「名無しには日吉くんがいるじゃん」
私の恋バナはいつもこの一言にみんなが頷いて締められる。
日吉は確かに幼なじみで、他の男子より仲はいいけど、そういうのじゃない。私が好きなのは、跡部さんなのに。
そう反論すると、みんなは目を細めて、なんだか生暖かい目で見つめてくる。なんなんだ、跡部さんが好きなのは本当のことで、日吉は本当にただの幼なじみなのに。
やたら日吉とくっつけようとしてくるみんなにモヤモヤする。別に日吉が嫌いなわけじゃないけど。
「名字、話がある。ついて来い」
「なんで命令形ー?」
お昼休み、日吉が訪ねてきた。友達が小突いてきて、ため息が出そうになったけど、その言い方が跡部さんみたいだったから少しにやけてしまった。
私は言われるがままに日吉に付いていく。
着いたのは中庭だった。
人気がなく、日陰になっているところに来ると。日吉はふいに振り返って、私を見た。
「お前に聞きたいことがある。
……跡部さんが好きってのは本当か?」
ついに日吉の耳にまで届いてしまったか。好きな人を知られるってやっぱ恥ずかしいな。
思わず顔を伏せて緩む顔を誤魔化す。
そうだよ、と答えようとして改めて日吉を見たら、なぜか言葉が出てこなかった。
日吉の顔が似ていた。前に私が日吉に好きな人を告げた時のあの顔に。
あの時、名前を言ったら、日吉は酷く傷ついた顔をしていたっけ。
もう、二度とさせたくないと思った顔だった。
中庭の木々が風で揺れて葉がこすれ合う音がやたら大きく聞こえた。
きっと肯定したらまたあの顔をさせてしまう。でも、嘘つきたくない。
「日吉が、そんな顔することないんだよ。跡部さんが好きなのは、その、ほんとだけど、あの、日吉がそんな顔するなら考え直すから」
「……」
私の言葉に日吉は切れ長な目を見開いた。
「私、日吉が辛そうなの、嫌なの。好きな人を諦めてもいいくらいに。だから、跡部さんを好きなのは止めることにする」
「……」
日吉の顔があの私の嫌いな顔じゃなくなっていく。今は、なんだかすごく呆れた顔だ。ああよかった。呆れられてるのを喜ぶのは変だけど、いつもの日吉の顔だ。
「日吉が嫌じゃない男の人好きになるから、そのときは笑ってよ?」
「馬鹿か。いねえよ、そんな男」
確か前もこんな感じだった気がする。
あのとき好きだった男の子は誰だったのかもう覚えてないけど。
「唯一、いるとすれば……」
「え、誰々?」
「……俺だな」
控えめな呟きだったけど、ちゃんと聞こえた。
「えー? なにそれ、ナルシスト?
まさか、……私に好きになってほしいの?」
「あぁ。
確信したからな、名字の中で、俺の優先順位が1番だって」
自信満々な日吉に、跡部さんが被る。ニヤリと笑う笑い方も跡部さんそっくりだ。
「自意識過剰ー」
「どうせ跡部さんに惹かれてたのも、俺と似てたからだろ」
「……自意識過剰ー!」
そうかも、と一瞬だけ思ったけど、日吉には言わない。
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