※お付き合い済設定
乙女(?)臨也










「最近シズちゃんが冷たい」

腐れ縁ともいえる闇医者のマンションに訪れた臨也は開口一番言い放った。常日頃彼のノロケに近い愚痴を聞かされている新羅はまたかと嘆息しながらも入れ立てのコーヒーを自分と臨也の前に置く。
「…とりあえず話は聞くよ。どうしてだい?」
それは新羅なりの精一杯の譲歩だった。しかし数秒後、彼はその仏心を激しく後悔する羽目になる。
「最近仕事が忙しいらしくて家で待ってたってすぐ寝ちゃうんだよ。勿論疲れてるのはわかるよ?シズちゃんが頑張って仕事してる姿はかっこいいし好きなんだけど、だけど触ってもくれないんだもん。俺はシズちゃんの好きそうな格好してみたりスキンシップしたりして精一杯誘っ」
「ストップ。君の気持ちは十全十美悉く理解したからこれ以上友人達の生々しい恋愛事情を聴かせないでくれるかな」

流々と淀みなく紡がれる言葉に耐えかねて制止をかければ途端に臨也の眉根が不満そうに歪められる。が、これ以上は新羅としてもご遠慮願いたいところだった。
「そう睨まないでくれよ。私だって改善策は考えてるんだから…そうだな、これなんかどうだい?」
「何これ…水?」
アンプルや薬を保管する冷蔵庫の中から新羅が取り出してきたのは小さめの瓶に入った、海外産のミネラルウォーターのような無色透明の液体で、受け取った臨也が人工灯に向けて揺らしても特に変わった点は見られない。

「一見水にしか見えないだろうけど、それは静雄が確実に臨也を見てくれる魔法の薬ってところだよ。それを静雄が帰ってくる少し前に飲んでみなよ、あっという間にあいつも君に無我夢中さ」
「物凄く胡散臭い説明だね…特に無我夢中の辺り」
どちらかというとドライで硬派な静雄が夢中になる姿などそう想像出来るものではなかったが、それでもその言葉は臨也の気持ちを靡かせるに十分だった。
「まぁ、試してみる価値はあるだろう?騙されたと思ってさ」

高校以来の旧友にまさか毒を盛られるという事はないだろうという過信と、つれない恋人の気を引きたいといういじらしい気持ち。その二つが相俟って、ついに臨也はその瓶をポケットの中に収めたのだった。












そして数時間後、臨也は己の判断に深く後悔を強いられることになる。
「〜…っ、騙され…た…ッ」
新羅に与えられた薬を飲み干し、もうすぐ帰ってくるであろう静雄を玄関先で待っていた臨也は内側から湧き上がる激しい熱に浮かされていた。

闇医者曰わく『魔法の薬』というのは性欲を高める薬、所謂媚薬だったらしく、液体状で摂取効率の良いそれは服用してから数分と経たない内に臨也の身体を疼かせた。
「ふざ、けんな…新羅ッ」
確かに静雄には触って欲しいしそういう行為にだって耽りたい。しかしこんな身体状態では翻弄されるだけになることは明々白々で、それは望むところでない臨也は壁伝いに熱い息を零しながら静雄の家を出ようとドアに手を伸ばす。

しかしそれは、一歩遅かった。

「ただい、ま…って臨也、お前また人のいない内に上がりやがったな」
伸ばした手先のドアから鍵を回す音がしたと思うと、静雄がドアを開けたからだ。彼は臨也の顔を見るなり眉根を寄せながら後ろ手にドアと鍵を閉める。
親しき仲にも礼儀あり、と今時の若者には珍しく古風な考えを持つ静雄は自分のいない間に臨也が上がり込むのをあまり良くは思っていないのだ。

「ご、ごめんごめん…この間来た時に忘れ物しちゃってさ。もう帰るから…ッ」
そんな静雄の横を妙に慌ただしく臨也がすり抜けようとしたその時、彼は持ち前の勘の良さで臨也の異変を察知する。反射的に男とは思えない程に細く白い腕を掴むと頼りない肩がびくりと揺れた。
「ッ…あ、!」

力強く掴まれた手首でさえ、肌の擦れる感覚が今の臨也には刺激となって唇から甘い吐息が突いて出る。
「……」
もう片方の手で口を押さえたが時は既に遅し。痛い程の沈黙が場に落ちた。

あ、どうしよう。今すごく、振り向きたくない。

後ろからかかる妙なプレッシャーは果たして自分の思い過ごしだろうか。そう思いたい、思いたいけれど。
意を決して壊れたぜんまい人形のように首だけを後方に向けた臨也の目に入ったのは、とても爽やかな笑顔を浮かべる男の姿で。

「面白いことになってるみたいだなぁ?いーざーやーくんよお?」


臨也はこれから自分の身に降りかかるだろう災難を思い浮かべると共に心中で友人たる闇医者を呪うのだった。











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