吐息が白くなり、朝・昼・夜と1日中寒くなっていよいよ本格的に冬の季節に突入なんだなあ……と私、名字名無しは教室の窓から放課後の外の景色を見ながらそう思っていた。


12月になり、中学校を卒業するのももうすぐだからなのか、些細なことでセンチメンタルになる私。


だからだろうか?


中学校1年のときの、あの苦い思い出まで思い出してしまうのは……。





流れた






――――……


「……でな、まずは挨拶出来るようになったんよ」

『へー、良かったじゃん!』


さかのぼること、中学1年の夏になる。


私は小学校4年から好きだった彼――仁王雅治の恋愛相談にのってあげている。
唯一屋上に通じる中央階段で、屋上への扉を背にして階段に座る私達。
放課後のこの時間なら人はここまで登ってこないこの中央階段は誰にも聞かれたくない恋愛相談をするのにはうってつけの場所である。


私の右隣に座る仁王が想っている相手は、私がいつも一緒にいる友達。


だから、その友達といつも一緒にいて、それでいて仁王と小学校からの付き合いを持っている私は彼の相談にのるのに適役だった。


いつも一緒にいる友達は、ちょっと引っ込み思案だけど、思いやりの心を持っていて、周りからの信頼も厚い。

そんな友達を好きになるのは分かる。実際、私がもし男だったら彼女にしたいな、って思うし。



だけど……。



私にしか知らない事がある。



その子は実は付き合っている人がいて、仁王の付け入る隙間も無い程、2人は想いあっていることを……。


たしか、その人は大阪の人で、どんな人かって私がしつこく聞いたときに見せてもらった写メをみたら、格好良かったし、良い人そうな印象を受けた。


なら、何故仁王はそのことを知らないのか?


彼女がそれをかたくなに秘密にし続けているからだ。


実際、私が付き合っていることを知れたのは彼女が私のことを信頼してくれていたからだし……。
「このことは秘密にして」と彼女に念を押されたから私は誰にも話していない。
別に話しても良いと思うけど、彼女曰わく「どこまでいったの?」みたいに話のネタにされ、不必要な詮索をされるのが嫌なのだと言う。


話がズレたけど、つまり、仁王は報われない恋をしているのだ。

……それは、私にも言えることだけど。


「名字?おーい、名字名無しー」


いきなり仁王が私の顔の前で手を振りながら私の名前を呼ぶ。
私が黙り込んでいることを不思議に思っていたんだろう。私は慌てて笑顔を作った。


『あはは、ごめんごめん。ちょっと考え事を……』

「名字のことじゃ、どうせ今日の夕飯のおかずは何なのか考えとったんじゃろ?」

『失礼ね!だったらもう仁王の相談なんかにのってやんないからな!』

「そ、それはいかんぜよ!名無し様だけが頼りなんじゃ!」

『はいはい。そんな見え透いた嘘ついてないでさっさと部活に行きなさいよ。そろそろ時間でしょ』

「嘘じゃないが、まあ、今日はこれでおひらきじゃな……今日もあんがとさん」

『いーえ。そのうち何か奢ってもらうから良いってことよ!』

「ちゃっかりしとるのー」


ふてくされ気味の仁王をさっさと部活に行かせ、私はふう、とため息を吐く。
そして、またこのどうしようも無い想いを押し殺すために涙を流すのだ。


――悲しいって言ったら悲しい。


でも、時間があればこうして相談にのったり、くだらない話をしたりして、私の想いは仁王には届かないけど、だけど、仁王と話せることは私にとっては計りがたい程の幸せだった。


だけど、そんな幸せも長くは続かなかった。





『え、今、何て言ったの?』


何時ものように中央階段にて仁王の相談にのっていた私は、彼の突然発した1言に目を丸くしたのだ。
仁王は「せっかく人が勇気出して言ったのに」と言いながら、私の目を丸くさせた言葉をもう1度言った。


「だから、こ、告白しようと思ったんじゃ!」


恥ずかしさからか、そっぽを向く仁王。
私はと言えば、どうしようもなく湧き上がる感情が口から溢れ出ないようにするだけで精一杯だった。


『……良いんじゃないかな?想いを伝えるのは悪く無いし』


本心とは全然違う言葉を発すれば、仁王は目を輝かせて私を見た。


「名字がそう言うなら、明日あたりにでも告白しようと思うんじゃ」


先に見える踊場を見つめ、強い決意を感じさせるその声と横顔。
それを熱心に見つめる私。


――だけど私は分かる。


仁王の想いは届かないことを。

知ってても言わない私は最低な人間なのだろうか?
でも仮に言ったとしても、仁王からすれば、私は最低だと軽蔑されるだろう。もしかしたら、馬鹿にしていたのか?って怒鳴られるかもしれない。それに、友達との約束を裏切る結果にもなる。


「それじゃ、今日はこれでお終いじゃ。またな」

『あ、うん。……じゃあね』

「?、じゃあな」


歯切れの悪い言葉を発した私を不審に思ったけれど、気にせず階段を下りていった。


『――、仁王っ!』

「ん、何じゃ?」


数段下りた所で立ち止まる仁王。
何も知らないその顔に、何故か胸が締め付けられた。


『あのね。私、仁王に言わなきゃいけないことがあるの』

「……」


――だけど、伝えなきゃいけない。

――仁王が無駄に傷つくのを止めなきゃいけない。

だって、仁王が無駄に傷つくのは見たくないから。
例え身勝手でも、やっぱり好きな人の悲しむ顔は見たくないから。


『……実は、仁王が片思いしてる子、実はずっと前から他の人と付き合ってたの』

「――、そか」


私の告白によって仁王は顔を歪ませ、今にも泣きそうな顔で私の顔を見つめる。


『本当は、もっと早く言うべきだった。……だけど、その子には秘密にしてって言われてて、中々言い出せなかった。それだけじゃなくて、あとは私の勝手な都合、でっ!』


腹に力を込めたけど、涙と、涙とともにやってくる震えは止まらなかった。
だけど、まだ謝りきれていない。


『仁王、と!ここで、毎日相談話に付き合うのが、すごく、――っ楽しくて、幸せで、終わって欲しく無いっ、て思ってた。――ごめん。ごめん、なさい!』


最後は何を言いたいのか分からなくなって、何よりも言いたかった「ごめんなさい」を何度も何度も言った。
これ以上泣かないように、下唇を思いっきり噛んで、溢れる涙を腕で拭う。


「名字」


しゃくり上げる私に仁王が優しく声をかける。それにつられて顔を上げれば、うっすらと涙をためた目をしている仁王が私の顔を見上げていた。


「本当のこと、教えてくれてありがとうな。名字がそんな風に考えて、悩んどるの気付かんで、すまんかった。
じゃが、これだけは言いたい。
お前さんを恨んだりはしとらん。むしろ、俺の気持ちを汲んでくれて嬉しかった」


仁王の言葉で私は再び涙がこみ上げてきた。


「でもな、俺は明日ちゃんと告白する。結果はどうであれ、気持ちをちゃんと伝えないで終わるのは嫌じゃ」

『っ、……そか、』

「それに、振られることは傷つくだけとは限らんよ」


仁王が最後に言ったその言葉はまるで私の考えを読み取ったように感じた。仁王はその後、私に背を向け、いつものように右手をだるそうに降って、階段を下りて行った。

私は仁王のその言葉の意味を考えながら、ただ泣き止むのを待っていた。



それ以降は私は仁王とは会話をしていない。(と、言うよりは私が仁王を避けているだけなんだが)
仁王は本当に告白したのかさえ、分からない。
だけど、友達のちょっと元気の無い顔を見たらやっぱり仁王は告白したんだなー、って思って、そしたら無性に泣きたくなったのを今でも鮮明に覚えている。





――――……


そんな風に終わった中1時代の自分を回想し終えて我にかえれば空はオレンジ色から藍色に変わりかけていた。


『どんだけだよ』


ポツリと吐き捨てた言葉は私が椅子から立ち上がった音によってかき消された。


中3になった今でも、仁王が最後に言った言葉の意味が分からなかった。


「振られることは傷つくだけとは限らんよ」


彼は確かにそう言った。だけど、傷つく他に何を得られるの?
良く、分からない。
どんなに頭を働かせても、好きな人と結ばれなかったら悲しい、とか、ショック、とか、傷つくに良く似た感情しか沸き上がってこないし。

ゆっくり、階段を下り昇降口へと向かった。


『あ、』


そこで思わぬ人物を発見した。
私がずっと避けていた人物、仁王雅治が。



――ドクン。



封印したはずの、封印されたはずのあの感情が再び動き出した。
心臓を鷲掴みされたあの感覚が私を支配した。


「お、」


そんな私に気付いた仁王。
履きかけた外靴を脱いでわざわざ私の所までやって来た。


「久しぶり、じゃのぅ」

『そうだね』


久しぶりに聞いた彼独特の訛りと、彼の声。
どうしよう。上手く言葉が出てこない。


「最後に話したのは、1年の夏だったな」

『――うん。そうだね』

「名字にちゃんと報告したかったのに、全然会わんようになって、寂しかったナリ」

『相変わらず言うことが上手いね。で、随分今更だけど、どうだった?』

「あー、まあ、振られた」

『そっか、お疲れ様』

「ん」


そう言って頷く仁王に私はあのときの言葉の意味を聞いてみようか躊躇した。
聞いても良いけど、この際だ。
私も彼と同じ立場を経験するのも悪くない。


『ね、仁王』

「何じゃ?」

『私、もう一つ仁王に言うことがあった』

「……」

『私、ずっと仁王が好きだった』

「――ありがとう。でも、俺は今でもアイツのことが好きじゃ」

『うん』

「じゃから、名字の想いは受け取れん」

『うん』

「……ごめん、な」


――あ、今、ちょっと仁王が言った言葉の意味、分かったかも。


『ううん、大丈夫。むしろちゃんと聞いてくれてありがとう』

「ん、……じゃ、俺は帰るナリ」

『ばいばい』


再び外靴を履く仁王。
扉を開いたとき、こっちを振り返ってはにかみながら、小さく手を振った。
私も手を振った。
仁王の姿が見えなくなるまで手を振った。


仁王の姿が見えなくなって、私はようやく泣き出した。


――後悔はしてない。


振られたことは確かにショックだし、少なからず傷ついた。


だけど、無性にすがすがしいんだ。


私の胸はズキズキ痛む。けど、この痛みが私を強くしてくれるんだ。
仁王もきっと、この痛みを経験したはずだ。
それを乗り越えて、私にあんな笑顔を見せてくれて……。


でも、今でも仁王があの子のことを想っているように、私も、今でも仁王のことを想っていたんだ。
それを思うと、切なさの波が私を襲う。



ただ……今は我慢せず、思いっきり泣こう。



私はゆっくりと靴を履き替え、外に出て、それから目を閉じて、大きな声をあげて泣いた。





――流れた涙は無駄じゃない、って思いたい。






――――――

純愛がテーマとあって、ハッピーエンドなお話にするか迷いました。

だけど、今回は悲恋で。

好きな人に向ける一途な想いを追究してみました。


今回、このような企画に参加できたことをとても嬉しく思います。
そして、庭球純愛様、1000000hitおめでとうございます!
これからも頑張ってください(^^)


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