「おい、これ食ってもいいか?」
数週間前のある朝。いつもは何となくいたたまれなくなってさっさとその場を去る静雄が、臨也の家に泊まっていった事があった。
何処か穏やかな朝のリビングに、静雄が持ってきたのは冷蔵庫に入っていた一つのプリン。有名な洋菓子店のそれはプリンを好物と自負する静雄の目に大層魅力的に映った。
「…それ、俺が大事にとっといたんだけどなぁ。まぁいいや、食べなよ。薄給のシズちゃんと違って俺はいつでも買えるしね」
昨日の名残か痛む腰をソファで休めていた臨也はちらりとプリンを一瞥した後言い放つ。いつも通り減らない口に思わず静雄の手に力が籠もりかけるが甘いプリンの存在を思い出して握り潰すには至らなかった。

「そりゃあお情けありがとうよ。ったく、本っ当に口の減らない野郎だな」
悪態をつきながらも口に運んだプリンは程よい甘さで静雄の舌を楽しませて、こんな風に、臨也とも文句を言い合いながらも連むような関係を増やしていけたらと思っていた。

それなのに、どうしてこうも悪い方へ事態は進展してしまったのか。










今朝起きたばかりの事の顛末を言葉少なな頼れる友人に打ち明けながら静雄は深い悔恨に苛まれていた。
静雄が臨也にしたのはいわゆる強姦で、男に強姦が適用されないとはいえ許される事ではない。しかし以前から静雄の気持ちを聞いていたセルティは彼を責め立てることも出来なかった。

『静雄、もし臨也との関係を断ちたくないなら、素直に今までの事を謝ってお前の気持ちを打ち明けてみたらどうだ?』
PDAに刻まれる文字を辿った静雄は普段ならば見せない気の落ちようで頭を垂れている。
「許すと思うか?あいつが、今までプライド傷つけられてたのを黙ってやり過ごしてただけでも有り得ねぇのに」
「でもさ、何で臨也が今まで黙ってされてたかっていうのは良い着眼点じゃないかな」

そこへ不意に、コーヒーを入れていた新羅が口を挟む。新羅はコーヒーと一緒に静雄の前に洋菓子店のプリンを置いてセルティの隣に腰掛けた。
「静雄は何で臨也が今まで黙ってたんだと思う?」
それは高校時代から二人を見てきた新羅の核心をついた問い掛け。証拠がある訳ではないが新羅は一つの可能性を考えていた。しかし当事者である静雄はそれに辿り着けない。

「…よくわかんねぇ。あいつのやる事は高校の時から何考えてんだかわかんねぇ。…でなきゃこんな悩むかよ」
「…君達はさ、昔から難しい事を考えすぎなんだよ。考えて考えて考えすぎて、お互いにズレてしまう。改過自新と言うし、たまには当たって砕けろの精神でいってみたらどうだい?」
『砕けてどうする新羅!…でもまぁ、ここまで来たんだ。やっぱり素直に言ってみるのも手なんじゃないか?もしかしたら新しい道が開けるかもしれないぞ。無理にとは言わないが…』
辿り着く事はないが、二人の強い後押しを前にして静雄の心は決まった。

「そう、かもな…。…ん、やってみる。…謝って、言って、ダメだった時はその時考える事にする。…邪魔して悪かったな」
景気づけとばかりに出されたコーヒーを一気に胃に収めて目の前にプリンに目線を移した時、思い浮かぶのは数週間前の出来事。食べてしまったプリンの詫びも兼ねてと考えた静雄は小さな器を新羅の方へ掲げる。
「せっかく出してもらって悪いんだけど、このプリン貰っていいか?臨也の奴にやりてぇんだ」
しかし返ってきたのは意外な言葉だった。

「え?あげるなら別のものにした方がいいんじゃないかい?」
「は?だってあいつ好きだろ?プリン前に冷蔵庫に入っ」
「臨也は甘い物は嫌いなはずだよ。フルーツ類なら食べるけどプリンなんて…」
「……」
噛み合わない会話に辟易した二人を筆頭に、その場に沈黙が落ちる。それを破ったのは真っ先に結論に思い当たった新羅が零した笑い声。

「…臨也も、君とそう遠い気持ちじゃないんじゃない?わざわざ好物を用意して待ってるくらいだ」
先程の仮定が確信に変わった事を感じながら素直でない旧友と今後の展開を思うと弾む気持ちは止まらない。
「………臨也んとこ、言ってくる」



ことり、とテーブルに小さな器を戻して出て行く背中をデュラハンとその恋人は優しい眼差しで見送ったのだった。












3部構成になってしまいました…!次で終わります。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -