姿見の前に立ち、まじまじと映った自分を見つめる。以前より広くなった二重幅にすっと高くなった鼻。張っていたエラは無くなり、輪郭は綺麗な卵形になっているし、あんなに落ちなかった脚の肉は脂肪吸引によって生まれたての鹿のように華奢な脚に生まれ変わっていた。

施術を終えて早半年。全ての部位のダウンタイムを乗り越えた私は、鏡に映る自分を見てほっと溜息をつく。自分で言うのもなんだが昔より格段に綺麗になった自身を見て嬉しいような寂しいような複雑な感情を抱いた。
整形を決意したのは自分だし、それにかかる費用も今までの貯金を叩いてなんとか捻出した。

ダウンタイムが終わったら着ようと思っていた白色のフリルのワンピース。箪笥の1番下の奥の方に綺麗に畳んでしまい込んでいたそれを取り出し、袖を通す。姿見を覗き込むと、ほら、やっぱり似合ってる。
昔の顔なら絶対着れないようなワンピースでも今の顔ならいとも簡単に着こなせてしまう。


ダウンタイム中は殆ど家の中か、近くのコンビニくらいだったので、今日は何を考えても外出すると決めていた。
背筋をピンと伸ばし、新しい顔に似合うように化粧と髪型を整える。財布とスマホ、化粧直し用の小さなポーチが入った鞄を手にして私は家を後にした。




8月の新宿は湯だった鍋の様に暑い。
家を出て電車を乗り継ぎ30分程で着いたのはいいものの、太陽からの容赦ない日照りで温められたアルファルトと、うじゃうじゃと押し寄せる人並み。そしてダウンタイム中の引きこもり期間によって体力を失った私の体ではものの数分でへばってしまいそうになる。

(だめ…意識飛びそ…)

足取りがおぼつかなくなり、ふらふらと歩いていると何かにぶつかる。


「んだよ痛ってーな、…ってかわいーじゃん、すっげー顔色悪いけど大丈夫?…そーだ、お兄さんが看病してあげる、向こう行こーよ」


何やら柄の悪そうな金髪のお兄さんにぶつかったようで、私の顔を見るなり矢継ぎ早にそんなことを言った。朦朧とした意識では上手く聞き取り理解することが出来ず、乱暴に掴まれた腕を振りほどくことも出来ない。そのままその男に連れ去られそうになっていると、突然男が「ひっ」と声を上げて私の腕から手を離した。何が起こったのか分からないままでいると背後に暖かな温もりと、なんだか聞き覚えのある声がする。しかし、それを確かめようにも暑さにやられた私の意識はどんどん遠のいていき、終いには手放してしまった。


・・・・・・・


『ひゃっ…!』

いきなり顔に冷たさを感じて飛び起きると、顔周りはびしょびしょ。化粧も整えた髪もぐちゃぐちゃでせっかくのオシャレが台無しだった。
状況が理解出来ず目をぱちくりしていると、背後に視線を感じる。恐る恐る振り返ると、蓋が閉められていない空のペットボトルを持った三つ編みの彼が不思議なものを見るように私を見つめている。


『っ!』


驚きのあまり「蘭くん」と名前を呼んでしまいそうになるが咄嗟のところで押し留まる。彼には【私】が私とはバレていないようで、「あ、起きたぁ?」と声をかけられた。

…まさか半年以上連絡を取らず、自然消滅した関係の蘭くんと、ダウンタイム後初めてのお出かけで遭遇するなんて予想もしていなかった。


『あ、あの介抱ありがとうございます!久しぶりに外に出たせいで暑さにやられちゃったみたいで…』


日陰のベンチに腰掛けている彼に深々と頭を下げる。どうやら私に水をかけて起こすまで、膝枕をしていてくれたようだった。六本木を牛耳り、怖い噂が耐えない彼だったけれど、私といる時はいつも優しかったことを思い出し、胸の奥がきゅっと締め付けられたような気がした。


『あの、そのお水代払います!お手間かけちゃってすみません』


ベンチのそばに置かれた鞄に駆け寄り財布を取り出す。
お礼を言ってお金を渡して、それが済んだらさっさとこの場を後にしよう、これ以上傍にいたら何を口走ってしまうか分からない。それに…彼にはもう私以外に思い合っている人がいて、今更私がどんなに可愛くなろうとそれは関係ない。
彼の返事を待たずに多めの1000円札を取り出し、彼に差し出す。紫色の瞳をたずさえた彼は少しの間それを見つめた。


「金はいらねぇから、ちょっと付き合わねぇ?」

『…ぇ?』


お金は受け取らず、そう言った彼はベンチから立ち上がるとそう言った。断ろうと私が次に口を開こうとすると、紫色の瞳が鋭く私を射抜き反射的に口を噤んでしまう。


「じゃ、きーまりぃ」


何故か楽しげにそう言うと私の鞄を肩にかけ、お金を持った手と反対の手を彼に繋がれる。
…しかも昔のような恋人繋ぎで。驚きのあまり固まっていると「はーい、お金はしまっとこーねー」とご丁寧に財布に入れておいてくれる。何もかも彼のなすがままにことが進み、私はそれに対して何の抵抗も出来ず、手を引かれながらその場を後にした。





…雲行きが怪しくなってきた。
最初は彼の気まぐれで、そこら辺のショッピングにでも付き合わされるのかと思った。それかたまたま助けた女の子が可愛くて(自分で言うのもなんだけど)タイプだったからホテルにでも連れ去られるんじゃないかって。けれどあれよあれよと連れてこられ、辿り着いたのは六本木で。今も歩みをとめない彼は、見覚えのある道を突き進んで行く。段々とどこに向かっているか予想がついた私の体からは嫌な汗が流れ始めた。そして彼が歩みを止め、目の前に現れた高層ビルを見て遂にはまた頭がくらくらする。
六本木の中でもセレブ中のセレブが住まうその建物は紛うことなき蘭くんの家だった。


「ん?どしたぁ?」


思わず手を振りほどこうとすると、少し痛いくらいの強さで握り返される。私の顔を覗き込み「じゃーいこっかぁ」と笑顔で言った彼の紫の瞳は一切笑ってなんていなくて、それ以上何も出来ずに私は大人しくエントランスに足を踏み入れる。奥にあるエレベーターに乗り込んで数十秒、あっという間に着いた最上階に位置する部屋が蘭くんの部屋だ。
画像と指紋認証式の施錠がなされている扉の前に蘭くんが立ち手をかざすと、カチャリと鍵が回され扉が開き、手を引かれながら部屋の中に入ると、背後でまたカチャリと鍵が閉まる音がした。


「で?いつまでシラ切るつもり?」


その音と同時に繋がれた手が解かれ、代わりにだんっと鈍い音と同時に顔の左側に彼の拳があった。背後には扉、目の前にはすぐそこに彼がいて密着するような形になる。質問に対して直ぐに返事をしない私に苛立ったのか、また彼が話し始める。


「…ずっと探してた」


その言葉と同時に顔を上げ、彼の顔を見ると紫の瞳が心做しか潤んでいる気がした。いつも飄々としていて、何かと血の気の多い彼のそんな顔を見るのは初めてで、思わず目を逸らしてしまうとまた彼が話し始める。


「…急にお前と連絡が取れなくなったから竜胆とか、そこら辺のやつらに探すように言っても見つからねぇ。部屋にはよく分かんねぇメモが置いてあるし。…意味不明過ぎてイラついた。

なんで…なんでお前は俺から逃げた『違うっ!!逃げてないっ』


黙って聞いているつもりだったけれど咄嗟に彼の話を遮ってしまう。今度は彼から目を逸らさずに、真っ直ぐ紫の瞳を見つめた。



『2月のはじめ…くらいかな、蘭くんを六本木のクラブ前で見たの。すっごい綺麗でスタイル良くて、蘭くんとお似合いの女の人と一緒に居てね。蘭くんも嫌がってる感じも無くて…そしたら近くのホテルに2人が入ってちゃって。私みたいな可愛くもない女が蘭くんと付き合えたなんて浮かれてたけど、やっぱり他に好きな人いたんだって思って…私なんだかいたたまれなくなってね。』


長々と話す私に黙って耳を傾けてくれる彼。


『蘭くんには幸せになってもらいたいし、けど私そんな状態で傍にもいられないって思ってメモ書きだけ置いて出て行って。でも、自分より何倍も綺麗な女の人に蘭くんを取られたのが悲しくって悔しくってね、蘭くんを好きだった【私】とおさらばついでに整形することにしたの。綺麗になって蘭くん以上に素敵な人を見つけられるように。』


話を聞きながら「あんときの女か…」と呟く彼。私はまた話を続ける。


『でもね…びっくりしちゃった。久しぶりに出かけたら蘭くんに出会すんだもん。顔も体つきも変わってるのに、今こうやって私を【私】だって分かってここまで連れてきて、ずっと探してたなんて言ってくれて。…それなのに私、勝手に』

「っ…悪かった」


そこまで言うと話を遮るように彼が言葉を紡いだ。

私が目撃した女の人は梵天が取り仕切る会社の取引先で会社の社長令嬢であり無下には出来ずにホテルまでは連れ添ったこと。やましい事などは一切せずに薬で眠らせてから蘭は帰ったこと。


…話を聞きながら、自分の早とちりで行方を晦まし整形を行って、挙句の果てにはその理由を彼の行動の所為にしようとしていた浅ましい自分を恥じた。


「お前に見られてるとは思わなかった。それは俺の落ち度だ、悪かった。…けどなぁ」


彼の拳がまた力強く握られる。


「お前、俺がなんで今日あんなチンピラから助けたか分かるか?」

『…え?それは蘭くんが優しいからじゃ…』


「ばーか、俺はお前以外はどうでもいいんだよ、どんだけお前が言う美人なやつが襲われてようが助けるなんてこたぁしねーんだよ」


どこぞのヒーローでもあるまいし、と悪態をつく彼に『じゃあ、なんでっ』と続ける。


『なんで、なんで私だって気づいたの?顔だって体だって前とは違うのにっ』


「あ?分かるに決まってんだろ、匂いと声と仕草で」


『…っ』

何も返せない私に彼は続ける。

「お前、そんな顔が大事か?俺の顔だけ好きなわけ?」


『ちが…っ』

そんなわけない。三つ編みを結ぶのが面倒で私にやってとねだってくる所、血の気は多いけど、必ず私を助けてくれる所、日常でふとする仕草の一つ一つ、何もかもが好きだ。


「だろぉ?それと同じだって言ってんだよ、分かんねぇの?」


さっきまで潤んでいた瞳はもう既に乾いていて、もう私を捕らえて離さない。何も言えずにただただ彼の瞳を見つめる私を遂に観念したと捉えた彼は、長い両手で私を包み込んだ。


「顔だってそりゃあお前の一部だから好きなことに変わりはねぇよ。ただ、それだけでお前を好きになった訳じゃねぇんだよ、舐めんな」


口調はキツいものの声音はどこまでも優しくて、そして久しぶりの彼の腕の中はやっぱりどんな場所よりも落ち着く。


「言っとくけどな、どんな姿をしてようがお前はお前で、1番綺麗な俺の女なんだよ」


それを聞いた私は素直に微笑んだ。







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