▼ 師子王の求愛



「お前、王様のお気に入りなんだって?」

 嘲るように問われた内容は、カジャにとって一番聞かれたくないことだった。鋭く、相手に恨みの籠もった視線を送る。しかし、それでも相手は平然としていて、更にカジャの気持ちを逆撫でする。

「いいな、お前。王様に贅沢させてもらってんだろ。いい服着て、いいもん食べて……なぁ、毎晩よろしくやってんのか?」

「……っ!」

 かっと、頭に血が昇る。思わず目の前の相手を罵倒し、打ち倒してしまいたい衝動に駆られる。カジャはその衝動をぐっと、拳を握りしめて耐えた。
 やがて、相手はカジャがなにも言わないことに飽きたのか、馬鹿にしたように鼻を鳴らして歩き去った。
 ぽつんと、カジャは路地裏に取り残されて、悲しい気持ちで佇む。毎回のことながら、黙っていることがつらい。
 相手にわからせてやりたい。
 彼が、いかに偉大で美しく誇り高いかを。

 カジャは奴隷だった。
 小さな頃に親に売られ、気がついたら娼館に居た。昔から見目だけは麗しいな、と言われ続け、馬鹿にされてきた。

 学もなにもなく、愚かだということは自覚している。
 幼い頃から肉体労働か、虐げれれる仕事ばかりをしてきた。それはカジャの自信や誇りを奪い、抗う気力を根こそぎさらっていった。
 もうどうでもいいと、娼館の片隅でぼうっと生きていたカジャを救ったのは、誰でもない……この国を統べるすべての父たる国王だった。
 国王は名をシモンという。代々連綿と続く王族の血を色濃く継ぐ獅子の逞しい容姿は凛々しく、荒々しい魅力に溢れている。鍛えぬかれた肉体は獅子の顔同様漆黒の毛並みに覆われ、数人の人族ならば片手で薙ぎ払う。戦の才に恵まれ、彼の代になってからは他国との戦は負けたことがなかった。
 戦好きの汚れた血を受け継いだ王――。
 民を危険にさらす愚王――。
 先代の王の御世、国民は戦に一進一退する国に疲弊していた。
 軍資金が足りぬと言って税を引き上げ、男を家族から取り上げた先王は国民に不満と王族の不信を植え付けた。結局病に倒れ、民の反発がなくならないまま先王は没し、その後をまだ若かったシモンが継いだ。
 税を軽くし、徴兵されたままの男手を返し、法と官吏の腐敗をただし、国をわずか五年で立て直した賢君と、普通ならば称えられるべき王だ。
 しかし、奴隷たちは王を嫌って憚らない。
 花街に王が来たと知れば、大声で王への不満を叫びながら大群で闊歩する。
 それは大半が人族の奴隷たちだった。彼らは獣族だという理由だけで王を侮蔑する。
 人族は力でも、魔力でも、獣族には遠く及ばない。それ故に人族は弱い身分で蔑まれる。その格差を王は未だになくせずに、それを奴隷たちはずっと恨んでいるのだ。
 カジャは人族と獣族の混血で、母親が猫の獣族だった。母親はカジャを産んだあとすぐに殺され、獣族の血を濃く受け継いだカジャは人族の父親に毛嫌いされ、奴隷になった。
 ふわふわとした白銀の髪に、同じ毛並の耳、すらっと伸びた長い尻尾、金緑色(アレキサンドライト)のアーモンド型の瞳。華奢に見える肢体はそれでも肉体労働の為に適度な筋肉がついており、それがしなやかで魅力的な体を形成していた。しかし、おどおどとした態度のせいでカジャは仲間内でも苛められる対象となっていた。もっと自信を持った態度でいかなければと思うのに、今まで虐げられてきた過去の恐怖がカジャを竦ませていた。

「お前、名前は?」

 始め、どうしてカジャが王――シモンの目に留まったのかわからなかった。
 他に見目の麗しい、純粋な人族の男娼もたくさんいたのに、その日は何故か、シモンは真っ先にカジャに声をかけた。

「放っておけなくてな。まるで怯えた小動物のようなお前を」

 揶揄するように笑ったシモンは、その日以降はカジャ以外を指名しなくなった。実質、その日からカジャは王専用の男娼となった。
 足しげくシモンはカジャの元に通ってくる。荒々しい空気を発散し、獰猛な獣の性を隠そうともせず、奴隷の罵声も軽く薙いで、シモンは王たる風格を持ってカジャに会いにくる。

「最近のお前は強くなったな」
「う……っ」

 シモンの大きな口が、カジャの肩に這わされる。ぞわぞわと背筋を走る感覚は馴染んだもので、カジャは素直にそれに身を委ねた。大きく逞しい身体に包まれていると、何も考えたくなくなる。ひたすらシモンのことばかりが思考を占めて、カジャの心は疼く。
 シモンは誇り高く、偉大な人だった。
 王は孤独で、それでも真っ直ぐ覇道を突き進む、気高い人だった。
 カジャは知っている。それでいいと、シモンは笑う。
 このまま、カジャだけがシモンの内側を理解していればいいと――。

「ああ……!」

 シモンの鋭い牙が、カジャの真っ白な肌に少しだけ食いこむ。
 まるで食べられているような錯覚に陥って、それだけでカジャの身体は高ぶって仕方ない。噛みつかれた場所から、段々と熱が広がっていく。
 性急な動きで抱きしめられた腕の中で、カジャは熱い吐息をついた。



「あと少しで、お前を迎える支度が整うはずだ。嫌だとは言わせないぞ、カジャ」
「言うわけないじゃないですか……俺は、シモンのそばにいたい」

 カジャの手を取り不安そうに言うシモンに、微笑む。
 嫌なわけがない。カジャにとって、こんなに幸せなことはないのだ。
 たとえ、それがシモンの傍にひかえる奴隷という身分でも、カジャは傍に在りたいと望んだ。

「莫迦なことを言うな。お前は奴隷の身分から正式に、俺の愛娼になってもらうぞ」
「え……?」

 ぽかんと、カジャが間抜けな顔で固まった。シモンの言っていることが、理解できない――。
 シモンはカジャの前に跪き――カジャの手の甲に恭しく口づけた。

「俺の後継は決まっている。あと十年で俺はお払い箱だ。子孫を残せと言われてもいない――俺は妃を持つ気はないからな」
「どう、して……俺なの?」
「一目惚れだ。諦めてくれ」

 困ったように、しかしもう抗うことは許さないとばかりに笑むシモンに、カジャはひたすら呆然とするばかりだ。
 何時の間にか、シモンの手にはシンプルな銀の指輪が載っている。それはカジャの指にするりと嵌まり、ぴたりとおさまった。

「お前は俺のだ、カジャ」

 胸が詰まって、言葉も出ない……。
 泣き崩れるようにして飛び込んだシモンの腕は、優しくカジャを包み込んだ。


 END

五十嵐業さんへ!
リクエストは「噛みつく」でした。
そしてお誕生日おめでとうございます^^*


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