その、瞬間。

好き勝手に臨也を蹂躙していた男の手が不意に離れる。それどころか内腿に当たっていた不快感すらなくなって、驚きに目を開いた臨也の目に映ったのは鮮やかな青の生地だった。
強引に引き剥がされた臨也を追おうとした手は横から伸びた手のひらによって止められ、ギリギリと締め付けられる。
「ひ…ッ」

ともすれば折れてしまいかねない力加減で手首を握られた男が情けない声を漏らすがもう臨也にとってそれはどうでもいい事だった。
それよりも、自分を守るように片腕で囲いながらも射殺さんばかりに男へ視線を送る目の前の存在が信じられなかったからだ。
「シズ…ちゃん…?」

小さな問い掛けにちらりと臨也へ視線を送った静雄はこの狭い電車内で事を荒立てるつもりはなかったらしく黙って男と臨也の間に身を置いていた。が、ようやく池袋へと着き、雪崩るように人波に紛れてホームへ降りた瞬間男を強引に引きずり出して殴りつけた。

蛙の潰れたような声を上げて倒れ込んだ男はその時には既に失神していて、夕方の人気の多いホームは喧嘩と勘違いした女の悲鳴やら野次馬のざわめきやらで一気に騒がしくなる。

それに焦ったのは臨也で、彼はまだ怒りの冷めやらぬ様子の静雄の腕を掴み引くと脱兎の如くホームから逃げ出した。








ようやく人波から抜け出して息をついたのは普段は喧嘩場所に用いられるような路地裏。その頃にはいくら体力に自信のある二人と言えども息は上がっていた。

「っは…シズちゃん、何やってんの、あんな…ッ目立つこと、しちゃってさぁ」
「…ッうっせ…よ。手前が悪ィんだろ…が、あんな野郎、相手に何やってん…だよ」
地べたに胡座をかく形で肩を揺らす静雄に対して、臨也は直接地面に腰を降ろすことに抵抗があったのか木箱の上に腰掛ける。
「……っ…生憎どっかの誰かさんがナイフ全部折ってくれたからね…手持ちがもうなかったんだよ」
憎々しげな言葉と共に派手に手を広げる仕草を見せた臨也は先程までの様子が嘘のように普段通りだ。

「…あんな奴、素手で十分だろうが」
「俺はシズちゃんみたいな化け物じゃないんで素手で大人を黙らせるなんて無理なんですー」
「んだと手前…!」
しかしその調子で返していけば静雄の怒りの導火線に触れるのは容易で、勢いよく立ち上がった彼が赤いインナーの襟元を引き寄せると同時に臨也は表情を崩さざるを得なくなった。

「…ッ」
「!おい、怪我…してんのか?…そういや腕、掠ってたな」
飄々とした仮面をはぎ取られた臨也に驚いた静雄が様子を窺うように顔を覗くがそれは鋭い視線によって拒絶される。
「あんなの怪我の内に入んないよ。大体俺が黙ってやられてばっかだと思う?」
必死に矜持を保とうとしているようにも見える臨也の手に挟まれた物を見て、静雄は目を見張る。

「それ…」
「さっきのオッサンの定期入れ。ご丁寧に会社のIDカード入り…俺がただでやられる訳ないでしょ」
流石に抜け目のないこいつらしいと思わずにはいられなかったが、同時に臨也の手が僅かながらも震えている事も静雄は見逃さなかった。
「…それでも、抵抗なりなんなりしろよ。出来ねぇなら……俺呼べ」
臨也の姿を見つけて飛び乗った電車内での珍事は、何故か思い出すだけで静雄の心に靄がかかったような心持ちにさせて自然と言葉が口をつく。

「……は…?」
しかし臨也の茫然とした表情を目にしたところで、静雄は自分が口走ったことの重大さを知った。
「〜…とにかく!もうあんな親父に触られんなよ!あと新羅んとこ寄って帰れ!」
途端に熱くなる顔を背けて吐き捨てながら路地裏から駆け出る静雄は知らない。

「…………何それ」
ずるずると壁にもたれ落ちた臨也の表情など。

「シズちゃんてほんと、訳わかんない」








後日談にて死亡
(覗いた耳は赤かった)










くま様から頂きました
「来神時代で、痴漢にあってるところを静雄に目撃される非ビッチ臨也」
というリクエストでした。目撃どころか救出させてしまった私はやっぱりシズイザが大好きなようです。痴漢というのもですが非ビッチ臨也というのが特にツボで、臨也さんはビッチも非ビッチも大変美味しさ満天です。
くま様、リクエスト並びに温かいお言葉も本当にありがとうございました!







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