路地裏で血だらけの人を見つけたら拉致られた2



見知らぬ部屋のベッドで目を覚ますと、紫色の綺麗な瞳を持った綺麗な男性が私の顔を覗き込み、「お、起きた。おはよぉー。」と私に声を掛けてくる。状況が理解出来ず『え?え?』と頭に?マークを大量発生させ、目を白黒させる私を見てその人はヘラヘラ笑っている。

え?ほんとに一体全体どういうこと?


『あ、あの、あなたは…?』


「ん?俺?灰谷蘭、蘭って呼んでいいよー」


『あ、はい。蘭さんですね。私は加藤加奈って言います。宜しくお願いします?』


名乗っていただいたので、とりあえず自分も自己紹介をする。
それを見た彼は何がツボに入ったのかさっきのヘラヘラした笑いからシフトチェンジし、お腹を抱えながら笑い始める。


「兄さん煩いよ」


突然部屋の扉がバンッと開き、これまた綺麗な顔をした男性がまた1人増える。蘭とは打って変わって不機嫌そのものといった表情をした彼は血だらけの白シャツと、さっきまで私が羽織っていたはずのロングカーディガンを携えている。

そうだそうだ、思い出した!


意識を失った反動で一時的に記憶喪失になっていたのか、血塗れた衣服を見てさっき起こったであろう1連の出来事を思い出し、ベッドから上半身だけ体を起こす。


『あ、あの、蘭さん、き、傷は大丈夫ですか!?』


竜胆と呼ばれていたミディアムウルフヘアの彼と蘭が2人で何やら話していたようだったが、いきなり大声を出した私に少し驚いたのか、4つの紫色の瞳が私を射抜く。


「兄さん、まだ何も教えてやってないの?」

「ん?あー、起きたばっかだし、仕方なくね?」

頭を掻きながらそう言った彼は、「その服捨てといて」と竜胆に告げると私に向き直る。竜胆はというと「厄介事ばかり持ち込むよなぁ兄さんは」と溜息をつきながらさっさと部屋を後にする。あ、自己紹介しそびれた。

閉じられた扉を見つめていると、今度は目の前にいる蘭が突然Tシャツを脱ぎ始める。きゃー!とか、えっちー!とか、そんな声を上げる間もなく、床に落ちた布を見て、直ぐに目の前の彼に視線を戻した。透き通った肌、服を着ていた時は分からなかったけれど綺麗に割れた腹筋。そして、それを覆い隠すような刺青が体に掘られている。彫刻かと見紛うほど綺麗な体だった。


「俺、傷とか1個もねぇの」


ぼーっと見蕩れていると頭上から蘭さんの声が聞こえた。彼の言う通り透き通る肌に刺青はあってもそこに生々しい傷跡なんて一切なかった。

『え!でも刺されたんじゃ…』

「あれは返り血。ちょうどあの時仕事帰りだったからねぇ」

物騒な単語と、それに不釣り合いな仕事帰りという一言に一瞬また?が頭に浮かぶが、目の前に立っている彼に掘られた刺青をもう一度見た後、はっきりと分かった。
この人そっち系の人だ。


彼の素性をなんとなく察してしまった私は、その瞬間言葉で言い表せない程の恐怖を感じた。ま、まさかドラマじゃないけど、東京湾にでも沈められる…!?
しかし、返り血を浴びるような仕事をしていると言った彼は、ニコニコしながら私に近寄って「また俺に見蕩れてた?」とヘラヘラ笑って私の頭を撫でる。彼の言動が掴めずまたも目を白黒させていると、半裸の彼に今度は何かを手渡される。


「これ、着替えてみ」

『え、あ、はい。ありがとうございます?』

「ん、じゃあ着替えたら呼んで」

素直に手渡されたものを受け取り、竜胆と同じく部屋を去る蘭の後ろ姿を扉が閉まるまで見つめた。ガチャリという音を聞いてから手渡されたものに視線を移す。
薄いピンクの布地にに小さな花柄が印刷された可愛らしいワンピース。ベッドから降りて、部屋の隅に置かれた姿見で合わせてみると丈感はぴったり。首元と袖元はきゅっと絞られており、女の子っぽさをより演出していて、まさに私がデートで着て行きたいワンピースそのものだった。
見知らぬ人の部屋で、見知らぬ人から服を手渡され、それに着替える…どう考えても異常な空間だけど、今更着替えないという選択肢は彼の素性(私の仮説だけど)的に絶対無いということは確信していた。


(とりあえずまだ危害は加えられてない?みたいだし、大人しく着替えるか…)


田舎娘の私がいくら考えを巡らせたって答えにたどりつけない事なんて世の中には沢山あるだろうし。そう思い直し、憧れのワンピースへと袖を通した。


(え!タグついたまま…って50000円!?私の今日のトータルコーデより高い!?)



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竜胆side



兄さんから突然電話がかかってくるのは慣れている。
昔は2人で1緒にいることが常だったが、梵天の幹部になってからはそうも行かず、互いの仕事場に向かって、そつ無く仕事を片してから六本木にある2人の家に各々が帰ることが増えた。

がしかし、兄さんは何かにつけて俺を呼び付ける。
やれ仕事で出たスクラップを片しとけ、車を出せ、迎えに来い。
兄と女の最中にだってざらに呼びつけやがる。
1度「こんなの手下にやらせろよ」と兄さんに言ったことがある。


「あ?なに嫌なの?」


俺と同じ紫色の瞳が澱みなく俺を捉える。灰谷竜胆、その名を聞いただけで震え上がる人間なんてこの世界に何万といる。そんな俺でさえ兄さんの一睨みでその場から一歩も動けなくなる。否定した言葉を向けたら直ぐにでも殺してきそうな殺気。灰谷蘭、兄さんは俺以上に純粋に狂っている。


そんな兄からまた今日も当然のごとく呼び出しがかかった。2コール目で電話に出ると何やら楽しげな兄の声が聞こえる。


「兄さん?帰ってくるの、って女物の服?なんでってあー、分かった分かった、迎えね、りょーかい」


いつもの如く、こちらの都合を無視な兄。もう慣れたので特に何も言わないが、今日は迎えに加えて謎の注文が入った。
女物の服。
互いに欲の吐き出しの為に誘ってきた女をホテルに連れ込むこともあった。けれど兄自ら女を連れ込むどころか、家に連れ帰ろうなんてことは今まで一度たりとも無かった。

(…とりあえず服、買いに行くか)


25年、生まれてこの方ずっと一緒にいるが、未だに兄の言動は予測できない。

部屋着のスウェットから適当にTシャツとパンツに着替え、財布と車の鍵をパンツのポケットにねじ込む。兄のことだ、この待たせている間に何を起こすか分からない。別に誰が被害を受けようが知ったことでは無いが、迎えに行く俺にとばっちりがあればたまったものじゃない。
足早に部屋を出て、高層ビルの最上階から地下の駐車場に向かう。
高級車ばかりが停められたフロアの中の1番手前にある黒光りした外車に乗り込み、車のキーを差し込むと静かにエンジンがかかった。


(兄さんが気に入った女とか想像つかねぇ)


そんなことを思いながら、ハンドルを握りアクセルを踏む。
迎えの途中で寄ったブティックでは、ちょっとばかし兄の傍若無人っぷりに対抗するべく、俺好みのワンピースを買ってやった。


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夢主side


『あ、あの、着替え終わりました…』


ドアノブを持ったまま恐る恐る扉から顔をのぞかせると、「待ってましたぁ」と蘭に腕をとられ、そのまま部屋から引きずり出される形になる。リビングでは竜胆が煙草を吹かしながら
手元のスマホを見ていたが、騒ぎ?を聞いてこちらに目をやる。なんだか、ニヤニヤしている気がするけど気のせいかな…?


「ぴったりじゃん、さすが竜胆」

「俺もびっくり、見たことも無い女の服買うなんて骨が折れたぜ」


2人のやり取りを聞くに、どうやらこのワンピースは竜胆が買ってくれたようだ。

『あ、あの改めまして私、佐藤加奈って言います。見ず知らずの私にこんな高い服まで用意してくださってありがとうございますっ』

言い終わると同時にぺこりと頭を下げる。頭上からはまたも蘭の笑い声と竜胆の「別に」という少しぶっきらぼうな返事が返ってくる。


「じゃぁ、本題に入るけど」


頭をあげると、ひとしきり笑い終わった蘭が話し始める。じっと紫色の瞳を見つめると、「その目、好きだわぁー」とまた頭を撫でられる。…いまいちペースが掴めない。



そこから彼に聞かされた話しはこうだ。


蘭と竜胆は日本最大の犯罪組織【梵天】の幹部であり、名の知れた人物であること。私と出会った日、蘭はちょうど取引先である組と乱闘騒ぎを起こし、人を撃ち殺していたこと。その返り血を浴びた後、少し一服しに寄った路地裏で私に出会うも、怖がりもせず自分を心配し、いきなり布地を腰に巻かれたこと。そしてその様子に惹かれた蘭がとりあえず手刀で私の意識を失わせ、竜胆の車でこの家まで運び込んだこと。



…等など、今までの常識では計り知れない内容を次々と頭に入れられる。なんとなくそっち系の人だとは思っていたが、ニュースでも名前を聞く【梵天】だとはさすがに思っていなかった私は、もう呆気に取られて「蘭が自分に惹かれて手刀を繰り出し、意識を失わせてから私を連れ込んだ」という事実を思わずスルーしてしまった。


「つーことで、加奈」

『は、はい!』


背筋をピンとして返事をする。これは何かしでかせば東京湾どころか太平洋の藻屑になってしまうかもしれない。事件現場では無いにしろ、私は返り血を浴びた蘭を見てしまった…生き残るために私に残された選択肢はYes or はい のみっっ!心を決めた私は蘭の口から紡ぎ出された言葉をよく聞きもせず返事をした。


「お前、今日から俺の女な」


『はい!!』


え?今なんて?
頭にまたも大量の?を浮かべる私を見て、静かに煙草を吸っていた竜胆が吹き出し、「ほんと兄さんって分かんねぇなあ」と一言呟く。
目の前に立っている蘭はというと、「それじゃー今日から加奈の家はここなぁ」と言いながら何やら電話を掛け始めた。

完全に置いてけぼりになった私が事の重大さに漸く気づいたのは、蘭の部下っぽいガラの悪そうなお兄さん方が見覚えのある荷物をこの部屋に運び始めた時でした。








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