偶然一致【前編】




※臨也猫化パラレル
飼い主→静雄
飼い猫→臨也設定







その日、静雄の機嫌は稀にみる程下降の一途を辿っていた。
ここのところの仕事相手のくだらなさ(まあ風俗の使用料を踏み倒す輩だから当然とも言えるが)に嫌気が指していたのが一因。そして最大の原因は、目の前で悠長に毛繕いをする猫にあった。

最近この艶やかな毛並みの黒猫が以前にも増して触らせてくれなくなったのだ。
元の性格が素直でないこの猫は普段から触ろうとすると生意気に威嚇をしてくるきらいがあったのだが、ここ数日はそれが更に顕著で。素直でないながらも気まぐれにベッドには潜り込んできたというのにここのところはそれすらない。
つまりは、癒やし不足である。


一方、猫には猫で言い分があった。何を隠そう彼は今、発情期の真っ最中なのだ。
昼間は飼い主が仕事に出ているからいいとしても問題は夜。元の行動時間の関係もあってか夜は更に体が疼く。それなのにこの飼い主は暢気にも自分に触れようとするのだ。

そしてその大きく温かい手が嫌いでない自分がいるのもまた困りもので、思わず上擦った声が出そうになったのを何度堪えたか知れない。

―全く、シズちゃんも猫を飼うなら生態くらい勉強してよね―

心中で零してはみる彼は自分が普通の猫とは違う姿―人の姿に猫の耳と尾がついている―だとは失念しているようだ。


そんな二人の最悪のタイミングは最悪の形で合致してしまった。


「帰ったぞ、臨也」
「…ああ…おかえり」
今日も締まりの悪い蛇口のように言い訳ばかりを繰り返す取り立て相手に看板やら自販機やらを投げつけて制裁を加え、静雄は言いようもない疲労感に包まれていた。
しかし普段は不承不承ながら玄関で迎えてくれる臨也は居間のソファに鎮座しており、ぼんやりと虚空を眺めている。
「おい臨也、手前主人が疲れて帰ってきてんだからちょっとは労れ」
その様子に微かに眉間に皺を寄せて静雄が手を伸ばす。
「…ッ触らないで!」
しかしその手は乱暴に撫でる予定だった頭にたどり着く前に臨也の手によって叩き落とされた。一瞬茫然とした静雄の手の甲にうっすらと血が滲む。
「…あ…」
それを目にした臨也が我に返り、罪悪感に駆られた表情で手を伸ばすがその手首を取った静雄の表情は冷えていた。
普段は燃えたぎるようにしか感情を表現しない静雄の、本当に怒った時の、表情だ。
それを認識した瞬間、臨也の身体はソファへと縫い付けられていた。片手で両手首を押さえ込み、勢いよく倒された反動で息を詰まらせた臨也の上に馬乗りになる。

「手前にはちっと仕置きが必要みたいだな、臨也ァ」

普段自分を優しく撫ぜる長い指がゆっくりと静雄の目を覆うサングラスを外し、現れた静かな怒りに満ちた瞳を見て、臨也は自分が踏み越えてはいけない境界線を越えてしまった事を知った。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -