▼ 明良さんより

夢の跡



初めて惣介が貘と出会ったのは、まだ彼が幼児と言っても良い頃であった。
幼児は少年へ、少年は青年へと成長していく。対する貘は変わらず、常に惣介の傍にいた。
惣介以外の誰に姿を見られることもなく、ただ、そこにいた。

惣介の生まれ育った家は、古くからある由緒正しいお家だった。
成長と共に家を継がせようとする血縁者たちによって彼の自由な時間は制限され、穏やかだった貘との時間は次第に減っていく…。彼はそのことに耐えられなかった。

「貘さん」
「どうした、惣介」
「私と一緒にここを出ましょう」
「…何だって?」
「私には、もう…我慢なりません」
「……」

そう切り出した時の、貘の悲愴な瞳は、今も惣介の脳裏に深く刻まれている。



「貘さん、私は後悔していませんよ」
「…ああ」
「ねえ、わかっているんでしょう?」
「……」

夢。暖かくて、ふわふわと幸せな夢だった。
貘に抱かれて眠ったときのようだったと惣介は先ほど見た夢を思い返す。それもそのはずで、貘と家を出た時の夢だったのだ。
「幸せなんです。貴方が傍にいてくれるなら、他に何も要らないくらいに」
「……そう、か」
「…いつになったら、貴方は納得してくれるんでしょうか」
眉を下げて笑うと、貘は低く唸り声を上げた。
「…俺は、きっと何時までも納得できないだろう。人間と妖怪との違い…生きてきた年数の違い。俺は他の妖怪よりは人間の近くで生きてきたから、これからお前が苦労するだろうことは容易にわかる。…何も、裕福な暮らしを捨ててまで俺を選ぶことはなかったんだ…」
絞り出すような、胸の痛みをそのまま音にしたような声色。それをそっと胸に受け止め目を伏せた惣介は、朗らかに笑う。
「それは、私の問題ですから。無理に貘さんを連れ出したのも、好きで家を出たのも私が選んだことです。貘さんは自分には関係ないと大きな顔をしていれば良いのですよ。私はもう、小さな少年ではないのですから」
「…俺にとってはいつまでも、可愛い惣介のままだ」
「嬉しいような悔しいような、ですね。」
「素直に喜んでおけ」

するり。貘の長い尾が惣介の腰に巻きつく。誘われるように貘の首に抱きつくと長い鼻が頬に擦りつけられた。
貘は惣介を甘やかすときはいつもこうする。このタイミングでのこの行動は何だかいいようにあしらわれているような気もしたが、この幸せな時間を満喫せねば勿体無いと、惣介はただ貘の体温と呼吸を感じることに専念した。

冷たかった風は日差しを含んで、開け放たれた窓からするりと部屋に入り込む。
柔らかに、暖かに、ふたりを包みこんだその風は、ふわりと霧散していった。



※※※※

明良さんよりいただきました!!^^
はなかげ荘に投稿して下さったお話のお二人なんですが、可愛いですね〜!
ありがとうございます^^




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