愛犬と散歩してたら金髪ヤンキーにやたら絡まれるんだが



愛犬の柴犬【茶々丸】と家の周辺を散歩しているとやたらめったら金髪のヤンキーに絡まれるようになった。今日も決まったルートを歩いていると、近所の公園から「よっ」と声が聞こえ、ブランコからジャンプを決めた彼、松野千冬がこちらに向かって手を降っている。それを見つけた我が家の愛犬はくるっと丸まった尻尾をちぎれんばかりにぶんぶん振り始めた。

(…こいつ、いつの間にか私より懐きやがってぇ…。)

心の中でもう幼少期からの付き合いになる愛犬に対して悪態をつく。いつの間にか傍まで歩いてきていた彼はその場でしゃがむと「よーしよーし、お前は今日もかわいーなー!」っといつもはキメ顔で街をうろついているくせに我が家の茶々丸の前では見る影もなくデレデレとした表情を見せる。


『今日も来たの??』

相変わらず暇なんだねーっと未だにデレデレしている千冬にそう言うと、「うるせー、今日はここら辺で集会があるんだよ」っとさっきまでの犬への態度とは打って変わって素っ気なく返される。


『ほら、散歩の続き!行くよ!』


っとリードを引っ張ると、案外あっさりと茶々丸はそれに従う。犬はいつでも気まぐれなのである。さっきまであれだけ構われていた千冬のことは忘れたようにまた歩き始めた茶々丸に慌てて『ちょっ待って待って!』と引きずられる私に向かって彼は「待たなーっ」と手を振っていた。



・・・・・・・・・・・・


中学に上がると所謂ヤンキーといった容貌の男子が数人いて、その中でも一際柄が悪く目立っていた彼。髪型も今よりももっと派手派手のリーゼントで、王道ヤンキーという出で立ちだった。そんな彼の噂を聞きこそすれ、直接話したりすることは一度も無く、違う世界の人として特に意識もしていなかった。

そしてあっという間に中学2年に上がり、噂の彼と同じクラスになった。中学1年の時に初めて見て以来、あまり気にとめていなかった彼を久しぶりに教室で見かけると、金髪に変わりはないけれど、リーゼントではなく落ち着いたショートヘアになっていた。
どうやら仲の良い先輩ができたようで、おかげでだいぶ性格が丸くなったようだ、と風の噂で聞いた。




とある授業休み。
次の授業の準備を机に出していると隣の席の女の子に話しかけられる。

「世奈は何か飼ってるのー?」


どうやらクラスメイトの女子の何人かで集まってペットを飼っているか否かという話をしていたみたいだ。
「私は兎!」「うちは猫ー!」と各々が携帯で撮った写真を見せ合い、「可愛いーー!」と声を上げる中。
今度は話が私に振られ、「うちは柴犬ー」と答えると、女子たちの見せて見せてー!という声と共に「え!まじ!」と1人男の子の声がした。


女子の輪からひょっこり顔を覗かせたのは風の噂の張本人、丸くなった松野千冬だった。
少し驚きながら『うん』と答えると、輪の中から抜け出して来た彼が、私の机の前の席の椅子に後ろ向きに座った。

「俺、すっごい柴犬好きなんだよなあー、写真とかない??」

『あるけど…』

同じクラスになって1ヶ月。何気に初めての会話に少し驚きながら携帯を操作し、画像フォルダを開く。最近撮った茶々丸の写真を選び画面を彼の方に向けると「超かわいいーっ」とキラキラした目を向けている。

見かけによらず、犬好きなんだなあー、あ、でもドラマとかでよく不良って捨てられた犬拾うし、そんな感じなのかなあーなんて考えていると「今日見に行ってもいい?」と尋ねられる。特段予定も無いし、快く了承するとそれと同時に授業開始のチャイムが鳴った。「じゃあ、今日な!約束だからなー」と席から立ち自分の席に大人しく戻っていく金髪ヤンキーを見ながら教科書を開いた。



…そして放課後。
クラスメイトに『ばいばーい』と挨拶をし、肩に鞄をかけて教室を出ようとすると、待ってましたとばかりに彼が飛んでくる。

「よっしゃー!放課後!お前ん家の柴犬楽しみだなあー」

『なんかすっごい楽しみにしてるとこ悪いけど、何の変哲もない柴犬だよ。近所にも割と飼ってる人いたりしない??』

「…お前が飼ってるってのが大事なんだって…」

はしゃぐ彼とは打って変わって、至ってドライな私に彼がぼそっと何か呟くが、上手く聞こえなかったのでとりあえずスルー。
3階の教室から1階の靴箱へ向かい、上履きからローファーに履き替え、校門を出る。
暫く肩を並べ帰路に着くけれど、今日初めて話した相手だ。特に話す話題も無くて暫く沈黙が続く。周りには同じように帰宅中の学生や、今晩のご飯の買い出し帰りと思われる主婦たちが忙しなく往来している。


「世奈ってさいつも授業中寝てるよな」


沈黙に耐えかねたのか、いきなり彼が私に話しかける。…にしてももっとマシな話題を提供してくれればいいのに、まさかの議題は私の居眠りについて。

『…教科書に隠れてるから誰にもバレてないと思ってた』


「それはいくらなんでも無理があるだろ。俺お前の席とちょっと離れたとこだけどふつーにバレてるぜ」


「頭いいのにそういうとこ抜けてんだなっ」と笑う彼に、『いいの、聞かなくても分かるからっ』と返すと、「そんだけ頭いいならさ、今度俺に勉強教えてよ」っと予想外の言葉をかけられる。


「なんだよ、あからさまに嫌な顔すんなって」

『あ、バレた?』


さっきまでの沈黙が嘘のように、2人でぷっと吹き出す。
いつの間にか、ナチュラルに会話が続き、お互いの話を少しだけどした。
私は主にクラスメイトとか家の話。彼の話しは「場地さん」という同じ学校の先輩の話と、その先輩と彼が所属している【東京卍會】というヤンキーグループ?の話だった。


「場地さん以上にかっこいい人なんていねぇよ!」

っとキラキラした目で語る彼の話を聞いていると、段々家のの愛犬のように、くるんと巻いた尻尾が見えるような気がしてくる。もう犬見なくても自分が犬みたいなもんじゃんと思いながら話を聞いていると、「世奈もそう思うだろ!」っと同意を求められ適当に頷いた。


『はーい、着いたよ私の家』

「庭付きの家!世奈さてはお嬢様か」

なんていう彼をスルーして扉をひく。ただいまぁーと玄関口で声を出すと、おかえりなさいーっと母の声と、勢いよく駆けてきた茶々丸がはっはっと舌を出し、全力で尻尾を振ってお出迎えしてくれる。その後に「あらあら、まあまあ!」と謎にテンションが高い母が顔を出す。


「お邪魔してます、クラスメイトの松野千冬って言います!」

「あらぁー世奈が男の子を連れてくるなんて!さぁさあがってあがって!夜ご飯も食べて『お母さんっ!松野は茶々丸のこと見に来ただけなの!ちょっとしたら帰るから』


母の「ご飯食べていく?攻撃」を回避するべく言い終わる前に被せてそう言った。
流石に今日初めて会話をした奴の家で、そいつの母が作った料理を囲むなんて、彼にとってもとんだ罰ゲームだ。「ね、松野!」と同意を求めると「いきなり伺ってしまいましたし、また改めて食べに行かせてください」と母に微笑む松野。それを聞いた母は「やだー金髪ちゃんなのにすっごい礼儀正しい
ーっ可愛いーっ」と絶賛松野千冬の株が急上昇中である。

このままじゃ一向に愛犬とのふれあいタイムに入ることが出来ないと考えた私は、「はいはい、分かったからお母さんは向こう行ってて!」と、母を追いやる。「お母さんもっと千冬くんと話してみたいのにー」と騒ぐ母をとりあえず別部屋に移し、再び玄関へと戻る。

「世奈のお母さんおもしれーな。あとやっぱり世奈に似てる」


いつの間にかヤンキー座りにシフトチェンジしていた彼は、あっという間に我が家の茶々丸を手なずけたのか、1人でふれあいタイムに突入していた。


『うちのお母さんいつもあんな感じだから…ごめんね、いきなり』

「謝んなよ、いきなり来たのは俺だし。…でもせっかく誘われたし今度はほんとに飯食いに来よっかな」


そう言う彼に私が返事をする前に「ぜひ食べに来て!!」という母の声が聞こえる。


『…とのことです』

「ははっ。ほんと、おもしれーわ」


わしゃわしゃと茶々丸をひとしきり撫でて堪能しきった彼は、よいしょっと立ち上がる。


「んじゃ、そろそろ帰るわ。今日はいきなりだったのにありがとな。じゃ、また明日!」


やっぱ柴犬は毛がすげーなぁ、と言いながら我が家を後にする彼の背中に

『うん、また明日』

と声をかける。それを聞いて一度立ち止まったかと思うとくるりとこちらを向いて、彼は手を振った。


・・・・・・・・・・・・・

先程の公園で手を振っていた松野千冬を見た私は、夕日に照らされて感傷に浸る気分だったのか、彼と初めて会話をした日のことを思い出していた。

あれからまる半年。


初めてあった日の1週間後くらいに彼は母との約束通り本当に夕食を食べにやってきた。
母は喜び、全く知らされていなかった父は「世奈まだ嫁に行くのは早いっっ」と頓珍漢なことを叫んでいた。

その他にも、頻繁に茶々丸との散歩中に出会すようにもなり、今では互いに気心知れた仲になっている気がする。


『ただいまぁー』


いつもの散歩ルートを歩き終え、茶々丸と共に無事に帰宅。「おかえりなさーい」と母が玄関まで出迎えてくれる。


『なんか、今日も千冬に会ったよ』


「あら!なんだぁーせっかく会ったなら夕食に誘えば良かったのに。1人くらい増えてもお母さん問題ナッシングよ!」


残念だわー久しぶりに会いたかったのにーという母に、1週間前も家に来てるじゃん、というツッコミはせずに話を続ける。

『あいつ、暇なんかなー、ほんと私が散歩してたらほぼほぼ会うんだけど。学校でもやたらめったら話しかけてくるし、友達いないんかな』


やっぱり髪色で怖がられるんだろうなあ、と話をしていると母が「我が娘ながら鈍感すぎる…」と何やらぼそぼそ呟いてる。


『なんか言った?』

「ううん、千冬くんまだまだ頑張らなきゃだねーって話しよ」

『え?何を?』

「ふふ、こっちの話しよ」


青春ねーと意味のわからないことを言いながら夕食の準備に戻る母の背中を見送った後、茶々丸に目をやると、ワン!とひと鳴きされた。
なんとなく、分かっていないのは私だけと言われているような気がしてモヤモヤしたが、考えてもしょうがないので、わしゃわしゃと茶々丸を撫で回した。





母の言葉の意味を理解するのはもう少し後の話。






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