呪術師になれなかった落ちこぼれは、高専に調理師として再就職する。



今から約2年前。4年間世話になった学び舎、東京都立呪術高等専門学校の卒業をいよいよ間近に控えた私は人生の岐路に立っていた。

(【補助監督】として他の呪術師を支えるか、【窓】として隠密活動を行うか…それとも呪術界を忘れて一般企業に就職するか…)

術師の家系に生まれ、真面目に勉学に実技に色々励んでいたつもりだったが、最後は全て才能が物を言う世界。
術師としての才能をついに開花することができなかった私は、【進路選択】と書かれた紙ぺらを眺めながら頭を抱える。
ちなみに提出期限はとうに過ぎている。
同級生のほとんどは、呪術師と書かれた項目に丸をつけ、数人が【補助監督】や【窓】につけていた。

(いいよな〜直ぐに決められて。まぁ皆みたいに呪霊を倒すどころか、帳すら降ろせないからな…ほんと、呪霊が見えるくらいだし。このまま呪術界にいても足手まといでしかないからな…)

一体、4年間何をしていたんだというくらい、悲しくなる自分の才能の無さにため息を通り越して最早涙が出る。かと言っていきなり、一般社会に出たところでまともに生きていけるのかも不安過ぎる。お先真っ暗とは正にこのことか、と机に突っ伏しているとガラガラと教室の扉が開いた。

現れたのは、1年の担任の五条先生。
特級呪術師という天才的な肩書に、見目麗しいルックス。生徒にもフレンドリーな砕けた性格故、我が学園随一の人気教師としても名高い。

「あれまぁ、校舎の見回りに来てみれば…若人がこんなところで1人何してんの。他の生徒はみーんな寮に帰ってるよ」
『あ、五条先生。あー…ちょっと提出期限過ぎてる課題がありまして…』

目を泳がせながら答えると、かなり空気が読めないことでも有名な先生はずかずかと歩を進め、目の前までやってくる。

「あら、これ1週間前に締め切りじゃなかったっけ。まだ白紙じゃん」
『ちょ!先生、勝手に見ないでくださいよ!』

手元を覗き込んでくる彼は悪びれることも無く私の手元から紙を盗み取り、ぴらぴらと目前で掲げている。『返してください!』と、席から立ち上がり手を伸ばすものの、無駄に背の高い先生から取り返すことなどできるはずも無く数分で諦める。

『あー!もう、いいですよ!その紙あげます!提出期限とっくに過ぎてますし、考えたって答え出なかったんで!いいですいいです!私、呪術師にも補助監督にも、窓にも社会人にもなりませんから!ニートになります、ニートに!』

自暴自棄な私に反して、未だに鼻歌でも歌いだしそうなくらい楽しそうな先生に余計腹が立つ。これだから天才は嫌いだ。凡人の気持ちが一切理解できないのだから。

「メンゴメンゴ。そう怒んないで。高らかにニート宣言する前に、五条先生からのすごーくすごーく良い提案があるんだけど、聞いてみない?」
『…良い提案?』

白い布で覆われた目元からは一切感情が読み取れず、薄い唇だけがにやりと弧を描く。
どうせ碌な提案では無いだろうと思いつつも、一応鸚鵡返しに尋ね返すと、待ってましたとばかりに話し始めた。

「君さ、料理得意でしょ!」
『へ?えっと、まぁ、人並みには…』

突拍子もない発言に驚きつつも答える。
今までの話とは何ら関係無さそうな話に眉をひそめていると「そんな顔しないでって!本題はこれからだから、これから!」と肩を叩かれる。

「実はね、今まで高専の学食を作ってくれてた芳子さんが、定年退職することになってね。後任をずっと探してたんだよ。特殊な学校だから、一般人を採用する訳にもいかないでしょ?どうしたものかーって思ってた矢先、君に白羽の矢が立った。
聞けば君、休日は朝昼晩寮で自炊してるらしいし、生徒たちに聞けば「あれは店に出せるレベル」ってみーんな口を揃えて言うじゃないか。ね、いい話でしょ?君の進路けってーい!」
『ちょ、ちょっと待ってください!いきなりそんなこと言われて、はいそうですかとはなりませんよ!』

「これで後任候補問題もようやく片が付く!」と勝手に話しを進めていく先生に制止をかけると不思議そうにこちらに視線を向ける。まるでもう話はまとまったかのような顔をする先生に、どれだけ自分中心で世界が回っているんだと言ってやりたくなる。

『た、確かに料理はまあ得意ですし、好きですけど…!い、いきなり言われても無理ですよ!か、考える時間を…』
「考える時間って、どうせまたこの進路調査書みたいに延々考えて考えて答え出ないだけでしょ?」

痛いことをついてくる先生に、咄嗟に言葉に詰まる。

『う…で、でも、第一調理師免許とか持ってないですし!』
「そこは大丈夫、芳子さんの退職は来年だから。君には今年から調理師専門学校に通ってもらって免許取得してもらえば十分間に合う。ね、万事OK!勿論学費は学校側が負担するよ。」
『そ、そこまで話進んでるんですか!?』

自分の知らぬところでとんとん拍子に話が進んでいたことに眩暈がする。
かねてより思ってはいたが、本当にこの学校の人間は生徒に限らず先生まで人の話を聞かない。

「君にとっても悪い話じゃないと思うけどなー。呪術師も補助監督も窓も、社会人も嫌なんでしょ?これなら君の好きな料理を仕事にできるし、最高だと思うんだけどなー。」
『た、たしかに…』

そう言われると全然悪い話なんてものではなく、寧ろ最初に五条先生が言った通り「すごーく良い提案」に思えてきた。

「ちなみに給料は1級呪術師並み。」
『!?そんなに!?』
「生徒数が少ないとは言え、学食の切り盛りは全部君にやってもらうことになるからね、そのくらいは…」

ぐらぐらと揺れる意思に、王手をかけるように先生が耳打ちする。
1級呪術師と言えば並みの呪術師でも手の届かないような報酬額が支払われている。
それを呪術師のような生死の関わる職でもない給食のおばちゃんポジションで頂けるなんて。こんなの逃す訳にはいかないではないか。

『せ、先生…』
「ん?何かな?」
『わ、私、その話受けます!!!!』


▼▲


そんな五条先生からの素晴らしい提案によって、とても美味しい就職先を手に入れた私は、高専卒業後、1年間調理師専門学校に通い無事に免許を取得した。勿論、学費は高専持ちの状態でだ。
1年間で急速に料理の才能を開花させた私は、料理のレパートリーは勿論、手際も益々磨き、1年前満を持して高専に再び舞い戻ってきた。
数十年、この職を務めてきた芳子さんとも無事にバトンタッチを果たし、最初は生徒数は少ないとはいえ、数十人の料理を一気につくることにも慣れなかったが、今ではかなり余裕も出てきた。

が、そんな私にも仕事をする上で最近できた悩みの種が1つある。
それが2週間前程にいきなり一般高校から転入してきた≪乙骨憂太≫くんのことである。

聞けば、特級過呪怨霊と呼ばれる呪いの最強クラスに取りつかれている彼は、元々通っていた高校で呪い絡みの何らかの事件を起こし、強制的に高専に転校を余儀なくされたそうだ。

(まぁ、同情はするんだけどさ…いつまでも被害者面でしょぼくれて、ご飯も食べないっていうのはいただけないよね…)

これは噂で聞いただけだが、彼は入学早々特級という肩書を得たらしい。
呪術界きっての異例中の異例の待遇。4年間も高専に通い、呪術師の肩書すら得られなかった自分からすると、驚異的な才能に同情はするが、妬ましさも少し感じる。
…まぁ、今の仕事に満足しているし、今更呪術師になりたいとも思わないが。


屋上へと続く階段の踊り場。人気のないその場所に今日もこっそり来てみれば、案の定数日前に転入してきた噂の彼が、隅の方で体育座りをしながらもぐもぐと何かを頬張っている。
足元には黄色の空き箱と中身の無い個包装。ここ数日、朝昼晩と幾度も見た光景にまたため息が出そうになる。

『ゆーうーたーくーん』

こっそりと傍まで近づき、彼の名前を呼んでやるとびくりと肩が震えた。
先程までもぐもぐと動いていた口元は固く閉じられ、見るからに青ざめた表情を浮かべた彼は、恐る恐る視線をこちらへと向けた。

「え、恵理さん…こ、これは…」
『ねぇ憂太くん。私、言ったよね?今日という今日はまともなご飯食べさせるって。』

先程よりもワントーン低めの声で言うと、益々彼の顔から血の気が引いていく。
流石に気の毒になったが、今日こそは心を鬼にして彼にまともなものを食べさせると決めたのだ。
もう6日連続、朝昼晩、カロリー〇イト。流石にもう我慢ならない。

『私も、これが仕事なんです!今日という今日は君にご飯食べてもらうんだから!』
「す、すみません!わ、分かってはいるんですけど、食欲がなくて…」
『そのセリフはもう聞き飽きました!今日こそは逃しませんよ!ほら立って!』

制服の首根っこをひっつかみ、無理やりにでも彼を引っ張っていこうとする。
未だに「ほんとに食欲が無いんです」、「僕のことは放っておいて下さい!」と騒ぐ彼に、一体このやり取りは何度目なんだと流石に辟易してくる。

『あー!もう!これだけは憂太くんのメンタル的にもやりたく無かったんですけど、もういいです!聞き分けない貴方のせいですからね!』

体育座りのまま、力強く踏ん張る彼の足に左手を回し、腰のあたりに右手を回す。
少し、腰を屈めて彼の身体を掬うように持ち上げた。

「ななな、なにしてっ、え、恵理さん!?お、降ろしてください!!」
『最終手段です。このまま食堂まで連れて行きますからね!ちゃんと食べないから、私にお姫様抱っこされちゃうんですよ。ご飯食べて、体重と筋肉と体力つけてもらいますから!あ、こら暴れないで!階段から落としますよ!』

そう言うと、諦めたのか彼は腕の中で途端に静かになった。




階段を下り、廊下を突き進み、最奥にある食堂までたどり着く。
幸い、他の生徒は授業か任務に駆り出されている為、誰ともすれ違うことは無く一応彼の沽券は守られたのではないか…と思う。ちなみに、彼の食堂への拉致は五条先生からの許可をちゃーんと得ていたりする。

ようやく私の腕の中から解放された彼は、俯きながら「里香ちゃん、もう僕お婿に行けないよ…」とよく分からないことを呟いてはいるが、まぁ気にしないでおこう。

『ようやくここまで連れてこれました!さぁ、今日という今日はカロリー〇イト以外のものを摂取してもらいますよ!』
「ほんとに、いいんですよ…カロリー〇イトで必要最低限の栄養は摂取してますし」
『まーだそんなこと言って。食べるなとは言いませんけど、栄養バランスのいい食事を採らなきゃ強くなれませんよ!』

「だからっ!もうっいいんですって!」


突然の彼の大声が空気を震わす。
驚きつつも、目線を逸らさずに彼を見つめると少しして、「すみません…」とか細い声が耳に入った。
余りにも辛い表情が痛々し過ぎて、自分で自分を傷つけようとしている彼に何と言葉をかけてやればいいかと、暫し逡巡する。

『ごめん…無理矢理過ぎたね…でも私、君が心配で…
私にできることは皆に美味しいご飯を作ることだけだから…君に何があって、どういう理由で高専に入ってきたかも詳しくは知らないけれど…どんな理由であれ、生きている限り、無茶な食事をしている人を放っておく訳にはいかないの』

恐る恐る紡ぐ言葉は、拙くて。彼にちゃんと思いが伝わっているか不安になる。

『ちゃんとした食事を採っていなくても、何かを食べてるってことは君に生きる意志があるからでしょ?嫌々だったかもしれないけど、高専に入学したのも何か君に成し遂げたいことがあるからでしょ?私は、そうやって高専に入学する子たちのサポートを出来る限りやりたいの。だから、君がどんなに嫌がっても放っておくことは出来ない…ごめんね。』

そこまで話し終えると、俯いていた彼がゆっくりと顔を上げる。
今にでも泣きそうな顔をした彼は、ぱくぱくと口を動かしたが言葉を紡ぐことは無かった。


『さ!なーんか長話しちゃったね。今日は私の話を聞いてくれたのと、ようやく食堂に来てくれたことに感謝して、献立にはないスペシャルメニューを今から作ります!』

空気を変えるようにパチンと手を打つ。
彼の背中を押し、調理場から一番近い席に座る用促すと、素直に従った彼は掠れた声で「ありがとうございます」と声を漏らした。表情は先程よりも少し明るいものに変わり、目に光が戻ったような気がした。

▼▲


『はい、どーぞ!恵理さん特製、【肉じゃが定食】ー!やっぱり定番だよね!みんな大好き肉じゃが!』

湯気の立った料理をテーブルに並べるとごくりと彼の喉元が上下する。
丁寧に皮をむき、ふかしたジャガイモと人参を炒め、牛肉を加える。全ての食材に火が通ってから、予め酒気を飛ばしたみりんと日本酒に醤油を加えた割り下を加え、暫く煮込んで出来上がり。材料はシンプルだが、これで食材一つ一つの旨味が際立つのだ。
この私の十八番の肉じゃがを前に食欲をそそられない人間などいるはずもない。

「凄い…美味しそう、です」
『絶対美味しいから食べてみて!』

自信満々に言う私に、少し笑みを浮かべた彼は両の手を合わせ「頂きます」と丁寧に箸を持った。
肉じゃがの入った小鉢を左手で持ち、一口サイズに切られたじゃがいもを口に運ぶ。
一つ一つの綺麗な所作に感心しながら、次に発される言葉を待っていると、何故かまた静かに箸を置いた。

『え、えっと…もしかして口に合わなかった?』

不安げに聞くと、彼は大きく首を振る。

「いえ…全然そんなことは無くて…ほんとに凄く、凄く美味しいです…今まで恵理さんのご飯を食べに来なかったのを悔やむくらい美味しいです…けど…」
『けど…?』

聞き返すと、彼はまた泣きそうな顔をして、今度は瞳に涙まで浮かべて私を見つめていた。

「僕、本当は生きてていい人間なんかじゃ…ないんです、色んな人を沢山傷つけて…、誰よりも、誰よりも…大切な人を、守れなくて…何度も、何度も死のうと思ったけど、でも、…死ねなくて…。せめて僕みたいな人間は、楽しいとか、嬉しいとか思っちゃいけないってそう思ってました…。」

詰まりながらも必死に言葉を伝えようとする彼を見つめ返す。

「でも、恵理さんの言葉を聞いて、この…肉じゃがを食べて…僕も…皆みたいに…恵理さんみたいに、生きている限り、誰かの為に何かしたいって…そう、思って…」
『うん、うん。そうだね、』

段々と嗚咽交じりになる彼の背中をさする。

「僕、これからは、ちゃんと、ご飯、食べに来ます…。やり遂げたいことがあるから…その為に、ここに来たから。」

言い終えた彼の瞳には、先程よりももっと強い光が宿っている。

(もうこの子は大丈夫だ)

と根拠は無いけれどそう感じた。


『うん、うん!そうだね、その為には食べて、栄養しっかり採って、筋肉も体力も体重も増やさなきゃね!さ、ほら食べて!おかわりもあるよ!白ご飯もいっぱい炊いといたからね!』
「はい!ありがとうございます!」

再び箸を手にした彼は、大きな口を開けて次々に放り込み、頬張る。その様は育ち盛りの男子高校生そのもので、ようやく見せてくれた彼の素の様子に、私もほっと一息つくことが出来た。

「お、おかわりいいですか?」
『勿論!!』



気持ちのいいくらい綺麗に空いた小鉢に、たっぷりと新たに肉じゃがをよそいながら「やっぱりこの仕事をしていて良かった」と心の底から感じた。





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夢主【恵理(えり)】…グッドルッキングガイ五条悟先生に言われるまま調理師免許を取り、後に高専の食堂の運営を任される。呪術師の家系ではあるものの、呪力は微々たるもので、呪霊が見える程度。食堂で働き始めてからは、でかい鍋やら米俵などを1人で担ぐために筋トレを始める。その為、入学当初のひょろひょろ憂太くんは余裕で担げてしまった。かなり反省はしてるが、荒療治は必要だったので、まあ仕方ない。

首謀者【五条悟】…夢主に食堂を任せようと最初に発案した首謀者。職員会議で他の先生の意見も聞いてはみたが、ほぼ押し切る形で採用。上手い具合に夢主も乗せる。
憂太が転入してきてからは、あの暗い性格をどうしたものかと考えていた矢先に、夢主から「ちょっと憂太くん借りていいですか?」と申し出があったので、「OK」と即答。夢主ならなんとかしてくれるのでは、と思っていたら期待以上でした。君を採用してよかった!やっぱり僕の目に狂いはなかった!

カロリー〇イト【乙骨憂太】…いきなり転入させられた不憫な男の子。食事は必要最低限、カロリー〇イトでいいやと、入学以前から不摂生な食事をしていた。登校初日から、学食にやって来ないことから夢主に目をつけられ、数日間追い回される。
ちなみに里香ちゃんも憂太の不摂生は心配していたので、半ば強引な夢主の行動に目をつぶり顕現することは無かった。なんならこの人なら私の代わりに憂太を預けれるのでは…と少し思っている。






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