は呆れたように呟く。それでも、目元は優しく微笑んでいた。それを見て私もにこりと笑ってから、ようやくパソコンに向かい合う。

カタカタ、と私がキーワードを打つ音と景吾のシャーペンが擦れる音だけが部屋に響き渡る。景吾が私に与えてくれた仕事は景吾に比べたらやっぱり大分少なくて、楽に打ち終えた私は最後のエンターボタンをトン、と鳴らした。終わったよ、というささやかな合図だったのだが、集中している景吾には届いてないようだった。電子機器によって疲れた目を癒すように、私はそっと目をつむる。


「………名無し?」


景吾の声が、聞こえたような気がした。でも私の頭は既に夢の世界への一歩踏み出していて、返事はできなかった。


「…寝ちまったのかよ」


景吾が、微笑んだ気がした。微笑み返したかったし、大好きな景吾の優しい顔が見たかった。けれどやっぱり、それも叶わなかった。


「風邪ひくだろーが馬鹿」


馬鹿、と言うその声すらも優しくて、まるで子守唄のように心地よかった。そのまま景吾が、夢にでてきそうなくらい。すると、今度は身体を何かが覆う。少し硬くて嗅ぎ慣れた香りのするそれは、たぶん景吾のブレザー。


「おやすみ、名無し」


小さなリップ音が静かな部屋に響いた。瞼にはまだ、優しい温もり。おやすみ、と私が言ったことに、景吾は気づいてくれたのだろうか。







(君はどこまでも愛おしい)


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