路地裏で血だらけの人を見つけたら拉致られた 1


自分を一言で表すと、平々凡々。

特段裕福ではないけれど、優しい父と母に育てられ、地元の中高に進学し、それなりの大学まで通わせてもらい、現在社会人1年目。

初めて親元から離れて、都内に本社を置くメーカーの営業職として憧れのOL人生を謳歌している、ほんとにごくごく普通の一般人。

別に人に羨ましがられる様な容姿でも無ければ、そんなに自分で卑下もしていない、本当にいたって普通の女、それが私 佐藤加奈 である。


眠らない都市、東京。

田舎育ちの私からすれば何もかも規格外。

テレビでしか見たことの無かった大量の高層ビル群に、田舎で出会う1年の人の量を1日でゆうに越してしまうくらいの大量の人が移動している渋谷のスクランブル交差点。
そして、そこを行き交う流行りの服に身を包んだスタイルのいい男女たち。いやはや、さすが首都。こっちに来てもう3ヶ月以上経ったっていうのに未だに慣れやしない。



あー、今日も働いた働いた。うーんと伸びを1つすると目に入った時計が6時を指している。

今日は華の金曜日。嬉しいことに今日中に片しておかなきゃいけない仕事はさっきまとめ終わった資料で一旦終了。はじめは色々と段取りが悪くて定時退社なんて中々できたものでは無かったけれど、3ヶ月と少し働いて漸く太陽が沈む前に帰れる日もしばしば。
そんな日は自分へのご褒美に、コンビニでちょっとばかし高級なおつまみとアルコールを買って帰るのがマイルールだったりする。


『お疲れ様ー今日は先に帰るねー』

「お、佐藤今日は早いなーデートか?」

『おいおい岩橋ぃ分かってて言ってるよね!?今日は金曜日だから少し早めに帰って宅飲みするの。』

前のデスクに座っている、同期の岩橋に挨拶をすると相変わらずの調子でからかわれる。これで仕事は出来るし頼りになるから本当に人は見かけによらない。そんでもって顔もいいもんだから入社してから直ぐに美人の先輩営業社員と付き合うんだからムカつきを通り越してもはや無の感情になる。

「おうおう悲しいなあ、せめてたまには宅飲みじゃなくてどっか店にでも行ってみればいいのに」

『お生憎様!あんたと違ってこっちには一緒に行ってくれるパートナーも居ないもんでね』


わざと大きめの溜息をつきながら帰りの荷物をまとめる。いいんだいいんだ。私はこれからコンビニで好きなおつまみ詰め放題(財布の許す限り)をして好きなお酒を飲んで1人で楽しむんだい!

「そういえばこないだ彼女と行った六本木のBARがさ、凄い良かったんだよ」

『いきなり惚気ですか??』

「まあ聞けって、六本木にあるCoulerっていう店なんだけど、つまみも酒も上手いし、場所の割に値段もそこまでしないし、コスパ最強の店なんだよ。どう?1人飲みにうってつけだろ?」

な!と言いながら財布を取り出し、中から1枚クリーム色の台紙に金の箔押しでCoulerと書かれた1枚のショップカードを手渡される。
同期の優しい心遣い受け取れよーっとなんとも要らぬお世話だけれど、オシャレな雰囲気を醸し出しているショップカードと、何よりあの「六本木」という地名にときめいてしまい、素直に受け取ってしまう。くそう、これが田舎民の性か、、。

『まあ岩橋が言うのも一理あるかあ、、せっかくだしその提案採用!』

「お!ノリがいいじゃん!まあ俺は今日は残業コースだから付き合ってやれないけど、また同期飲みの席でも作って行こうぜ」

その返答に『おう!』と返し、1週間分の疲れと、荷物を持って私は会社を後にした。


「言い忘れたけど、その辺ちょっとばかし物騒だから気をつけろよ



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岩橋から貰ったショップカードの裏面を見て、店の所在地を確認する。なんだかんだ会社と六本木は近く、最寄り駅から電車で20分程。その名前から思い出される煌びやかなイメージと、少し怪しげな雰囲気からどうにも中々近寄れずにいた。

(けど、せっかく東京人になったからには六本木に繰り出さない手は無いよね!!)

本来ならパンツスタイルではなく、少しお高めのブランドのワンピースを着て、素敵な彼氏(募集中)とフレンチにでも繰り出したかったのだが、それを待っていてはこの先六本木に近寄ることは無いだろうし(自分で言っていてかなり悲しいけど…)。

岩橋(彼女持ち)のおすすめという所だけが癪だけれど、グルメサイトの評価も高いところを見ると、純粋におすすめしてくれたんだなあと、こういう気遣いが出来るところもモテの要因かと感服する。


車内アナウンスが流れ、間もなくして電車が停止する。開かれた扉から至って普通に降り立つが、内心は初めて六本木の地を踏んだ事に胸が高鳴った。
パンツのポケットに入れていたスマホを取り出し時間を確認すると表示されたのは18:32。ほのかに薄暗くなった空は、夜の街の代表格である『六本木』をより際立たせ、妖艶な雰囲気を漂わせているように感じる。
すれ違う男性女性皆自信に満ち溢れ(ている気がする)し、立ち並ぶ店舗のショーケースにはゼロの桁数が少しおかしい値段の商品が並べられ、玄関には黒服に身を包んだ男性が立っている。スーパーでさえなんだかオシャレだ。
道端では、手には高級ブランドであろう小さなバッグを片手にメイクをばっちり決め込んだ女性と、これまた(ただの白シャツだが)絶対高級そうな洋服に袖を通したイケメンが、何やら楽しそうに談笑している。これが私の地元であれば、近所のおばあさんたちがやれ今日はきゅうりが取れただとか、やれ〇〇さんの家の娘が結婚しただのの井戸端会議が開かれるのが関の山だろうか。

(こ…これがロッポンギ!!)


大人な雰囲気に圧倒され、キラキラしたショーウィンドウとキラキラした人達に呆気にとられながら歩を進める。
ふと思ったけど、今日財布にいくら入れてたっけ。さすがにさっきショーウィンドウに飾られてたものよりは、桁数が正常ではあるだろうけど、そうじゃないと困るけど。
通行の邪魔にならないよう、少し人通りが少なそうな路地に小走りで向かう。少し薄暗かったが、傍にあった自販機の明かりを頼りに、鞄から財布を取り出し、中身を確認する。社会人になる前に急いで作ったクレジットカードと、諭吉が1枚と、野口が4枚。500円玉が2枚でその他小銭が数枚。カードが使えなくても1人飲みならまあ充分だろうし、少しいい感じのレストランくらいなら行けるくらいだろう。

…と、気を取り直して。改めて夜の街六本木探索ツアー、スタートと行きますか!

財布を鞄に直し、俯いた姿勢から目の前を向く。すると何故かさっきまではしなかったつんと刺すような匂いが鼻腔をくすぐる。なんだろう…よく小さい時に…嗅いだような、そう、転んだ時に…え、血の臭い?
結論が出るまでにそんなに時間はかからなかったし、暗がりに薄らと見えた人影が段々とこちらに近づき、自販機の明かりでその正体が見えた瞬間、無事にその臭いの答え合わせができた。


『血っっ!』

「あ?」

なんだか高級そうなジャケットで少し隠れているが、中の白シャツにはこれでもかという血がべっとりと付着しており、思わず声を出してしまう。当の被害者?はこんな血だらけであるのに、何食わぬ顔で突然現れた悲しい独り身である私を見下ろしている。

(え…なんでこの人こんな血だらけで平然としてるの…?痛くないの?え??あ!痛すぎて放心状態!?もしかして無意識でここまで!?ああ早く手当て!救急車…!?)


『だ、大丈夫ですか!?その傷、早く、救急車!!』


「あ?傷?あー、これかぁ」

言われて気づいたのか、その人は右手の親指と人差し指で白シャツを引っ張りしげしげと眺める。


(やっぱり、この人刺された自覚も無いんだ!?)

さっき鞄に入れたばかりのスマホを慌てて取り出し、今救急車呼びますから!と慌てて電話を掛けようとすると、んー、大丈夫。という声と共に今の今まであったスマホがいつの間にか手から消えていた。え?何が起こった??
目の前を見ると、スラリと綺麗な長い足が高く振り上げられており、私のスマホはカラカラと音を立てて路地のアスファルトに転がっている。

(えーと、被害者さんが私のスマホを蹴っている、何故??)


鳩が豆鉄砲を食ったように、目の前の人を見つめる。さっきまで少し離れた位置に立っていたはずなのにいつの間にか手を伸ばせば触れられそうな位置にその人は立っている。
シャツについた血で頭がいっぱいだったが、まじまじと目の前のその人を見つめた。髪には金のメッシュが入れられており、スラリとした手足と小さな顔、日焼けなんて一切していなさそうな白く透き通るような肌と、目を離すことが憚られる紫色の瞳が自動販売機の明かりに照らされこんな辺鄙な路地裏のはずが何故か幻想的な景色に感じられるほどその人は綺麗だった。


『…きれい』


思わず現状を忘れ、見たままの感想が口を衝いて出る。あまりにその場にそぐわないセリフを聞いたその人は、「はぁ?」と私に吐き捨てるように言った。


「サツ呼ばれると困るんだよなぁ」

『サツ??…あ、警察か』


地元のやんちゃ坊主が警察のことをそう読んでいたのを思い出し、反射的に返答してしまう。

「…お前、俺の事知らねぇの?」

『え…?…あ!もしかしてやっぱりモデルとか!だから警察呼ばれると困るんですね!でも私が呼ぼうとしたのは救急車で…って!傷!早く応急処置をっ、とりあえず傷口塞ぐもの、…これでいいや!』


目の前の人が次に紡ぐ言葉を待たずに漸く我に返った私はとりあえずスマホのことは忘れて、自分が着ていた上着を脱ぐ。少し暑くなってきたが夜はまだ肌寒いしと考えて羽織っていたロングカーディガン。生地こそ薄いが目の前の腰の細い男性に巻き付け、止血するには十分な布地がある。膝立ちで下から抱きつくような形で目の前のその人の腰あたりで固く縛り患部を圧迫する。
しかし、少ししても布地に血が染み込まず、え?傷口もう塞がってる?回復力の化け物?なんて考えていると、突然首裏に痛みを感じそのまま意識が落ちていく。
視界の端に映ったのは、深い紫色の瞳。
体がふわりと浮いた気がしたけれど、それが何故なのか確認することは出来ずに私の意識は途切れた。






「…あ、竜胆?今から帰るからさ、着替えの服用意しといてくんない?あ、あと女物の服、ん?あー、拾った。おん、まぁそんなとこ、あと車回してくんね??んじゃ、よろしくー」


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恐らくその数時間後に私は目を覚ますのだけど、その時にまた視界に映ったのは見覚えのある深い深い紫だった。


「お、起きた。おはよぉー」


『え?え?』


灰谷蘭

【普通】の私の日常が彼と出会ってどんどんおかしな方向に向かっていくのはまた別のお話。








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