▼ 26日のクリスマスケーキ



ふわりと柔らかく舞い降る雪が街路樹、電燈、道の端っこを白く染めている。
今年の冬は寒さが厳しい。今年、雪を見るのはもう何度目だろう。
この土地では珍しい。いつもは、少し降って、道に残ることもなく溶けて消えていくだけなのに。

「さーむーいー! 寒い! 寒いぞ、永羽(とわ)!」

「あーもう、冬なんだから寒いに決まってるでしょうが。元狛犬の癖に、これくらいの寒さに騒いでどうすんの」

「狛犬として社を守っていた時は石の身であったし、寒さなど感じなかったのじゃ。今は石ではないから寒い!」

ふわふわと目の前で真っ白な尻尾が揺れる。不機嫌そうに左右に揺れる尻尾は、永羽のお腹辺りにぱさぱさと当たっている。
この光景には長い年月を経ている筈なのに、未だに慣れない。むず痒いような、心地いいような――複雑な感情が永羽の中で渦巻く。

永羽と一匹の狛犬との出会いは、もう何年も前に遡る。
永羽が当時住んでいた土地には、大きく立派な神社があった。
朱塗りの門は大きく、社は古く荘厳で、幼い頃の永羽の唯一の遊び場でもあった。
その神社の狛犬は、永羽の知る限り、ずっと一匹だった。ぽつんと一匹、ずっと台座に座って、相棒のいない空の台座を見詰めているように見えた。
寂しくないのかな。永羽はよくそう思っては、狛犬を見ていた。
――その狛犬が、老朽化を理由に台座を下ろされ、新しい狛犬二匹が生意気そうな顔を互いに向けているのを大人になってから知り、永羽はひどく悲しくなった。
あの狛犬はどうなってしまったのか。
未だに永羽の両親との同居を拒み、一人あの神社の近くに暮らす祖母にも尋ねてみたが、祖母も行方を知らないという。
もし――もし、どこかにまだその姿を保ったまま、あの狛犬がいるのだとしたら、永羽は自分のもとに置いておきたいとさえ思った。どうしてこんなにあの狛犬が気になるのか、自分でもわからなかった。

「ふふっ」

「むっ、何を笑っておるのだ永羽」

「ん? いやあ、キサラさんが来た時のこと思い出してたら思わず?」

「……そんな昔のこと、覚えておらん」

「あれからもう、二年だよ? 今日で丁度、二年目」

目の前で怪訝そうに眉を寄せる狛犬――キサラにとっては、二年なんて僅かな年月の筈だ。今の言葉は完全に照れ隠しだろう。
今日は十二月二十六日。
世間では昨日がクリスマスで、もう既にお祭り気分の人もいないだろう。
しかし、永羽とキサラは今日がお祭り気分本番の日で、特別な日だ。
売れ残りの、今日までの消費期限の格安ケーキをホールで二個買い込んで、キサラは最初は上機嫌だった。なのに、寒さが本格的に身にこたえたようで、二人が住むアパート「はなかげ荘」が見えてきても、ぶつぶつと不満を漏らしている。
朝飯前だと胸を張って宣言していた変化も、はなかげ荘の近くに来た途端、あっさりと解けていた。真っ白な尻尾と耳がぴょこぴょこと跳ねている。
このアパートは人ならざる者と、ヒトとが共存する不思議な場所で、キサラと一緒に家を出る決心をした永羽にはとてもいい物件だった。
もふもふの犬の尻尾と耳が生えた、可愛らしい子ども姿のキサラと一緒では、普通の物件なんてとても暮らしてはいけない。

『来てやったぞ』

不遜な態度で、突然キサラは永羽の前にあらわれた。
状況が呑み込めない永羽に、キサラは金色の瞳を鋭く細めながら、ニッと笑って言った。

『お前が呼び戻したのだから、しっかり面倒を見てもらわねば困る――永羽』

永羽はそこでやっと、目の前の犬の尻尾と耳が生えた美しい少年が、己が焦がれてやまない狛犬だと悟った。
永羽が呼んだから、現世に止まったと、彼は言った。その言葉が、永羽をどんなに喜ばせるか――彼は知らない。

「ほら、もうすぐ着くよキサラさん。部屋に行ったら暖かい炬燵が待ってるよ」

「うむ、永羽! 早く帰って私に温かい“みるく”を作れ!」

「はいはい」

永羽を一人道に置き去りにして、キサラは嬉々としてはなかげ荘へ走りこんで行った。
その後ろ姿を苦笑しながら見守っていた永羽は、はなかげ荘の玄関先で微笑んでいる副管理人の六芽に声をかけられた。

「楽しそうですね、キサラさん」

「今日で俺とキサラさんが出会って、二年目なんですよ」

「そうなんですか! もうそんなになるんですね」

「ええ」

「……お幸せに、永羽さん、キサラさん」

何もかも悟っているような微笑みで、六芽は永羽に言う。永羽はそれに苦笑でこたえた。
――果たして、彼が永羽の気持ちに気付く日は来るのか。

三階から聞こえるキサラの不機嫌そうな声を聞きながら、永羽はゆっくりとはなかげ荘の階段を上っていった。




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