人一人持ち上げていることなど感じさせない俊敏さで静雄は出来る限り人通りの少ない路地を選んで家路を駆けた。

乱れていた服を整えた臨也は一見すれば何事もないように写るだろうが、ズボンの裾に少しついた男の欲望の痕跡や憔悴した表情を見られれば何があったかは想像に難くない。
何より同じ男に抱き上げられて動き回ること自体、プライドの高い臨也には屈辱だろうと考えた上での行動だった。

臨也は実家暮らしで、そろそろ小学生である妹達が帰る時間だ。一方静雄は高校に入ると同時に一人暮らしを始めていた為、敢えて臨也の家ではなく自宅へ向かう。

小綺麗とまではいえないがそこそこに手入れをされたアパートの階段を上がり、自室に踏み入れると静雄は自分の靴を脱ぐ。と同時に臨也の靴も片手で脱がせて玄関に転がした。

「…立てるか?」
静雄が負担のかからないようにゆっくりと上体を起こして目線を合わせると顔を伏せた臨也の頭がこくりと動く。
その顔は俯いていて表情がわかりにくかったが先程よりは血の気が戻っていることが見てとれて、静雄は玄関先の床板にそっと痩身を下ろした。

「シャワー浴びてこい。服は…俺のじゃデカいかもしれねぇけど、用意しといてやるから」
「…まさかシズちゃんにそんなお優しい言葉かけられる日がくるなんて思わなかったよ」
自嘲気味に笑った声すら掠れて痛々しい臨也に静雄は黙ってその手を引くと浴室へと導く。

側に備え付けてある棚からバスタオルを取り出して脱衣入れに使っている籠に入れれば視界の端でゆるゆると臨也が自分の服に手をかけている姿が写った。

それを確認して静雄はリビングへと向かう。さして広くない室内では臨也の脱衣の気配が感じられる程の距離ではあったが、あそこにいるよりはいいだろうと判断した上だ。

程なくして耳に届く浴室の扉の閉まる音と緩く捻られたシャワーの水音にようやく胸を撫で下ろして、ブレザーを脱ぎ捨てるように置くとポケットに入りっぱなしになっていた煙草に火をつける。

肺の奥深くまで吸い込めば感じている苛つきが僅かながら落ち着くのを感じた。何に高ぶっているかなど、静雄自身にもわからない。
それは数分後にシャワー音に混じって浴室から漏れ聞こえた臨也の泣き声を聞いても尚。



ただ、独りで彼を泣かせておく事は出来なかった。











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