▼ 兎と虎の恋愛事情



「虎……」

沈んだ声が広い部屋にぽつりと落ちる。
書類を整理していた手をいったん止め、声の主を振り返る。そしてその彼の表情を捉えた瞬間、羽喰 虎太(はくい とらた)は苦笑いを顔一杯に浮かべた。

「どうしたの、ウサちゃん? そんな顔したら、男前が台無しだよ」

「なあ……どうして俺は“俺様”っていうレッテルを貼られたんだ?」

不本意だ、と不貞腐れたように呟く彼に、虎太は益々苦笑いを濃くする。

近衛 玄兎(このえ くろと)。
私立和泉学園生徒会会長であり、虎太の唯一無二の親友。
艶やかな黒髪、鋭い切れ長の瞳、整った美貌を持つ彼は、学園一の人気を誇る“俺様会長”だった。

「“親衛隊のセフレが一杯”だとか、“馴れ合いが大嫌い”だとか……なあ、どっからそんな噂流れてんだろうな?」

「うーん……僕も出所を調べてるんだけどね。一向に不明で……」

(……と、言うことにしておこう)

虎太は心中で呟いた。
本当は、噂の出所は既に調べて判明している。しかし、虎太はそれを玄兎に伝える気はなかった。

“玄兎を独占したい親衛隊メンバーたちが、故意に噂を流して他の生徒を遠ざけている”……だなんて、玄兎に伝えればどうなることやら。

お人好しの玄兎のことだ。思い悩んで実際に親衛隊の子と仲良く……とか、言い出し兼ねない。

「俺だってさ、友達欲しいし……普通に学校生活送りたいんだけどな」

「ウサちゃん、それは無理な話だよ」

「何でだ?」

「この学園は、全て“顔”と“家柄”が判断基準なの、わかってるでしょう? ウサちゃんは大財閥の近衛家直系の跡継ぎだし、顔も美人過ぎるから、この学園の生徒と気軽に付き合えると思う方がダメ」

「お前だって、大手医療メーカー羽喰薬品の御曹司の癖に……それと、俺は美人じゃないってば!」

「美人なの! もう、これだから自分の容姿に無頓着な天然っ子は困る! それと僕は、ちゃんと自分のレベルを自覚出来てるからいいの」

「うう……」

遂に押し黙ってしまった玄兎に、虎太は矢張苦笑しながら書類を手渡す。
こんな白熱した言い合いをしながらも、二人の手は休むことはない。次々に判子を押し、目を通し、処理の終わった書類が段々と積まれていく。

「よし、今日のノルマは終わったよ。ウサちゃん、帰ろうか」

最後の書類に目を通し、処理済みの一番上に重ねた虎太は、欠伸を噛み殺している玄兎に向かって言った。それを合図に、玄兎は漸く椅子から立ち上がって伸びをした。


 ※ ※ ※


ウサちゃん、という呼び方は、二人っきりの時にのみ使われる虎太だけの呼び方だ。
玄兎はそれが好きだったし、こうやって居残って虎太と他愛ない話をするのも好きだった。
どうしてか、虎太は他の生徒の前だと玄兎に対する態度が固い。何度もその理由を聞くのだが、見事にはぐらかされる。

「ウサちゃん」

「どうした」

「また僕のことで悩んでるね?」

「……お前、エスパーか?」

「顔に出てるよ、滅茶苦茶」

人気のない廊下で立ち止まり、虎太は玄兎を省みた。
茶色のふわふわした髪を揺らし、鮮やかな蒼い瞳が、こちらを愉快げに見つめている。羽喰 虎太は、玄兎の目から見てもかなりかっこいい男だった。

「ねぇ、ウサちゃん。僕はね、したくて君にあんな態度取ってるんじゃないよ」

「じゃあ、何でだ?」

「ウサちゃんを、独り占めしたいから」

「……え?」

訳がわからない。
玄兎がそう言おうとした刹那――勢い良く壁に体を押し付けられた。真剣な虎太の瞳が、玄兎の瞳とかち合う。

「僕と居る時のウサちゃんは本当に可愛くて、“俺様会長”なんてイメージじゃないよね。そこで問題です。その俺様じゃないウサちゃんを、他の生徒に見せたらどうなるでしょうか?」

「……っ、どうなる、って……」

唇と唇が触れ合いそうなほど、二人の顔は近い。心臓がばくばくと強く脈打って苦しい。いつもの虎太とは全く違う表情に、玄兎の体温は上がるばかりだった。

「答えはね、ウサちゃんのファンがもっと増えて、親しくなりたい人が増えて、僕と居る時間が減っちゃう、だよ。この居残りの時間も……無くなるだろうね」

そんなの嫌だ。虎太はそう囁いて、玄兎の肩口に顔を埋めた。

「ねぇ、僕はもうこれ以上ウサちゃんを取られたくないんだ。だからね、僕の態度を許して……」

「わか、った……」

もっと気の利いたことが言えたらいいのに。玄兎の唇は上手く動いてくれない。
言い様のない感情に心中を掻き乱されたまま、二人は暫く廊下に佇んだ。


終わり?


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