ガラスの靴を履けないシンデレラは。上



女の子は皆お姫様。
人魚姫に白雪姫、シンデレラにオーロラ姫。小さい時色々なお姫様が登場する童話をお母さんに読み聞かせて貰い、キラキラしたドレスやアクセサリーに目を輝かせた。いつか私もあんなドレスやアクセサリーを身につけて、素敵な王子様と出会いたい。女の子なら一度は思ったであろうそんなことをまだ少女だった私も同じように思っていた。

…けれど、現実は残酷で。
小学校高学年にはもう既に170cmを超え、周りで1番背の高かった私は男子から「おんなおとこ!」「のっぽ!」「富士山」「壁」など散々なあだ名をつけられからかわれることが多々あった。

中学に上がると流石にそういったあだ名で呼ばれることは無くなったけれど、今度は目で見える形で自分と「他の女の子」との違いを自覚するようになった。
例えば小柄で可愛い所謂「女の子」といった風貌の女子には彼氏が出来たり、可愛い可愛いと持て囃されていたり。明らかに自分が受けている対応と違う様子を見て、否が応でも自分がそんな「女の子」にはなれないということを自覚せざるを得なかった。
そしてその頃から制服以外、日常でスカートを着ることは無くなった。
できるだけボーイッシュなものを選ぶようになり、昔はお姫様のような長い髪に憧れ伸ばしていた髪も、自分には似合わないとバッサリ切った。これ以上身長を高く見せたくなくて、可愛いデザインのヒールに別れを告げて、スニーカーばかりを履くようになった。

けれどそんな努力も虚しく、現在大学1年生になった今の私の身長は178cmに伸びていた。

・・・・・・・・


2限目の授業が終わり、教室でお弁当や、コンビニで買ったパンやおにぎりを食べ始める人、学食に向かう人、今日の授業は終わり早々に帰宅する人などなどで、一瞬で講義室が騒がしくなる。机に広げたノートと筆箱を鞄に直し、席を立つと、同じ学科の男子に声を掛けられる。


「高梨さん、この後一緒にお昼どう?学科の何人かで食べよって話しててさ」

『…誘ってくれてありがと、でもこの後予定があって』

「あー、そっかそっか、気にしないで!また機会あったら誘うし!」


そう言って背を向けた彼は教室の出入口で歓談をしている男女の数人グループの元へ去っていく。オシャレな服に身を包んだ彼らは、学科内でも特に目立った存在で、何度か話をしたことがある。いい人達なのは間違いないのだけれど、小柄で可愛い女性陣と、自分とほぼ同じ身長の男性陣の中に入っていくのは何だか気が引けて、咄嗟に予定があるなんて言って断ってしまった。
楽しそうな笑い声と共に教室を去った彼らを追うように私も教室を後にする。


「でかっ」

「おい、声でかいぞ」


廊下を歩き、建物の外に出ようとすると見ず知らずの男子にそんなことを言われる。別に私に対して嫌味を言ってるわけでは無いのは分かるが、その一言でまた少し気持ちが下がる。
少し早歩きで逃げるように廊下を歩いていると、いつもは気にも止めていなかった学内掲示板が目に入った。サークルの勧誘や、夏の特別講義の案内などなどが乱雑に貼られている中、端に貼られていた1枚のビラが目に入る。
「学内ファッションショー」と書かれたそれには参加方法や日時、場所などの詳細と、去年行われたファッションショーの様子が分かる写真が何枚か載せられていた。芸術が爆発したような奇抜な服やパンクファッションを身に纏うモデル。中には私が小さい頃に憧れたようなキラキラとしたドレスに身を包んだものもある。



(私には縁の無い話だなあ、)


なんて考えていると、いきなり「なぁ」と話しかけられる。驚いて後ろを振り返ると、自分の目線より少し下に、見覚えの無い派手髪の男性が立っている。


『え、えっとなんでしょう…』


「あんたさ、モデル興味ねぇ?」


『うぇ!?』


初対面の人からの突拍子もないお誘いに驚きを隠せずに変な声が出る。私なんかがモデル?無理無理無理、絶対に無理。


『えっと、、私なんかがモデルなんて絶対に無理なので、他の人を当たってくださいっ』


勢いよく頭を下げ足早にその場を去ろうとすると、ガシッと腕を捕まれる。自分よりも背は低いが、流石は男。振りほどくことができない。


「頼むっ。俺今あんたが見てたファッションショーにエントリーしてんだけど、どうしても俺が作ったドレスに合うモデルが見つかんなくてよ。でも、あんたなら俺の理想通り、頼む、着るだけでもいいから、一度俺のアトリエに来てくんないかな」


頼むっと何度も頭を下げるその人を見て、断りたい気持ちと、申し訳ない気持ちがゆらゆらと天秤にかけられる。
うーん、と頭を悩ませていると、「俺が作った服を一度でもいいから完璧な状態で見てみたいんだ」と、真剣な表情で言われてしまった私は最終『一度着るだけなら…』と申し出を受け入れてしまった。



彼、三ツ谷隆に連れられて辿り着いたのは、大学から少し行った小さな民家だった。
彼に見覚えがなかったのは当然で、大学の関係者でも無ければ学生でもない、タダのデザイナーの卵だよ。と言って笑った。
彼はこの家の2階をアトリエとして使い、日々創作に明け暮れているようだ。


「でもほんっっとに高梨が了承してくれて助かったわ。あのファッションショー2週間後にあってさ。学外の誰でも応募できて、かつ審査員には有名なデザイナーとかも来てよぉ。賞を取れればデザイナーとして一歩前進できる大事なショーなんだよ 。」


ほんとありがとうな!という彼は私を部屋の隅にあるソファに座らせ、ガサゴソと何やら準備をしている。
ショーに出るとは言っていないし、一度着るだけとしか言っていなかった私は、その話を聞きながら益々断りにくくなってしまった…と後悔をしながら話を聞いている。


「よし、準備できた。これが俺が作ったドレス。」


そう言って彼に見せられたものは目を奪われる程キラキラと輝いた華やかなドレス。
白地を基調とした所謂マーメイドドレスといった形のドレスは綺麗な曲線美を描き、胸元には白いバラのコサージュが咲き誇っている。首元は大きく開き、デコルテを綺麗に魅せてくれそうだし、足元は薄めのレース生地な為少し透けている。…これは相当にスタイルが良くないと着こなせないだろう。
ドレスに圧倒され押し黙っている私に彼は「あっちに着替えスペースあるから」とドレスとインナーを手渡し、隣の部屋に連れられる。


「多分後ろのチャックとかホックはひとりじゃ止められねーと思うから、ある程度着れたら俺を呼んでくれ。」


『は、はい、分かりました』


じゃ、と閉じられた扉を見つめながら、手元のドレスに目線を移す。
とりあえず着ていたパンツとTシャツから、ドレス用のインナーに着替える。姿見に映った相変わらず大きい自分に溜息をつきながらドレスに袖を通していき、後はチャックとホックを留めるだけといった形になった。扉に背を向けながら『三ツ谷さーん』と彼を呼ぶ。するとすぐさま返事が聞こえ、「入るぞー」という声と共に扉が開く。
…一瞬彼が息を呑んだような気がした。

「じゃあ、チャックあげるな」という声とともにピッタリとドレスが体にまとわりついた。最後にホックをとめ、「よし」と呟いた彼が、私の正面に回ってきた。


「…想像以上だ」


黙って私の全身を上から下へと穴があきそうなくらい見つめる彼。あまりにも熱い視線に、ドレスを見ていると分かっていても恥ずかしさのあまり顔に熱が集まっている気がする。


『あ、あの…』


「あ、わりぃわりぃ、俺が作ったドレスを高梨が完璧に着こなしてくれてるから見蕩れちまった。」


『…!?』


見蕩れた。なんて言葉をこんなにもストレートに、しかも男の子に言われるなんて生まれて初めての出来事だった。今度は気のせいではなく顔が真っ赤になる。若干キャパオーバーを起こしつつある私を余所に、彼はドレスに合わせるアクセサリーや、ヒールなどを部屋に持ち込んで来る。

「ドレスと一緒にアクセサリー類も付けてみてくれないか?あと、このヒールも。最終の完成図を見ておきたいんだ」


ケースに入れられた、ネックレスや、ピアス、ヘアアクセなどをローテーブルに並べながら、箱から取り出されたばかりのヒールが足元に置かれる。ドレスと同じく白地を基調としたそれにはパールが散りばめられ、光で反射されながらキラキラと輝いている。

まるでシンデレラのガラスの靴みたい、なんて乙女チックなことを考えてしまう。


しかし、どうしてもそのヒールを履くことが出来ない。思い切ってずっと遠ざけていた綺麗なドレスにまで袖を通した、ヒールだって簡単に履けるはず。そう思ったが、どうしても足を入れることが出来なかった。


「…?どうかしたか?」


『え…、あの……、…ごめんなさい』


突然謝る私に不思議そうな顔をする彼は、「あー、そっかずっと立たせっぱなしだったもんな。ちょっと休憩するか」と言って笑った。



・・・・・・・・

一旦ドレスを脱ぐように言われた私は、その後三ツ谷さんのアトリエ部屋のソファにまた座らされ、彼が入れてくれた暖かい紅茶を飲みながら向かい合わせになっていた。


「…落ち着いたか?」


『はい…あの、さっきはすみませんでした…』


「いや、気使えなかった俺が悪いよ。」


少しの沈黙。お互いに紅茶を口に含み飲み込んだあと、また彼から話し始める。


「聞いていいか分かんねーけど、…なんか嫌なことでもあったか?その…身長のことで、さ」


『えっと…』


言葉を選んでいると、「悪かった、今日会ったやつがズケズケ踏み込んでいい話じゃなかったな。」と言って、ちょっと俺紅茶のお代わり入れてくるは、と言って部屋を出ようとする。それを『待って!』と思わず呼び止めてしまう。


『あの、えっと、さっきはヒール履けなくてごめんなさい…。三ツ谷さんの言う通り、私身長がコンプレックスで、だからこれ以上自分を高く見せるヒールとか、私なんかに絶対似合わないドレスとか可愛い洋服とかもずっと避けてきてて…それで、あの、』


俯きながらも必死に言葉を探す私を、黙って彼は待っている。


『今日三ツ谷さんにモデルにならないかって誘われた時も、こんな私なんかって思って断ろうとした…。けど、み、三ツ谷さんが真剣に言ってるの見て、1回だけなら着てみようって…それで着てみたらほんとに自分じゃないみたいに綺麗で、三ツ谷さんに見蕩れたって言われて恥ずかしかったけど、自信にもなって…。もしかしたら自分のこと好きになれるかも…なんて思ったけど、いざヒールを見たら怖くて。これ以上高くなった時に周りに自分がなんて言われるんだろうって考えると…ダメで、、』


膝に置いた手をぎゅっと握りしめると、「なぁ」と今度は三ツ谷さんが話し始める。


「脚が綺麗に見えるヒールの高さっていくつか知ってるか?」


『え…』


突然出されたクイズに思わず声が出る。顔を上げ彼を見つめると、「答えは7cm」と笑顔で返される。意味がわからず『へぇ…』と呟くと、さっき私が履けなかったヒールを目の前に出された。


「これも7cm。俺のドレスは足元がかなり見えるからな、最っ高に綺麗にモデルの脚を魅せる為に俺が選びに選んだんだ。」

高梨、と名前を呼ばれ思わず『は、い』と返事をする。


「お前がその身長で色々思うことがあんのはなんとなく分かる。…それに俺だってお前の身長に惹かれてモデルに誘ったのも事実だ。そんな俺がお前にこんなこと言えた義理じゃないかもしんないがさ、お前…もっと自分を楽しまなきゃ損だぜ?」


ニカッと笑う彼に何故か目が奪われ、心臓をぎゅーっと締め付けられたような感覚に陥る。


「お前はお前にしかなれないんだ。俺も俺にしかなれねぇ。タッパがもっと欲しかったっていくら望んだって伸びねぇし、顔や体つきだって変えるには限度がある。それに対して卑下したり、周りからなんか言われて嫌になることもあるだろうけどな。1つ俺から言わせてもらうと、お前は最高に綺麗でかっこいいよ。

…さっき俺はお前の身長に惹かれたって言った。けどよ。それだけじゃない。歩く時の姿勢の良さだったり、ビラを見てた時の憧れの眼差しだったり。俺は総合的に高梨を見て、こいつにドレスを着てランウェイを歩いて欲しいと思ったからモデルを頼んだんだ。」


そこまで一気に言うと、三ツ谷くんはもう一度私に向き直り真っ直ぐ私を見つめ直した。
情けないやら嬉しいやらでゴチャゴチャになった感情を必死に抑えようと、またぎゅっと両手を握りしめると、今度は三ツ谷くんの手が覆い被さるように私の手を包んだ。


「無理強いはしない。…けど、俺はお前にあのドレスを着てランウェイを歩いて欲しい。絶対にお前を輝かせるから…俺と一緒にファッションショーに出てくれないか?」


モデルに誘われた時と同じ真剣な眼差しで射抜かれる。
ランウェイを歩いて、もし、また誰かに「でかい」なんて心無い言葉を投げかけられたらどうしよう、私みたいな女があんなドレスを着て皆に笑われたらどうしよう。

怖い、…皆の目が怖い。



…けど、それ以上に「綺麗、かっこいい」と言ってくれた彼の言葉を信じたくなった。


『…私、変わりたいんです。いつまでも皆の目に怯えながら、好きな服や靴を諦めていたくない…私も皆みたいに可愛くて、綺麗になりたいっ…』


生まれて初めて、誰かに自分の本心を伝えられた気がした。潤んだ瞳で彼を見つめ返すと、「おう、任せとけ」と彼は自身の胸を叩いた。







後に世界を渡り歩くトップモデル

【高梨リカ】



同じく世界的デザイナーに成り上がっていく

【三ツ谷隆】

この2人が出会った最初の日だった。






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