灰谷蘭役、臨時アルバイトはじめました〜日給10万に目が眩んだ訳ではありません〜



親の転勤で、中学を卒業するまでの15年間を過ごした地元から離れることになった。
今まで住んでいた家や、小さい頃から付き合いのある友達。放課後にスーパーでアイスを買って、寄り道をした公園。それらに別れを告げて私は現在東京に居を移している。


(ひゃあ〜ほんっとに人多すぎっ荷物も重いし無理っ)


新居に引っ越して早三日。
家具や電化製品などは粗方前の家からの持ち込みだったけれど、それでもまだまだ何かと足りないものが多い我が家では、家族で手分けしての物資補給(買い物)が急務だった。
ちなみに、春休み真っ只中の私は家族の中で一番時間があるということで、毎日必要な食料品担当。本日も両手に、人参、ジャガイモ、玉ねぎ、等々野菜が入った袋に、牛肉や豚肉、半額まで下がっていたお惣菜などをつめた袋を持ち、帰路についていた。が、地元では考えられない程の人混みと、両手にぶら下げた荷物で疲弊しきっていた。

『あ〜ちょっと休憩っ』

近くに見えた綺麗に整備された公園に立ち入り、カラフルに塗装されたベンチによいしょっと腰掛ける。平日の真昼間ということもあってか不自然なほど誰もいない空間で、荷物を置いてから思いっきり伸びをした。
脳内では、現在進行形で後悔の言葉ばかりが列挙されている。


(あ〜ほんとバカ…スマホは置いてくるわ、帰りの電車賃忘れて買い物に使うとか…)


ポケットの小銭入れを見てため息をついた。
何度見ても帰りの分に少し足りない金額。ここから家まで歩いて帰れない距離ではないけれど、この荷物を持ったまま3、40分歩くことを考えると頭がクラクラする。
現実から目を逸らしたくて、ぼっーと公園を眺めた。
ベンチ同様、カラフルに塗装された遊具に、綺麗に整えられた砂場。周りには均等な感覚で木が植えられ、いかにも造られたものという感じだ。地元の公園は最早公園と言っていいのかというくらい草木が育ちまくり、砂場のようなものがあるくらいだった私にとって、一歩この場を出れば高層ビル群に囲まれたこの公園が少し窮屈に感じた。


「蘭さん!」


『うわっ』


突如背後から肩を叩かれ思わず声が出る。
振り返ると、数人のガタイのいい男が後ろに整列している。突然の出来事に何も言葉を返すことが出来ず呆然と彼らを見つめていると、肩を叩いた男の1人が話し始める。


「蘭さん!こんなとこで何してんすかー!ずっと探してたんすよ〜、竜胆の兄貴も見つからねぇから段々イライラしてきちまって、俺らほんと大変でぇ…」


半ベソをかく大柄の男に釣られて、周りの男たちも肩を震わせながら「あんな目には二度とあいたくねぇ」と口々に言い始めるが、私には一切理解が出来ない。そもそも私の名前は蘭では無いし、竜胆なんて名前の知り合いもいない。


『あ、あの〜どなたか知りませんが私、蘭とか言う人ではなく…人違いでは…』


「よっしゃお前らー!車回してこい!はえーこと蘭さん連れて竜胆さんとこ行くぞー!」

「よかったすっっ、これで竜胆さんの機嫌も治るってもんです!」

「あれ?蘭さん、この荷物カレーでも作ろうとしてたんすか?こんなことしなくても俺らが作るか買ってくるかしやしたのにっ」


『いや、だから…』


こっちが人違いだと言っているのに全く耳に入っていないのか、勝手に盛り上がり始めた男たちを見て途方に暮れる。ただでさえ小銭が足りないという災難に合っているのに、話を聞かない輩にまで絡まれるなんて今日は厄日に違いない。
レジ袋を軽々持ち上げる男に、『お願いだから、話を…』と言いかけると、丁度公園の入口に高級そうな車が止まり、さっさとそいつは荷物片手に車へと向かっていく。
後ろからはまた別の男が私の背中を軽く押しながら、「さぁさぁ、迎えの車です、乗ってください」とあれよあれよと私を車に押し込んだ。
3列ある座席の真ん中に1人で座らされると、男たちはそれぞれ所定の位置に座り、さっさと車が発進した。

これはえらいことになったぞ…と思いながらとりあえず後ろの席に座った男たちに意識を向ける。黙りこくっている私を他所に、よかったよかったと談笑している彼らは

「なんか蘭さん見ないうちに小さくなってね?」

「ばっか、お前聞こえたらシメられるぞ!」

「いやでもなんか、前よりかわいく…いってっ!」

「お前ほんと黙れ!」

「叩くことねーだろ!」


こそこそと何かを耳打ちし、じゃれ合ってる?ようだ。時々こちらを見ては、「蘭さんは、まじ漢っす!最強っす!可愛くなんかねぇっす!」とニコニコの笑顔で言われ、何故初対面の人間に人違いとは言え、漢だとか、可愛くないなんて言われなきゃならんのだ、ほんとにつくづく厄日だなんて思ったりした。



そうこうするうちに、車窓からは高層ビル群やスーツに身を包んだ男女ばかりが目に入るようになった。
ちらりと見えたレストラン?の看板には【Couler六本木店】と書かれていることから、ここが六本木だということが伺えた。
段々と車のスピードが落ちていき、やがて停車すると、「着きやした、蘭さん!」という声と共に扉が開く。とりあえず車から降りると目の前には見上げると首が痛くなるほどのマンションが聳え立っている。

(はぇ〜、、新居の何倍高さあるのこれ)


「蘭さん、早く行きましょーよ、竜胆さん待ってますよ!」


エントランス口前で突っ立っている私を不思議そうな目で見ている男たちに、『だから、私は蘭じゃなくてっ』と続けようとすると、「こんなところで蘭さんに立ち話なんてさせるなバカっ」とまた別の男が割って入ってくる。


(あー、もうダメだこいつら、竜胆とかいう奴のが話通じるかもだし、、このままついて行くか、、)


男たちとの会話を諦めた私は、大人しくエントランスに入り、コンシェルジュがいること、エレベーターの階数がありすぎること、男たちが迷わず最上階の番号を押したこと等々に驚きながら噂の【竜胆】との対面を果たすことになった。



▲▼


「で?お前らは一体どこに目つけて歩いてたんだ?」


「す、すいやせんっっ、髪も三つ編みだし、顔も似てたもんで、、てっきり蘭さんかと…」

「あぁ?ちったあ似てるかもしれねーがな、目の色だって、身長だってちげえだろ?ったく、揃いも揃ってバカばっかか」


他所の家?の修羅場ほど居心地の悪いものはない。
竜胆さん宅に着き、遂に対面を果たしたのが先刻。どうやら竜胆さんはかなり話がわかる人のようで、男たちと私を見た瞬間何かを察したかのようにため息をつくと「テメーら歯ァ食いしばれ」と言ったが最後、順番に男たちの腹に一発ずつきついのをくれてやっていた。
当の私へはというと「あー、まぁなんとなく察したけど、とりあえず話したいし中入って」とかなり紳士的な態度で好印象だった。


「で、あんた名前は?」


ようやく竜胆さんと男たちの話し合い(かなり一方的)が終わったかと思うと、今度は一斉に私への注目が集まった。


『え、えっと、清水蓮です、蘭ではなく、蓮です…』


「蓮ね、覚えた」


竜胆さんは私の名前を1度反芻すると腕を組み何やら考え込み始める。
覚えてくれなくていいし、人違いということが分かったのならさっさと解放してほしい…なんてことを思いながらそんな彼を見つめていると、突然手を打ち「いいこと思いついちゃったあ〜」と私の方に向き直る。


「蓮さ、今バイトしてる?」

『え、いや、最近こっちに引っ越してきたばかりでまだ…何かしたいなとは思ってますけど…』

突拍子もない質問にとりあえず素直に答えてみると、竜胆さんの口角が上がった。

「やりぃ〜、そんな君にピッタリのバイトがあるんだなぁ〜、どう?興味無い?」


怪しすぎる誘い文句に、『とりあえず聞くだけ…』と言うと、またニヤリと笑って話し始める。


「俺にはもう1人双子の【蘭】っていう兄さんがいてさ。そう、あんたがさっきまで勘違いされてた例のやつね。その兄さんがここ1ヶ月くらい音沙汰がねぇんだよ。まぁ兄さんのことだから死んだってことはないだろうし、心配もしてねぇ。それよりも…」

そこで一旦話を区切ると、神妙な面持ちをこちらに向けた。

「今月は俺らの組、天竺の集会がある日だ。集会には俺ら2人揃って行かなきゃなんない。だけどそれまでに兄さんが帰ってくる保証もねぇ…そこでだ」

またニヤリとした表情に戻った竜胆さんは、私の両肩にぽんと手を置いた。

「蓮、お前を【灰谷蘭】役として雇いてぇ」

『は!?』


は、灰谷蘭役!?
意味のわからない単語が耳に入り目が点になる。周りではさっきまで大人しくしていた男たちが「さっすが竜胆さん!」、「名案じゃないっすか〜」と騒いでいるが、何も名案ではないし、ほんとに意味がわからない。


『こ、困ります!誰だかわかんないけど、その人男の人ですよね!?私に似てるかもしれないですけど、さすがにバレますよ!!』


そう言うと、竜胆さんと男たちの目線が一斉に私の胸部に集まり、全会一致で「それは大丈夫」と結論づけられた。無いけども、悲しいくらいに無いけれどもっっ


「まぁまぁ、怒んなって、タダとは言わねぇ、あくまでもバイトだ。給料は弾むぜ?」

『ちなみにおいくらですか…』


決して金に目が眩んだ訳では無い(断じて違うっ)が一応気になるので聞いてみる。


「そーだなぁ、、俺が呼んだ時に来てくれたら、手渡し10万とか…どう?」

『じゅっ、、じゅうまん!?』

「なに?足りない?50くらい?」


オークションか、というツッコミはせずに『じゅ、じゅうまんで充分です…』と返す。
さすがタワマン最上階に住んでる人間は金銭感覚狂ってやがるなぁ…
にしても、10万かあ。
現状我が家は都会に引っ越したばかり。何かと物入りで、家計も中々な火の車状態だ。
春から通う高校は無事学費の安い公立高校に受かったとはいえ、制服に教科書にと考えるとお金があることに越したことはない。…とすると私の答えは…


『そのバイトやります!』

はっきりとそう答えると、したり顔の竜胆さんが私の前に手を差し出した。

「お!話がわかる〜じゃ、蓮、これからよろしくな」

『…がんばりますっ』




▲▼

清水 蓮、東京に来て初めてのアルバイトは六本木のカリスマ【灰谷蘭】になりきるお仕事です。






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