アプリで出会った男にハマってしまった傷心女の話。



その日は本当に意気消沈していた。
都内でOLをしているしがない24歳彼氏無し。何の面白味も無くて、特に可愛げもない私は、いつもと変わらない朝を迎え、簡単なメイクを施してからいつも通りに出社。
デスクに着くや否や社内PCに届いたメールを確認すると、担当取引先からのものを発見した。
まだ覚醒しきっていない頭で一言一句読み進めていくと、発注ミスを指摘する内容で一気に体から血の気が引いていく。兎にも角にも慌てて取引先へ謝罪の電話を入れ、すぐさま上司の元へ直行。怒られることは無かったが、冷たい視線を一身に受けながら、ひたすら謝り続けた。

とまあ…そんなこんなで冒頭にお伝えした通り、現在の私は非常に意気消沈…というか色々メンタルがやられとりあえず疲れていたのだ。


▲▼


「ようやく終わった…」

デスクに散らばった資料をようやくまとめ終え、軽く伸びをする。

(自分の仕出かしの尻ぬぐいとはいえ、さすがに疲れた…。)

辺りをちらりと見やるとフロアにはもう自分しか残っておらず、壁に掛けられた時計は23時を指していた。今日が金曜日で良かったと胸をなでおろしながら自身の荷物をまとめていると、いきなりガチャリと扉が開くような音が聞こえ、思わずしゃがんで机に隠れてしまう。

(と、咄嗟に隠れてしまった…)

条件反射とはいえ、隠れてしまったことに何やってんだと自分に突っ込みを入れていると、こんな時間だというのに楽し気な男女の会話が耳に入る。

「はぁ〜〜今週も働いたね〜佐藤君〜」

「取引先とのミーティング何件もありましたからね、お互いお疲れ様です!清水先輩」

親し気に話している二人は、女性人気の高い【高学歴、高身長、イケメン】の三拍子が揃った佐藤君と、【美人、優しい、巨乳】のこれまた三拍子が揃って、特に中堅社員さん方からの人気が高い同期の清水さん。社内でも色々噂の絶えない二人ということと、一応同期で顔見知りの清水さんにはなんとなく今は顔を合わせたくないという思いもあり、そのまま机の下で隠れ続けることにする。

「明日土曜日だし、うちで飲まない?♪」

「いいですけど…その話ここでしちゃって大丈夫ですか…?また俺たち噂になっちゃいますよ…?」

「大丈夫大丈夫。もうほとんど帰っちゃてるし。このフロアにいるのは私たちだけでしょ?ね、飲も!はい、決まり♪」

「まぁ俺は清水先輩となら全然いいですけどね〜、いいですよ、お邪魔しちゃいます」

「やった〜〜♪帰りにコンビニでお酒とおつまみ買って帰ろ〜♪」


隠れている私に一切気づく様子の無い二人は何やら如何わしい予定を立てながら、持ち出していたであろう資料を棚に直してさっさと部屋から出て行った。ガチャリと完全に扉が閉まり、二人の足音ももう聞こえなくなった頃、ようやくそろそろと立ち上がる。

(な、なんだか聞いてはいけない話を聞いてしまった…)


人気の高い二人はお互いに彼氏、彼女はおらず募集中であることを公言していたが…あの様子じゃ黒であるのは確実であろう。
途中になっていた帰り支度をそそくさと済ませ、冬支度にと久しぶりにクローゼットから再登場したカーキ色のコートを羽織っていると思わずため息が出た。…別に大人気の佐藤君に(恐らく)彼女がいることにショックを受けたわけでも、同期の清水さんに(恐らく)彼氏がいることへの焦りでもない。というか恋人がいることへの羨望や嫉妬なんてものは一切無い。
ただ話し相手がいることが羨ましくて、自分には今日の失敗談を話せる相手すらいないことがただ寂しいのだ。

最後にPCの電源を落とし、誰もいなくなったフロアの電気を消灯させてからようやく退勤した。

いつもなら会社最寄り駅から電車に乗り、少し歩いて20分程で到着する自宅マンションまで一直線するところだが、気分を晴らすためか、はたまた既に病み期が到来していたのか、徒歩で帰路に着いていた。
手元のスマホでは、子猫が飼い主に撫でられご満悦な様子の動画が流れており、その様子を真顔で見ているOLという傍から見ればなんともホラーな状態であることは間違いないだろう。
そのまま無心で子猫様を見ていると、いつものようにCMに切り替わった。
「あー。はいはい。はやく5秒経て…スキップしてやるから…」なんて慣れたように画面をタップしようとしたが、その日は思わず最後までCMを視聴。なんとアプリまでダウンロードしてしまった。


『恋人がほしい!友達が欲しい!仕事で疲れた…誰かに話を聞いてもらいたいなんて人もみんなが使ってる!累計50万ダウンロード突破!大人気マッチングアプリ【チャップル】で色んな人に出会っちゃお!大丈夫!最初はチャットで!電話もOK!お互いに気が合えばいよいよリアルで!みんなが使ってるチャップル!タップでダウンロードしちゃお!』


+


CMの謳い文句なんか今までまともに取り合ったことなんて無かったのに。自分で思うよりもよっぽど弱っていた私は早速アプリを操作しながら次々と表示される男女の顔と彼らの自己紹介文を軽く読みながらどんどんとスワイプしていく。外気に晒された指先は少しかじかんではいたが、気にしなかった。誰か、誰か私の話を聞いてほしい、その一心だった。


(何この人…)


流れ作業でスワイプをしていると突然プロフィール画像がただの黒一色、自己紹介文が「誰かと話したいです」と端的にその一言が添えられただけの人が現れ、指を止めた。
殆どが盛れた自撮りや、趣味の写真と共に「恋人募集中〜!」「一緒に映画デートしたいです!」なんていう今の私の気分に全くそぐわないものの中、その異端さに逆に安心して思わずそのままその人にチャットでメッセージを送ってしまう。

≪はじめまして、少しお話しませんか≫

返事はあまり期待していなかったが、そう簡単に送るとそれから数分後に通知が来た。

≪はじめまして、俺も良ければ話したいです≫

そう表示された文面を読み、まだ何の話も相談もしていないのになんだかもう心が救われたような気持になった。


▲▼


会社から徒歩で帰宅すると40分くらいかかることが分かった。指先はすっかり冷え切っていたけど、あの返信から帰宅して今の今まで、黒背景の相手とはやりとりが続いている。

≪今家に着きました、ほんと寒かったです笑≫

≪お、お帰り。そりゃそうだよ、今12月だし笑≫

≪センチメンタルになったからって、歩きで帰るのは馬鹿でした笑今度はちゃんと電車で帰ります笑≫

≪そうして。まあ、会社でやらかしたんならそうなる気持ちも分かるよ。周りにも人いたら余計気にしてしんどくなるよな。俺も多分そうなるわ笑≫

第三者であること、加えて文面だけのやり取りということもあって、案外あっさりと今日の失敗談を話すことができた私のメンタルはもうほぼ完全に回復を果たしていた。
話し相手である黒背景の相手はどうやら男性のようで、文面の雰囲気からも自分と年が近いように感じた。
返事を考えながら、冷蔵庫に何本か備蓄済みの缶ビールを取り出し、喉に流し込んでいると返信する前にまた彼から通知が届いていた。

≪良かったらなんだけど、電話で話せたりできない?≫

表示された文面を凝視しながら、缶ビール片手にどうすべきか一瞬考える。
確かにチャットでは楽しく会話ができた。しかしそれは文面だからであって電話であればまた話が違ってくる。突如来るであろう沈黙に耐えれるか分からないし、会ったことも無い男性と電話なんて彼氏無しOLにはレベルが高すぎるのでは等々頭を心配事が駆け巡ったが、最終的に「…でも文字打つのだるいしなぁ」という何とも言えない理由で承諾した。

+


数分後、アプリ内の通話モードから電話がかかってきた。
思い切って画面をタップし、スマホを耳にあてると「もしもし」という男性の声が聞こえる。

「あ、もしもし…はじめまして…になるんですかね…」

『確かに、はじめまして。…というか自己紹介もまだでしたね、俺、【三ツ谷 隆】って言います。』

「あ、ほんとだ、あんなにやり取りしてたのに…私は【白木 えり】って言います。」


遅めの自己紹介をし直し、電話越しに笑い合う。


「なんか、文面では凄いタメで話してたのに、電話じゃ敬語になっちゃいますね」

『ほんとに、じゃあ、こっちでもタメで話していい?』

「いいですよ!っじゃなくて、いいよ!」

『ははっ、なんか面白いな』


当初心配していたような沈黙の時間なんてものは訪れず、そのまま彼との通話は朝日が昇るころまで続いた。
やはり、年齢は近くて私は24歳で彼は25歳。デザイナーの卵として、日々製作に励んでいるといった話や、年の離れた妹がいて学生時代からお母さんの代わりに世話をよくしていたこと。優しい声からは想像できないけれど、昔は巷では有名な不良集団の一人だったなんて言う彼の身の上話を聞いていた。


『通話、長くなっちまったな』

「ほんとに、もう日が昇ってる」

『こんな時間まで突き合わして悪かったな、つい楽しくて話過ぎた』

「ううん、私も。ほんとに楽しかった」

申し訳なさそうな電話越しの声にそう答えると、今回初の沈黙が訪れ数秒互いに黙り込んだ。
耳にスマホを当て、窓から差し込む光に目を細めながら続く言葉を考える。
脳内では、このまま通話を切るべきなのか、また電話をしたいと素直に気持ちを伝えるべきなのか、2つの選択肢がせめぎ合っていた。

『「あの」』

声を発すると、彼と声が重なりまた笑いあう。

『先にどうぞ』

優しく彼にそう言われ、思い切って2つの選択肢の1つを伝えることにする。

「ま、また、通話しませんか?」

少し上擦った声に自分で恥ずかしくなりながら、彼の返答を待っていると『俺もそう言おうと思ってた』と彼の嬉しそうな声が鼓膜を震わせた。



▼▲




≪予定より早めに製作進んでるから今日は早めに帰ることにした!≫

≪私も、今日は早めにあがれそう!≫

あれから黒い背景もとい三ツ谷くんとは何度もアプリ内で通話やメッセージのやり取りを行った。
万が一アプリが消えてしまった時用にと、L〇NEの交換も行い、最近ではそちらでのやり取りがメインになっている。

「しーらきさん♪」

デスクワークの傍ら彼からのメッセージに返信していると、可愛らしい声が聞こえる。振り返ると、今日もぱっちりお目目が可愛い社内男性人気ランキング堂々の第一位【清水日菜子】が私の机の傍で立っている。
ただの同期であった彼女とは、入社してから恐らく会話という会話を殆どしていなかった。加えて以前見てはいけない佐藤君との現場を(向こうが気づかずに勝手に話し出しただけだが)目撃してしまった手前益々話しかけにくくなっていたが、最近の部署移動でまさかの同じ部署配属になってしまい、それ以来何かとこうして私の元にやってくるようになった。

「すみませんー、PCのデータ飛んじゃってぇ、、」

「え、また……?他のにデータコピーしてたりは……?」

「私、機械の操作とか苦手で……」

「……とりあえずPC見せてもらえる?」

「ありがとうー!あ、あと!部長に話したら、白木さんの方がデータ処理得意だから代わりに白木さんにこの仕事任せて、私は部長と一緒に外回りしに行くことになったから、後はよろしく!ほんとにありがとうー♪」


とまあ、こんな感じである。
以前私が仕出かした取引先への発注ミスも大概ではあるが、それ以上に彼女は仕事上のミスが目立つように思える。
まぁ部署移動もあったことだし、まだ慣れていないのだろうと思っていた日も数日はあったが、流石に一月経ってもこの様子でそろそろうんざりしていた。
加えて、彼女のあのビジュアルと愛嬌の為か、上司の皆々様も強く言えず代わりに彼女が請け負うはずの仕事が私に回ってくるようになったのだ。


《やっぱり今日遅くなりそ……(--;)》


再び仕事に戻る前に、彼にそうメッセージを送り、私はまた煌々と光る画面に向き直りながらタイピングを開始した。





時計を見ると既に10時を刺しており、一段落した仕事の山を見てため息をついた。暫く見ていなかったスマホ画面を覗くと、何件かの通知を知らせている。ロックを解除し確認すると、購読している漫画の更新通知と、天気アプリの明日の天気予報、そして彼からのメッセージだった。

《まじか、また前話してた同期?》

《今仕事終わった》

《あんまり無理すんなよ》

どうやら数時間置きに送っていてくれたようで、仕事に疲れた心身には労いの言葉が暖かく染み渡るような気がした。…が、最後のメッセージで思わず体が固まった。

「《今日、会えない?》」


そのメッセージを読むや否や、私は電光石火のごとく帰り支度を整え、会社を後にした。




▼▲



幾度もの通話で知った彼との共通点は、年齢が近いことだけでは無かった。
同じ東京都内住み、しかも同じ鉄道沿線に住んでいるらしいということを知ったが、互いに【リアルで会う】という話題は一切出さなかった。……彼の内心は分からないけれど、私はこの不安定な関係を壊したくなくて、言う勇気が出なかったのだ。


そうこうして、この出会い系アプリで知り合った名前は知っている(偽名かもしれない)けれど、顔も素性も知らない男との奇妙な関係は、アプリをダウンロードしたあの日からかれこれ1年になろうとしていた。


(はず、なのに……なんで突然会おうなんて……)


息が上がるギリギリのスピードで走り歩きしながら、スマホ片手に会社の最寄り駅へと向かう。
先程のメッセージに《いいけど、今どこにいるの?》と返事をすると、すぐさま会社の最寄り駅の名前が返ってきた為、こうしてとりあえず急いで向かってはいるが、頭の中は緊張と高揚で絶賛ごちゃ混ぜ状態だ。





ずっと会いたいとは思っていた。

通話をしている時に聞こえる笑い声……彼は一体どんな顔で笑うのだろう。
疲れて愚痴をこぼしている時……どんな表情を浮かべているのだろう。

背は私より高いんだろうか。デザイナーを目指しているんだし、やっぱりオシャレさんなのかな。
あ、元ヤンだし、ピアスの1つや2つ空いてたり。頭は刈り上げだったりして。


…そんなことを通話をしている時も、メッセージをやり取りしている時も、何でもないふとした日にも、彼を思って考えた。

けど、一度のリアルでの対面がこの関係を崩してしまいそうで考えては忘れようとして、そのループを繰り返していた。


改札前に着き、少し上がった息を整えつつ再びスマホ画面を見る。

《黒のトレンチコート。髪は割と派手かも》

数分前に届いたメッセージの文面通りの特徴の人を探すべく、きょろきょろと辺りを見渡す。
金曜日のこの時間ということもあって人通りは多く、二軒目に向かうサラリーマンや、若いカップルたちで溢れている。
その中でも一際目立った人が視界の隅に入り、私の視線を捉えた。

駅構内の端、自動販売機がぽつんと佇むその傍に、黒のトレンチコートを着た派手な髪の男はいた。
手に持ったスマホを覗き込み、何かを打ち込む彼。その数秒後に手の中のスマホが震えた。

≪見つけたかも≫

通知を確認し、表示された文字を読む。
恐る恐る顔を上げると、その彼と目が合った。


(会いたかった。会いたくなかった。)


相反する想いが頭の中で駆け巡り、その場で体が動かなくなる。


(早く近づきたい。この場から逃げたい。)


未だに結論を出せない私を知ってか知らずか、彼はゆっくりとした足取りで私の傍まで歩を進めている。
時間はいつも通り過ぎているはずなのに、1秒1秒が酷く長く感じて、外はコートを着るくらい寒いはずなのに、自分の周りだけ真夏みたいに暑く思える。もう何が何だか分からなくなっていた。



いよいよ彼が手を伸ばせば触れられる距離にまで来ていた。
何を言っていいか分からない。いつも通話で話しているはずなのに、声が出ない。
今になって、服装や化粧が気になってしまった。

(もうどうにでもなれ…!!)

「「あの!!」」


そう思い切って出した声は、初めて通話したあの日のように重なって。

思わず互いに笑ってしまった瞬間に目に入った笑顔で、彼への恋心を自覚した。


+




「俺見た瞬間固まるからさ。一瞬俺にビビったのかと思った」


そう言う彼に、「そんなことないよ」と笑いかけながら目の前のカシスソーダを喉に流し込む。
ついにリアルでの対面を遂げた彼、三ツ谷君と私は、寒いし立ち話も…ということで、駅近くに居を構えるお洒落なバーへと移動していた。
私はカシスソーダ、彼はマティーニを注文し、酒を楽しみながら話をする…というか先ほど恋心を自覚し、かつ彼が予想以上の見目麗しいお姿で、そうでもしないと会話を続けられそうになかったというのがかなり大きかった。照明に照らされた彼の髪に、時々煌めく左耳のピアス。それらにドキドキしながらも何とか言葉を紡ぐ。


「にしてもいきなり会おうなんて言うからびっくりしたよ」

「あぁ…悪いな急に。忙しかったよな」

「ううん全然。メッセージ確認した時はもう終わってたし。」

申し訳なさそうな彼に慌ててそう言う。

「なら良かった。…いや、最近の声の感じとメッセージの文面で…だいぶ疲れてんじゃないかと思ってさ。電話で話聞くのでも良かったけど、どうせ家近いんだし、何かしてやれないかと思って…にしても突然過ぎたよな、悪かった」

思わず口に含みかけたアルコールを吹き出しかけたがなんとか堪えて、一気に飲み込んでしまう。ゲホゲホと思わず咽ていると、彼の少し骨ばった手が背中をさすり、益々咽てしまった。

「だ、だいじょうぶ…ありがとう…」

「ほら、水飲めよ」

手渡されたそれを飲み干し、ようやくまともに息を吸うことができた。
アルコールが回っているせいか、はたまた彼のせいか顔が火照っている気がする。

(会う前から優しい人だとは思ってたよ…!?通話で何か愚痴言うたびに凄い心配してくれるし、夜遅くまで話付き合ってくれるし…でも、、、でも!!!このビジュアルでこの振る舞いはダメだよ!!!こんなの好きになるじゃん!!!)


つい数刻前まで、会えば関係性が壊れるんじゃんないか…なんて心配していた私はどこへやら。
あっさりと彼への恋を自覚した途端、純粋に私を心配してここまで来てくれている彼を意識しまくっている。…全く現金な奴である。

「心配してた…てのもあるんだけどさ。もうすぐ えりさんと初めて話て1年くらいだから。会ってみたいなって…俺の願望もあったんだけど」

笑いかけてくる彼に胸が高鳴る。それ以上に、自分に会いたいと思っていてくれたことがこれ以上無いくらい嬉しかった。

「私も、三ツ谷くんと会ってみたかった…けどもし会ってがっかりされたり、ギクシャクしちゃったりして…もうこの関係が終わっちゃうかも…って考えたら中々勇気が出なかった。…だから心配して、態々今日来てくれて、本当に、本当に、ありがとう。こうして会えて凄く嬉しい!」

口から零れ出たこの言葉は、恋心云々の前から思っていた素直な気持ちだった。
大げさでも何でも無く、この1年私のメンタルを支えてくれていたのは、間違い無く彼だった。そんな恩人とでも言うべき彼にこうして面と向かって気持ちを伝えられただけで今は感無量だ。

「俺も。今日こうしてえりさんに会えて良かった。想像してた通り、可愛い人だってことも分かったし。」

「み、三ツ谷君!、い、いきなり、か、可愛いとか心臓に、悪すぎるよ!?」


少し酔っているのか、悪戯気な笑みを浮かべる彼にまた咽かけたが、今度は何とか返答することができた。
まぁ噛み噛みになってしまったせいで、全く持って迫力に欠けるのだが。

「はは、可愛いと思ってるよ。じゃなきゃ1年も連絡しないし、こうして会いに来たりもしない」

「またまた〜そんなこと言って…」

お道化た調子で返そうとしたが、彼の灰色の瞳がまっすぐ私を捉えるので、思わず口を噤んでしまった。
暫し二人で、薄暗い照明の中見つめ合う。さっきまで意識していなかった曲名なんて一切分からないジャズか何かのメロディがやけに鼓膜を震わせた。

(そんなこと言うなら、もうここで告白でもするぞ…!?)

緊張が最高潮にまで達しかけた私は、捨て身過ぎる考えを思いつく。
セリフが喉まで出かかり、口をついて出かけた瞬間だった。


「す…「…これからもこうして時々会ってくれる?」」

…本当に彼とは息が合い過ぎる。
寸での所でかき消された私のセリフをさらにかき消すように「え、あ、うん!勿論!」と勢いよく答えた後に、グラスに残ったカシスソーダを飲み干した。


(ま、まあ、今日が初対面みたいなもんだし…追々ね追々…)




24歳、マッチングアプリで出会った三ツ谷君との恋まではもう少しかかりそうです。





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