▼ 桜を飼う鬼

 

桜の花が、命の灯を消そうとしているようだ。
美しい花弁をさらさらと散らして、寒々しい枝をさらしている。
この桜は、季節問わず常に花をつけているので“妖木”と呼ばれていた。
己と同じ名を与えられ、妖力で無理矢理生かされている――同じ境遇の唯一、格子から見える仲間だ。

「兄者(あにじゃ)……」

秘色の色合いの襖が、開けられる。
顔を覗かせたのは、凄絶な美貌を湛えた青年だった。
色素の薄い縹のような髪色、名前と同じ美しい瞳、そして額には……一族の中でも一際美しいと讃えられる角。
己の弱々しく見える小さな角とはまったく違う逞しい力の象徴を見つめ、ゆっくりと微笑んだ。

「白群(びゃくぐん)」

己の弟は――鮮やかな“鬼”だ。

白群の美貌は、間違いなく父方の血を受け継いでいる。
彼の母も美しかったが、線が細く弱々しい華奢な美しさで――己はそちらに似たのでは、と思ってしまう。しかしそれは、絶対に有り得ないことだ。
白群は混血で、純血ではない。
己はその純血であり、本来ならば家督を継ぐべき長男であった。

「調子はどうじゃ? 兄者……」

気遣う調子で落とされた声と共に、すらりと美しい手がこちらに伸びる。うっすらと桃色に染まった爪先が頬を撫で、顎を掠める。うっとりとその所作を見つめていれば、白群が涼やかに微笑んだ。

「前よりは加減が良さそうじゃな」

「白群が会いに来てくれるからだよ」

混じり物の血を持つ異端児。白群はそう詰られ育った。今も大体の者は嫌悪と侮蔑――それに併せて、畏怖の視線をもって白群を見つめる。

それでも、白群は一族の――長だ。

両親を殺し、長老たちを殺し、不平不満をもらす者たちを排除して、白群は一族の頂点に成り上がった。

『すべては、白緑(びゃくろく)……貴方を生かす為じゃ。俺のものにする為じゃ』

両親と長老たちの血にまみれた手で白緑を抱き締めながら、白群は狂気と狂喜を宿した瞳を爛々と輝かせた。

「あの愚者どもは、兄者を弱いからと蔑ろにしてあまつさえ、殺そうとしよった……俺の唯一大切な者を……だから、奪われる前に――奪ったまでじゃ」

白群にはそれを成す力があった。一族の中でも一番と称される妖力で、頂点に立つ者たちを“屠った”。
白緑はそれを知りながらも、弟を止めようとは思わなかった。否、思えなかった。

何故ならば、白群だけが白緑を憂い愛して、受け入れる者だったからだ――。

それが例え狂気の色を宿し、白緑を雁字絡めにするものであっても、手放すことはない。
白群の狂った独占欲が愛しく、また離れがたいと――まるで甘い甘い甘露のような毒におかされた思考は考える。

「俺が欲しいのは兄者……白緑だけじゃ……愛してる……愛してる……白緑……」

華奢な腕を捉えられ、組み敷かれる。白緑は目を閉じて弟の狂気を受け止めた。

白緑が死ぬまで、白群は執着を止めないのだろう。
そして白緑が死ねば、白群は生きる意味を見失う。

(これで白群は――わたしのもの)

白緑の薄い唇が微笑と共に小さく震える。
それを見たのは、はらはらと花を散らせる桜だけだった――。







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