柴家、最終兵器の妹ちゃん。



月一で行われる東京卍會全体集会。マイキーをはじめ、各隊の隊長が都内に蔓延る無数の組の情勢や全体で共有すべき事項などを述べ終わり、お開きとなった頃。まばらになっていく人の中で俺も妹たちが待つ家へと踵を返そうとしていた。

「タカちゃん…ちょっといいかな…」

声がした方を振り替えると、ここ数年で俺よりもぐんと身長の伸びた男、弟分でもあり大事なダチでもある【弐番隊 副隊長 柴八戒】が何やら神妙な面持ちでこちらを見ている。
余りにもその表情が只事ではないといったものだったので、歩を止め、一体どんなことを打ち明けられるのかと生唾を飲みながら八戒に向き直った。
幼い頃に知り合ったこいつとはそれなりに互いの家庭状況も理解している。
母親が幼いうちに他界してしまい、それ以来八戒の兄【大寿】と姉の【柚葉】、そして妹の【花梨】の4人で暮らしていること、おまけに兄はかなりの曲者だ。
俺はというと母親はいるが、日夜俺と妹の【ルナ・マナ】を養育していくために仕事に明け暮れている為家にいることは殆どない。それもあって日常の家事は全て俺が担っている。
境遇は違うが、兄妹を支えながら暮らしているといった点では八戒の苦労も推し量ることができた。

「どうした八戒、なんか家の方であったのか?」

あまり思い詰めてほしくも無かったのでできるだけ笑顔で、フランクに尋ねてみる。
すると、意を決したのか改めて口を開いた八戒から出た言葉は余りにも予想外な言葉だった。


「タカちゃん!俺の妹に料理教えてやってほしい!!」

一瞬俺たちの間に静寂が流れたかと思えば

「…はぁ!?」


と、少ししてから思わず素っ頓狂な声が出た。

八戒の妹【柴 花梨】といえば…

≪成績は学年トップ。体力テストではオール満点。
人に優劣をつけず誰にでも優しい眉目秀麗な彼女、柴 花梨(しば かりん)はクラスメイトからの信頼も厚く、教師陣からの覚えもめでたい、正に学校一のマドンナ≫

そう鼻息荒く言っていたタケミッチに、「まあ、俺の妹だからな〜」と少し照れながら答えていた八戒を思い出した。
同い年の柚葉とは今でもそれなりに交流があるものの、2つ年の離れた花梨とは小学生時代に少し顔を合わせた程度。兄や姉とは打って変わって大人しい性分だった為か、一緒に遊んでいても話しかけたらすぐに八戒か柚葉の背に隠れるような子だったと記憶している。今はどうなっているかは分からないが、そんな完璧美少女に態々俺が料理を教える必要があるのか甚だ疑問に感じる。


「巷でも有名な完璧美少女に育ってんだろ?なんで態々俺が料理なんて…俺別に言うほどうまくねーぞ?」

思ったことをそのまま八戒に伝えると、「そうだけど…そうじゃないんだよ…」と力ない返事が返ってくる。俯く八戒に「おい、大丈夫か」と声をかけると今度はスマホの画面をずいっと目前に押し付けてきた。
視点が定まった目に飛び込んできたのは、皿に盛りつけられた食べかけのハンバーグ。そしてそれと一緒に机に突っ伏した柚葉と大寿が写っていた。状況が理解できずに何のコメントも出来ずにいると、八戒からの説明が始まる。


「これ…なんだと思う…?種も仕掛けもない、一見普通のハンバーグに見えるだろ…?でもさ、これ食べた瞬間、兄貴と柚葉がぶっ倒れちまって…他にもあるんだ、これはカレーなんだけど、いつの間にかクリームシチューみたいに白くなっててさ…どうなったらそんなことになるのか俺には分かんねえ…」

「………これ、もしかしなくても花梨ちゃんが…??」

「…そうなんだよ…このままだと俺妹に殺されそうで…」


どこか遠い目をしながらそう言う八戒に少し憐みの目を向けながらも、もう一度写真を見る。
火の調整を間違えて黒焦げにしたり、そもそも材料の配分を間違えていたり。並みの料理下手であればそれくらいのミスを大なり小なり犯し、見た目もまあ、そうなるわなといったものが出来上がるものなのだが。
どうにも写真に写る彼女の料理は見た目だけは完璧。ハンバーグもカレー(?)も画面上だけでは食欲をそそられる。しかし、実際にあの大寿が口にして倒れてしまったことと、目の前に証言者である八戒が思い出しては吐き気を催している様子から察するに味は相当アウトなのであろう。


「柚葉でも手に負えなかったんだけど、タカちゃんならきっと花梨をまともにしてくれるだろうと思って!!お願い、別に上手くなくてもいいんだ…とりあえずまともに食べれるものを作れるようになってくれれば…」

もはや半泣きになっている弟分が余りにも哀れに思えてしまって、俺は「お前がそこまで言うなら…」と無責任ながらもそう答えてしまった。


…………………………………



『お、お久しぶり、タカ兄…』

「おう、花梨ちゃん久しぶり。八戒に話は聞いてるよ、とりあえず入って入って」

『あ、お、お邪魔します…今日はよろしくお願いします』


八戒からの相談を受けて丁度1週間後、善は急げとばかりに俺と花梨ちゃんとのドキドキクッキングが俺の自宅で執り行われることとなった。休日だったのでルナとマナの幼稚園が休みであることが心配事としてあったが、「俺たちが見てるよ!」という八戒と柚葉の言葉に甘えて、二人に預けることにした。今頃遊園地にでも連れて行ってもらっているだろう。


玄関口に突っ立ったままの花梨を部屋に通し、椅子に座らせる。
きょろきょろと落ち着かない様子の彼女に麦茶と小皿にクッキーを数枚載せて出してやると、「あ、ありがとう…」と小声で言ってからクッキーを頬張る。どうやら昔と変わらず甘いものが好きなようで、食べた瞬間表情が緩み「美味しい…」と零したので、少し緊張が和らいだか…とこっちも安心する。

…にしても、八戒も柚葉も顔が整っているとは思っていたが、これは想像以上だ。
陶器のように白い肌。すっと通った鼻筋に、バシバシに生えそろった睫毛。肩下まで伸びた髪は、黒髪できっと一度も染めたことなど無いのだろう、ツヤツヤに光っている。これは美形好きの妹たちと対面すれば小一時間は離さない事態に陥っていただろう。こんな彼女が、あの大寿までを一口で沈めてしまう程の料理の腕前だとは一体誰が予想しただろう。


「で、今日は花梨ちゃんと料理をするんだけど…なんか、作りたいものとかある?」

緊張が解けたところで、本題に移る。
途端に真剣な表情になった彼女は、兄姉に何を言われたのかは想像に難くないが小さな拳を握りながら『は、ハンバーグのリベンジがしたい…!』と大きな黒い瞳をこちらに向けながら言った。

「ハンバーグな、卵もあるし、パン粉もある。合いびき肉も玉ねぎも揃ってるし…よし、じゃあハンバーグ作るか」

『う、うん!よろしくお願いします、タカ兄!』



・・・

「そうそう、いい感じ。みじん切りにした玉ねぎはさっと火を通して、その後はラップをして他の材料と混ぜるまでは冷蔵庫に入れとく。こうすれば食べたときに玉ねぎの甘みが出て美味しいから」

『みじん切りで、冷蔵庫…と、なるほど!』

俺が言ったことを反芻しながら、今のところ順調に下ごしらえを進めていく彼女。
このままいけば、どう考えても大寿をのしてしまった例のハンバーグだけにはならないことは確かだ。

「じゃあ、合いびき肉と、牛乳にひたしたパン粉、玉ねぎと溶き卵、味付けに塩コショウとナツメグを混ぜて、ボールを冷やしながら艶が出るまで混ぜる。あ、俺はちょっと洗濯物干してくるから、混ぜれたら、いい感じのサイズに取り分けて、ハンバーグのカタチに成型しといて」

『うん、頑張る!』

彼女が来る前から回していた洗濯機からピピーっと終了の知らせが聞こえたので、後は任せて洗濯物を干すことにする。
流石に後は混ぜて丸めるだけ。これなら俺が見ていなくても失敗のしようが無いだろうと思い、安心してその場を離れた。



それから20分ほど。
家族四人分の洗濯物をベランダに干し終わり、ほっと一息。
流石にハンバーグも丸め終わっているだろうと思い、リビングに顔を出すと綺麗に成型されたハンバーグが6つ程バットに並べられていた。


「おー、ちゃんとできてんじゃん」

『!!た、タカ兄、う、うん、ちゃんとできました!』


背後から声をかけると俺の気配に気付いていなかったのか、驚いた目でこちら振り返る。
後ろ手に何か隠したような気がしたが気にせずに話した。

「よし、んじゃ後は焼くだけだな。フライパンに油引いて3個ずつ焼いていこう」

戸棚からフライパンを取り出し、サラダ油を少々垂らす。薄く全体に引き伸ばし、優しくハンバーグを並べていく。

「中火と弱火の間くらいでじっくりな。両面に焼き色がついたら後は蓋して。全体に火が通った感じがしたら引き上げる。はい、ひっくり返してみて」

『うん、よっと…』

ジューっと美味しそうな音を立てながらハンバーグが半回転。
フライ返しも上手いもので、今回の一連の手際を見るに非の打ち所がないように思える。
そうこうするうちに順調にハンバーグに焼き色がついていき、無事に6つのハンバーグが完成した。

「ソースは今回は簡単に、焼いた後のフライパンにケチャップと醤油を少し入れて煮詰めて、完成!」

『やった!できたできた!凄い美味しそう!』


喜ぶ彼女と俺で思わずハイタッチをする。
テーブルに平たい皿を二枚並べ、焼きあがったばかりのハンバーグを1つずつ載せてソースをかけると、部屋中に甘いソースと少しスパイスの効いた肉の香りが鼻腔を擽りなんとも食欲をそそられた。
壁にかかった時計を見ると、早くも14時を指そうとしている。遅めの昼食も兼ねて、焼きあがったハンバーグと昨日の余り物のほうれん草の煮びたしと味噌汁というなんともちぐはぐな料理たちを並べ、昼食の準備が整った。


「すまねぇな、もうちょいマシなものを用意できれば良かったんだが…」

『全然っ、凄い美味しそう!タカ兄って本当に料理上手なんだね凄い…!』

ただの昨日の残り物でこれだけ喜んでくれるのが少し気恥ずかしくて、「ほら、冷めないうちに食うぞ」と急かすように手を合わせた。

「『いただきます』」


嬉しそうに箸を持ち、まずはハンバーグを一口サイズに切り取る。花梨も同じようにまずはハンバーグから手を付け、「うーん、美味しい!」とほっぺに手を当てている。それを見て無事に美味しくできたことに安堵しながら俺も同じように一口頬張った。

ガリッ

何故かハンバーグらしからぬ食感に少し顔をしかめてしまう。
目の前の彼女を見るが、こっちの様子には気づくことも無く既にハンバーグを完食。煮びたしと味噌汁を交互に食べているところだった。


(卵の殻でも入ってたのかもな…)


そんな風に思い直し、心なしか変な味がすることにも目を瞑りながら、彼女同様ハンバーグを食べ進めていった。



…………………………………

「タカちゃん!タカちゃん!」

「う…ん、…るせぇ」

耳元で何度も名前を呼ばれている。うんざりしながら、重い瞼を開けると何故かいるはずの無い八戒が半泣きで俺を見ているものだから慌てて飛び起きた。

「!八戒、お前なんで、…ルナとマナは?」

「二人は柚葉とまだ出かけてるよ、花梨からタカちゃんが倒れたって連絡があって、俺だけ慌てて帰ってきたんだ」

とりあえず妹二人の安否を確認して安堵するが、俺が倒れたというセリフに何の心当たりも無くて耳を疑う。

「俺が倒れた…?なんで…?」

「…花梨」

俺の質問には答えずに八戒は花梨を呼ぶ。椅子に座り恐る恐るこちらの様子を伺っていた花梨は八戒同様瞳に涙を浮かべており今にも泣きそうだった。

『ごめんなさいタカ兄…タカ兄が倒れたのは私のせいなの…』

「花梨ちゃんのせい…?」

いまいち状況が掴めず、思わず彼女に聞き返してしまう。
すると、後ろ手から何やら数本の瓶を取り出した。
八戒はその様子をため息をつきながら見守っている。

『私、皆に栄養付けて欲しいなって思って料理に隠し味として入れてるものがあって…それがこれなんだけど…』

目の前に並べられたのは【マルチビタミン、ビタミンC、ポリフェノール、プラセンタ】などなど所謂サプリメントと呼ばれる錠剤がいくつも入った小瓶たちだった。
どうやら、これを調理をする度に彼女が良いと思った効能を持つサプリメントをそれとなく混ぜていくお陰で、大寿や柚葉、そして俺までをのしてしまうまるで兵器のような料理を生み出していたようだった。


『ほんっっっとうにごめんタカちゃん!…家ではこいつがこんなもん入れてるの気づかなくて…今回態々こいつがサプリメントの瓶持ち出してまで持ってきてるから気づけたんだけど…』

ごめんっと八戒と花梨が同時に頭を下げる。
そんな様子を見ながら、「まぁ原因が分かって良かったよ」と返すも、頭の片隅では「ただサプリメント混ぜただけであんな兵器つくれるものなのか…」と七不思議に遭遇したかのような気持ちになりながらも、疲れてしまったのかまた重くなる瞼に逆らわず再び目を閉じた。








…後に、聖夜決戦と呼ばれる戦いの際、【柴 大寿】と相対した三ツ谷は、万が一大寿を倒せなかった場合は、花梨にお手製のカレーでも作ってもらって食わそう、なんて考えていたとかいなかったとか。








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