▼ 相手は魔法使い

 


僕にとって、鷭(ばん)ちゃんは命の恩人で、かけがえのない人で、世界で唯一好きな人だ。

僕と鷭ちゃんは小さい頃、色街にある男娼館に売られた。

土砂降りの雨の中、粗末な幌馬車に揺られて、この国の首都にある異人街に僕らは連れて来られた。
目の前に建つ見たこともない豪華な建物と、綺麗な男の子たちに見惚れている僕に、鷭ちゃんは真剣な表情で言った。

「いいか、俺たちはここに売られたんだ。子どもだからって、いい思いは出来ないんだからな……。だけど、お前は俺が出来る限り守ってやるよ」

僕は幌馬車の中で初めて会ったばかりの人間なのに、鷭ちゃんはなぜかとても優しくしてくれる。境遇が似ているから? 僕が弱そうに見えるからかな?
たとえそうだったとしても、僕に優しくしてくれる人は初めてだったから、嬉しくて僕は笑顔で頷いた。

「うん! 僕も、君を守れるように強くなるよ……絶対!」

きっと、鷭ちゃんだけだ。
これから、僕と一緒に生きてくれる人はこの綺麗な男の子だけ。
大切にしていこう。そう思った。




「雪加(せっか)、お前にやるよ」

鷭ちゃんの手から、まるで魔法みたいに鮮やかな檸檬色の飴玉があらわれる。艶々としたそれを僕は繁々と眺めてから、ぽいと口へ放り込んだ。じんわりと広がる甘酸っぱい味に自然と口元が緩む。
今日は鷭ちゃんも僕も1日休みで、自由にしていいと支配人が言っていた。こんな機会滅多にないから、僕は朝起きた途端に鷭ちゃんの部屋に駆け込んだ。
朝日が眩しい。こんな時間に起きているのは不思議で、滅多にないことだ。
鮮やかな陽光、朝特有の張り詰めた冷たい空気、まだ眠そうな鷭ちゃんの表情。
それらはとても新鮮で、愛しくて、ずっと感じていたい瞬間だった。

「雪加……その傷、どうした?」

「あ、これは……」

「……お客に、やられたのか」

突然緩やかな空気を破るように、鷭ちゃんの鋭い声がした。
狼狽える僕の腕を掴んで、着物の袖を捲り上げた鷭ちゃんの表情が歪む。
ああ、またバレちゃった。僕が隠そうとしても、鷭ちゃんはすべて見透かしてしまうのだ。こんな傷、僕たちには仕方ないことで、嫌だと言っても否が応にもつけられてしまうことだってある。
身を売るとはそういうことで、この異人街に売られてきたからには、現実を見ろ。
鷭ちゃんも言われ続けたセリフの筈なのに、僕が傷つく度にこんな表情をする。綺麗な碧色と濃灰色の瞳を歪ませて、細かな傷がついた僕の腕を撫でる。

「鷭ちゃん、仕方ないよ……お客が望むことはなんでもやれ、って命じられたんだから」

「それでも……俺はお前を守るって決めたから……」

色違いの瞳に宿った強い光。
鷭ちゃんは最近、よくこんな覚悟を決めた色を瞳に浮かべる。
困って微笑むことしか出来ない僕に、鷭ちゃんは真剣な眼差しを向ける。引き寄せられるままに、鷭ちゃんの温かな腕へと抱き締められた。
鷭ちゃんの腕の中はとても優しくて、ろくに寝ていない僕の意識は直ぐに朦朧としてくる。僕の色褪せた白い髪をゆっくりと撫でる鷭ちゃんの掌が心地いい。

まるで鷭ちゃんは僕の魔法使いだ。
傍に居てくれるだけで、僕の心と身体を救ってくれる。魔法にかける。
この国では“魔法”“超能力”という単語はご法度で、口には出せないけれど、僕はいつも心の中で呟いている。

(鷭ちゃんは……僕の大切な、大好きな魔法使いだよ……)

ふわふわと眠りの闇に落ちていく僕の耳に、鷭ちゃんの決意を滲ませた言葉が最後に聞こえた。

「雪加……お前だけは、絶対にここから出してやるから――」

耳元で聞こえたかすかな言葉に、僕は安堵して眠りに落ちた。

『雪加――――愛してる』



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愛好家様に投稿したもの。
お題に添ってない感が否めないです……すいません><
何だか一人だけ場違いに感じるくらい素晴らしい企画様でした!
参加させていただいて有難うございます、光栄です。


本の虫/黒屋オセロ
∴2011/01/28



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