特級呪霊だけど愛さえあれば関係ないよね! 26歳夏。17時には軒並みシャッターの商店街しか無いような田舎から上京して早4年が経った。 都会での一人暮らしにも慣れ、仕事も順調。傍目から見れば順風満帆の人生を送っている。 …ただ、一つ愚痴をこぼすのなら人並みに恋の1つもしていないことだろうか。 ようやく5日間の就労を終え、今週も待ちに待った土曜日がやってきた。 いつもより1時間程度長く眠りこけていた体をゆっくりと起こし、カーテンを引っ張る。ゆっくりと露になる陽の光に目を細めながら伸びをするとチャイムが鳴った。 慌てて、枕元に置いていたメガネを掛け、ぼさぼさの髪を適当に一つにまとめる。パジャマ姿だか、なんとか人の前に立てる格好に仕上げ、急いで玄関口に向かい扉を開けると小包を持った配達員が額から汗を流しながら立っている。 「お届けものです。少し重いですよ」 『暑い中ご苦労さまです、配達ありがとうございます。』 そう言って荷物を受け取り、配達員を見送り部屋に戻る。 差出人には母の名前が記されており、それだけで色々嫌な予感がした。 リビングのローテーブルに置かれた会社用のペンケースから、コンパクトなハサミを取り出す。 しっかりとガムテープで封じられた小包をそれで開けていくと、中からは案の定嬉しくない品々が覗いている。 『お見合い写真の数々に、花嫁の心得、女が30までに結婚するには、それに〇クシィ…』 中から取り出したそれらを並べ、ため息が出た。 あからさま過ぎるタイトルの本に、無数の見合い写真。 特に写真の量は凄まじく、よくぞこれだけの未婚男性を見つけて来たなと感服するまであった。 小包の底に押しつぶされるように入っていた封筒には【春乃へ】と私の名前が書かれた手紙が入っており、いかに母が自分を心配しているか、彼氏は出来たのか、早く結婚をして落ち着いてくれという内容がびっしりと書かれており、目眩がしたので途中で読むのをやめた。 『あー、やめだやめ!忘れる!今のは忘れる!』 両手で頬をぱしりと叩き、気を取り直す。 そう、今日は待ちに待った土曜日。休日、すなわち趣味の時間だ。 (確か、新宿のミニシアターで見たかったやつが上映されるはず…) HPで確認し、お目当ての作品を発見する。 上映回数は1日1回、12時30分からの回のみだ。 (今は10時だから、移動時間とか考えたら11時半には出なきゃかな…) 最寄り駅から新宿までの時刻表を確認し、スマホから手を離す。 並べた写真やら〇クシィを部屋の隅にほっぽり、支度をするべく洗面台へと向かった。 (んーー!最高に良かった、、) 何十年も前に上映された、イギリス映画。 都会から田舎町に越してきた青年と町の村娘の恋を描いている今作は、初めこそは真っ直ぐな純愛ストーリーを描いているが、後半からは二人の身分の差によって引き起こされる悲劇の連続で、決してハッピーエンドとは言えないストーリー構成となっている。 (あー、泣き過ぎて服の袖びちゃびちゃ…ヒロイン可哀そうすぎでしょ…身分違いだからって浮気されて、捨てられて…) エンドロールが流れ終わり、場内に明かりが灯る。 100席ほどしかない劇場では、数人の観客がまばらに退出していく。 その様子を見ながら、開場前に購入したドリンクの残りをズッと勢いよく吸い、飲み込む。氷だけになったコップを手にして彼ら同様席を立とうとすると、突然背後から声をかけられた。 「ねぇ、君。」 『え、…私ですか?』 「そうそう、君。」 声の主は、私の斜め後ろの席に腰を降ろした若めの青年。20代前半といった所だろうか。水色の長髪にかなり奇抜な格好をした彼は、笑みを浮かべながら私を見つめている。 「君、毎週来てるよね」 『え、えっと、そ…うですね、最近は…見たい映画がここで上映されることが多くて』 「へー、そうなんだ、俺もよく見に来るんだー」 尚も人懐っこい笑顔を浮かべる彼は長髪を自身の指にくるくると巻き付けながら楽しそうに笑っている。とりあえず愛想笑いを浮かべ、返事をしながら記憶を手繰り寄せる。…が、どうにも彼を見た覚えが無かった。ミニシアターにまで足を運ぶ人は大概がかなりの映画好きだ。私のように休日は必ず映画を見に来る人も一定数存在し、会話まではしたことは無いものの、お互いに存在は認知していたりする。 (いや…でもこんな派手な見た目の人、毎週来てなくても一回見たら覚えてるだろうし…それによく見に来てるんでしょ…なんで覚えてないんだろ…) 「ねぇ君、名前は?」 『え、あ、名前?あ、ひ、雛見 春乃です』 「春乃、いい名前だね、俺は真人」 『真人さん…あ、よ、よろしくお願いします?』 「よろしく、ね、春乃はこういう映画が好きなの?」 『あ、えっと、恋愛ものですか?そうですね…好き、ですね。私26にもなって彼氏とかできたこと無くて、気分だけでもって思って…あ、でも今日の映画のヒロイン、浮気されて…上手く行ってませんでしたね…ははは…』 自嘲気味に笑いながら俯き、我に返る。 私は一体何を言っているんだ。 初対面の人に、いきなり【26彼氏無しの喪女です】なんてカミングアウト。聞かされた側からすれば回答に詰まるしかない。真人さんもきっと困惑し、面倒な女に話しかけてしまったと後悔しているに違いない。 そんなことを考えながら恐る恐る顔をあげた。 『ひぇ!?』 「あ、近づきすぎた」 目近に迫った両の眼球に、触れそうな鼻と鼻。 水色の長髪がかけられた耳からさらりと何房か落ち、擽るように私の肩を掠める。 すぐ傍で言葉を紡がれ、背に電流が流れたかのようにぞくりとした。 「ずっと見てたけど、やっぱ春乃面白いよね」 『お、面白い?あ、あの、というかは、離れて、ち、近い…さっきまで後ろにいたのになんで…』 「俺、来週もここ来るからさ、春乃もまた来てよ」 『え、あの』 「じゃ、またね」 そう言って彼はすっと私から体を引くと、手を振りながら出口へと姿を消す。 (い、一体何だったの…?) 怒涛の展開に呆気にとられ、呆けた顔で座席に座っているとスタッフからの声掛けで現実へと連れ戻される。 「お客様ー、次の上映が始まりますので、お早めにご退場お願いいたしますー!」 『す、すいません今出ます!』 慌てて手荷物とコップを手に取り、座席から立ち上がる。 何故か顔が熱ぽかったが、気に留めず足早に出口へと向かう。 コップに残った氷は全て溶け切っていた。 ▼▲ 『やっぱり恋愛映画ってきゅんきゅんしますよね!』 「うーん、俺にはよく分かんないな〜、それより人間がいっぱい死ぬやつのが楽しい」 『スプラッター映画的なのですか?あれはあれで別の楽しさがありますよね〜ハラハラって感じかな』 「え!春乃も分かってくれるの!?人間なのに珍しいね〜!」 『そうですか?割と好きな人いると思いますけど…』 あれから数か月、毎週土曜日に私は必ず真人さんと時間を過ごすようになっていた。 待ち合わせは、初めて彼に声をかけられた新宿のミニシアター。 その日の昼の部で上映される映画を1本見た後、お互いの感想を言い合うべく近場のファミレスに行ったり、カフェに行ったり、買い物にも付き合ってもらったり。 初めこそ彼に言われるがままに再度シアターに足を運ぶのを躊躇ったが、私を見つけて「あ、春乃、来てくれたんだー!」と無邪気に喜ぶ姿を見てあっさりと心を許してしまったのだ。 『この後、どうしますか?いつも通りカフェにでも行きますか?』 劇場を後にした私たちは、あてもなくとりあえず通りを歩いていた。 時刻は15時前。おやつ時ということもあってか周りのカフェやファミレスの店内は、軽食をつまみながら談笑する人々で溢れている。 「うーん、毎回カフェにも飽きたなー…あ、そうだ、 俺、春乃の家行ってみたい」 『あー、いいですよ…って、え、え!私の家ですか!?』 いきなりの提案に思わず足を止める。 「そう、春乃の家、いいよね?」 『いいよねって、でも散らかってるし、行ったところで何も楽しくないですよ!あっ!そうそう、それより、最近できたクレープ専門店、凄い美味しいって評判なんですよ!そこ行きましょうよ!』 「大丈夫そこはまた今度ね、はい決まり。春乃の家、今からいこ」 必死に提案を覆そうと、職場のおしゃれ女子が何やら噂していたクレープ屋の情報を伝えてみるが一切聞く耳を持ってくれない。というか、がっしりと私の右腕をホールドした彼は「そうと決まれば早くいこー!」と、最寄りの駅まで一目散に駆けていく。自分よりも巨体の男に引っ張られては、それ以上反論することも出来ず。ただただ彼と同じように足を動かすしか無かった。 + 最寄駅から歩いて15分の3階建てマンションの2階の1室。 区外ではあるものの都心へのアクセスも良好で、近くにスーパーもコンビニも揃っており一人暮らしの生活には申し分のない…それが我が家である。 『ほ、本当に入るんですか…?』 「目の前まで来て何言ってんの。入るに決まってるじゃん」 鞄から鍵を取り出し、鍵口に差し込む。 至って冷静に振舞おうと努めてはいたものの、頭の中では絶賛パニックを起こしかけていた。 (春乃…いいの!?男の人を家にあげるってつまりは…そういうことよ!?朝チュン展開かもしれないのよ…!?) (そろそろ初彼くらい作ったほうがいいんだし、思い切ってあげちゃえばいいじゃんか喪女卒業しようぜ) (は、破廉恥よ!た、確かに真人さんは素直で優しいし、時々おかしな言動をするけど、趣味も合うし……けど!出会ってまだ数か月、お互いのこともまだまだ全然知らないのよ!?) (そんなの付き合ってから分かるじゃん?意外と相性良かったりするかもだし、悪いようには思って無いだろ?) (た、確かに真人さんのことちょっと好きかもしれないけれど…) 脳内で天使と悪魔が言い争っているが、元は両方恋愛未経験=年齢の喪女。知識は映画と漫画とドラマのお花畑思考の私がいくら考えを巡らせても答えなど出るはずがない。 「さっきから顔真っ赤にしたり青くしたり、やっぱり春乃面白いね〜見てて飽きない」 『ふぇ!?真人さん、また、近い!』 「はいはい、ごめんごめん。それより早く開けてよ、ずっと待ってるんだけど」 どうやら、人の顔に急接近する癖でもあるのか、真人さんは度々初めて会った時のようにこうして顔を近づけてくる。 黒と髪色と同じ水色の互いに違う色の両目は、その度に私から一切視線を逸らさず、まるで心の奥底を覗き込むかのように捉えて離さない。 一気に脈拍数が上がったのを感じながら、差し込んだ鍵を時計回りに傾けると、ガチャリと音を立てながら施錠が解かれる。ドアノブに手をかけ、扉を開くと、当たり前に今朝出た状況と変わらない部屋が視界に広がる。 『ほんとに散らかってますけど…どうぞ、あ、靴はここで脱いでください』 「だいじょぶだいじょぶ、あ、脱ぐんだ、分かった。」 スキップでもし始めるんじゃないかというくらいルンルンで中に進んでいく彼。 そんな彼を横目に、手荷物を適当に床に置いた私はこの後の流れを持てる知識で構成していた。 (まず紅茶でも入れて、とりあえず映画の感想を話そう。確かお土産で貰ったクッキー缶があったよね、それも出して…ひとしきり話したら、お気に入りの映画を一緒に見ようって提案するのとか、どうかな…よし、いいじゃん、これで行こう!) 急いでキッチンに移動し、電気ケトルに水を入れスイッチオン。 お湯が沸きあがる間に、ティーセットと茶葉を用意し、小皿に数枚クッキーを並べる。 真人さんはというと余程私の部屋が物珍しいのか、部屋の隅々に目をやっては「ほー」と声を漏らしている。 (は、恥ずかしすぎる…!見られてヤバいもの無かったよね!?) カチッと音が鳴り、お湯が沸きあがると同時にカップへと湯を注ぐ。一刻も早く真人さんの意識を紅茶とクッキーに持ってこさせなければ。 『真人さん!紅茶とクッキー用意しました!こっちでお話しませんか?』 「うん、ありがと」 あっさりと提案に乗ってくれた彼は、お行儀よく椅子に座る。 目の前に紅茶とクッキーを並べてやると、目をキラキラと輝かせた。 「俺、最近こういうの食べるようになったけど、いいよね。なんていうか…」 『美味しい?』 「そう、おいしい。君が用意してくれたんだからきっといつもよりもおいしいよね。」 『ふふ、ただお湯を入れてクッキー並べただけですけど、喜んでもらえてよかった。どうぞ』 クッキーを頬張る彼を見ながら、紅茶を啜る。 鼻腔を擽る花の香りと、舌に残る少しの苦み、その後に砂糖、バターの柔らかな甘さのクッキーを口に含む。これが格別に美味しいのだ。 もう一枚、と思い小皿に手を伸ばした時だった。 「そういえばこれ、何?」 どさり、とテーブルに置かれたのは見覚えのある厚みのもの。 何かを理解した瞬間全身から血の気が引くような思いがし、小皿へと伸ばした手は静かに膝の上へ。 (い、い、一番見られたくない人に見られたーーー!?) 仮にも気になっている相手に、こんなものを見られてしまった。 なんで適当に隅に放ったままにしておいたのか。さっさと捨ててしまえば良かったのに、人の写真を捨てるのはなんとなく憚られて今まで放置してしまっていたのだ。 『そ、それは、えっとその、なんていうか』 悔やんでも悔やみきれない失態にしどろもどろに答える。 「色んな人間の男の写真に、花嫁の心得、女が30までに結婚するには、〇クシィ…」 『えっと、う、うちの親が結婚しろって五月蠅くて…送られてきたものっていうか…』 「春乃、結婚するの?この中のどいつかと?」 『え!?いやいや全く、そんな気は全くなくて』 「結婚って、人間が好きな相手とずっと一緒にいる為にすることだよね」 『う、うん…そうだね、夫婦になるってことだから…』 途端に静かになった真人さんは、何かを考えるよう腕を組みうーんと唸った。 そんな様子を見ながら、依然動悸が止まらない私はひとまず落ち着けとばかりに紅茶を口に含む。 先程と変わらない花の香りに、少し冷めた液体が口内を満たしていく。 「じゃ、俺と結婚する?春乃とずっと一緒にいたいし」 『ブフォ!?』 突然耳に入ったセリフに、思わず飲み込む寸前の紅茶を漫画のように吹き出してしまう。 「わ、びっくりしたー、びちょびちょ」 『ご、ごめん!拭かなきゃ!服、洗濯しなきゃだし、噴き出したの汚いし、そう、シャワー、シャワー浴びよう!』 「シャワー?」 『そう!浴室こっちだから、ね!』 急いで真人さんを椅子から立ち上がらせ、背中を押しながら浴室へと連行する。 『ぷ、プロポーズ!?』と、慌てふためく私に反して、凄く楽し気な彼は「今度は何するのー?」と事態をなにも理解していない様子だ。 浴室の明かりをつけ、『シャワーはそこ捻ればお湯出るので!お風呂ためちゃっても大丈夫です!服はこの籠に入れておいてください、洗濯しちゃうので!タオルは後で置いておきます!』と真人さんを脱衣所に押し込む。 少しして無事にシャワーの水音が聞こえ始めたので、今度は急いでタオルと、箪笥から少し大きめのTシャツを取り出す。私が夏場によく着る部屋着だが、彼の服が乾くまでの辛抱だ。申し訳ないが我慢してもらうことにする。 再び脱衣所へと戻り、タオルと部屋着をそっと籠の縁に掛けるように置く。籠の中には彼がさっきまで着ていた服が無造作に投げ入れられている。 (な、なんだか、良くないことしてる気になってきた、、) 冷静に考えて、彼氏でもない男を家にあげ、あまつさえ丸裸にして浴室に突っ込むという暴挙に出ている自分に今更ながら呆れるしかない。 未だにシャーっと水音が聞こえる浴室にそーっと視線を向ける。曇りガラスの扉には薄らと肌色のシルエットが見え、目をそらす。…急に頬が火照り自分がどうしようも無い変態になった気分に陥った。 (だめだめだめ、これ以上はダメ、早く出なきゃ) そう思った瞬間だった。 「あ、春乃、これどうやって止めるのか分かんなくってさ」 ガラリと、扉が突然開き思わず浴室へと視線をやってしまう。目前にはシャワーから水が出たままの状態で真人さんが仁王立ちしている。 もちろん裸で。 「勢い強いし、いきなり冷たくなってさ。止めたいんだけど…」 『あ、え、あ…』 「ん?春乃ー?おーい、どうしたのー?」 恥ずかしがる様子もない彼は、急に動きを止め、自身を凝視する私を不思議がりながら、顔の前で手を振ってくる。 そんな無邪気な彼の行動よりも、私の頭の中を占めたのは他でもない。 『つ、ついて、ない…』 ついにキャパオーバーを起こした私は、そのまま意識を失った。 + 目を覚ますと、普段自分が寝ている何の変哲もない寝台に寝かされていた。カーテンの閉められていない窓から見える景色はいつの間にか暗闇に様変わりしている。 頭がぼーっとしていて、時間の感覚もままならない。どれくらいこうして寝ていたのだろうか。 体をゆっくり起こし、時計を確認しようとすると左手に感触があった。 ゆっくりと視線をやると、色の違う両目がまたしてもじーっと私を見つめている。 「あ、起きた、おはよう」 『真人さん…』 「ビックリしたよ、急に倒れるから」 未だにぼんやりとした頭で、真人さんを見つめていると段々と思考がハッキリしてくる。 …そうだ、そうだ、そうだ! はっきりと思い出される光景…湯煙の中、恥ずかしげもなく素肌を晒す真人さん…そして、男性ならあるはずのアレがついていない衝撃の…。 『あ、あの!ま、真人さんって女性だったりします!?』 そうだ、こんなに綺麗な人なんだ。一方的に男性と決めつけていたが、女性かもしれないということに何故思い至らなかったのか。 「ん?あー、そっか今日は付けてなかったから」 『つ、付けてない!』 「そ、俺、肉体を自由に造り変えれるんだよね。」 「造り変えれる?」 いきなり突拍子も無いことを言われ、オウム返しのように聞き返してしまう。 「そ、だから基本的に性別とかないし、そもそも俺、人間じゃないんだよね。」 『に、人間じゃないってどういう…』 「実際に見せた方が早いか、よーく見といてね」 そう言って徐に右腕をあげた彼は、「いくよー」と声掛けをしたかと思えば 『!?手、う、腕が鎌みたいに変形して!?』 「凄いでしょー、便利なんだよこれ。」 一瞬で様変わりした彼の右腕を、目が飛び出んばかりに見つめる。今しがた起きた出来事が信じられなかった。 彼の言う通り、これが手品でもなんでもない…タネも仕掛けもないものだとしたら、彼は本当に…人間では無いのだろう。 「はは、びっくりした顔も可愛い。ね、春乃、やっぱり俺と結婚しよ。ずっと一緒にいよう。俺が触ったらすぐ壊れるような人間の男なんてやめてさ。ね?ね?」 一点の曇りもなく私を見つめる彼の瞳には、今頃恐怖に歪んだ私の顔が映し出されているのだろうか。 「何その顔、初めて見る顔。それも可愛いね。ね、春乃、これからずっと一緒にいようね。」 人並みの恋がこんなにも難しいなんて思ってもいなかった。 ----------------------------------------------------- 雛見 春乃:26歳独身女。人並みの恋をして恋愛結婚、からの暖かな家庭を築くのが夢。趣味は映画鑑賞で毎週休日には足を運ぶほど。たまたま声をかけられた真人に何故か気に入られ、休日はよく会うようになる(運の尽き)。好意を抱いてはいたものの、変な人だなとは思っていた。が、まさか人間じゃないとは思って無かった。 真人:気まぐれで映画鑑賞してからはまった。 「人間って面白いね、映画見て泣いたり怒ったり、おもしろーい。」 映画鑑賞というより人間観察。毎週来てる夢主ちゃんに興味を持ち(表情がころころ変わるから)、この度初めて夢主ちゃんの前で姿を現してみた。 交流を重ねる毎に、夢主ちゃんに執着して(愛情的な感情も抱いて)いくように。今のところ彼女に力を使うつもりは無い模様。 絶対逃がさないマン。 ← |