初恋の人が、結婚する。俺じゃない、誰かと。
俺と名無しは、中学3年の秋から高校3年の冬まで、付き合っていた。順調に、交際は進んでいた。
だけど俺は、彼女を傷つけてしまった。彼女のことを想ってるから、なんて酷い言い訳だ。
『私ね、外部受験するんだ』
ずっと一緒にいられると思っていた俺にとってそれは、死刑宣告のようなものだった。
名無しは、神奈川県内にある専門学校を受けると言った。それは、彼女が幼い頃から持っていた夢を、叶えるためだった。
今なら俺は、彼女の夢を応援できるのに。
『…そんなに、俺の側から離れたい?』
俺は彼女の言葉がショックで、強く当たってしまった。
『他に好きな人ができたとかなら、言ってくれればいいよ』
『俺たち、恋人同士だよね? もう、結構付き合ってるのに君は未だに、俺に遠慮してばかり』
『俺といるの、楽しくないの?』
一方的に、彼女のことなんて考えずに、そんなことばかり言った。彼女は悲しそうな顔をして、だけどそれでも、何も言わない。
『言いたいことあるなら、言ってよ』
『…ごめんなさい』
『何に謝ってるの? いつも、謝ってばかり』
『……』
『…もういいや、別れよっか』
俺は恋をするにはまだまだ、ガキだった。そうやって俺は、大好きな人を手放した。
彼女にそう言われたとき、裏切られた気がした。別に、外部受験することが裏切ることになんて、ならないのに。
別れたのは、寒い寒い、凍えそうな冬の日だった。
一人でいると、凍ってしまいそうで。無意識に、名無しの姿を探した。あんなに酷いこと言ったのに。きっと名無しは、俺のことを嫌いになっただろうなあ。
なんて思って、泣きそうになった。きっと、泣きたいのは名無しの方なのに。
彼女には、もっと寛大な心を持つ人が必要なんだ。俺みたいな、器の狭い男は、名無しの側にはいられない。
〈幸村くん、大丈夫かよぃ〉
電話口から、知らせてくれた友の声が聞こえた。ああ、そうだ、今はまだ電話中だった。
「大丈夫だよ。知らせてくれて、ありがとう」
〈…思い出してたのか?〉
「うん、まあね。大丈夫、もう未練はないから」
〈分かれた直後の幸村くん、抜け殻みたいで怖かったしな〉
「それは皆に言われたよ」
〈じゃ、幸村くんもそろそろ恋人作らないとな!〉
「あはは、そうだね」
〈んじゃ、切るぜぃ〉
「またね」
プツッ。
電話が切れる。
皆、俺はもうあのときのことを吹っ切れたと思ってるみたいだけど。
本当は、別れてからもずっと好きだよ。
なんて。名無しを傷つけた俺が言えることじゃないけど。
「結婚、かあ…」
もしもあのとき、俺が彼女の夢を応援してあげられていたら?
意味のない「if」の世界を考える。
ずっとずっと、好きだったよ。でも、もう終わりかな。長い長い恋に、サヨナラを。
君が幸せになれたことを、俺は祝福する。
俺じゃない誰かと、どうか幸せに。
fin.
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