※臨也先天性女体化
一人称「私」
正直ただのバカップルです
プルルルルルルル
軽快な電子音を聞くのは今日何度目だろう。そりゃあ自由業の私と違ってシズちゃんが日中忙しいというのはわかってる。わかってるけど。
「ちょっとくらい出てくれたっていいじゃん」
ついには直接留守電に繋がるようになってしまった電話をポケットに突っ込んで久々に訪れた池袋の街を歩く。
最近は膨大な情報整理に追われて新宿の事務所に缶詰め状態だった私は当然シズちゃんとも会えていない訳で。恋人という関係性の相手と会えないのが寂しいという気持ちは、私にだって一応存在はするのだ。
大体、私が忙しくて池袋に行けないならシズちゃんが新宿に来てくれればいいのに。
心の中で愚痴ると同時に缶詰めが始まった頃「構えないから暫く来ないで」と言った記憶が蘇らないでもないがそれは無視だ。
「シズちゃんのばーか…ニブチン」
今日は珍しく仕事以外で(つまりはシズちゃんに会いに)池袋に来たっていうのにこれじゃあ予定も台無しだ。憂さ晴らしに買い物でもしようとサンシャイン通りを闊歩する私の顔に不意に、影がかかった。
*****
今日何度目だろうか。緊迫した取り立ての空気に全くそぐわない軽快な、某子供向けのパンが空飛ぶ番組の主題歌が響いたのは俺の胸ポケットからだった。
思わず顔が引きつる。
とりあえず流れた曲に爆笑しやがった取り立て相手はブッ潰して何件かの取り立て先を回った頃、ついに話題に触れる勇気を出したトムさんは俺の横で神妙な面持ちを作った。
「静雄…さっきの、また例の彼女の悪戯か?」
「…っス。」
「設定変更、出来ないのか…?」
「あの女、いつの間にか俺の暗証番号新しいのに変えてて、設定ロックされてんです」
頭の中に流れては消える愛と勇気に自然と眉間の皺が深くなる、と同時にトムさんが少し距離を取った。
二度とさっきのような事があってたまるかととりあえず切っていた携帯の電源を再び入れると、あの後も数件の着信が入っていて、電源を入れていなくて良かったという気持ちと少しの罪悪感。今日は急いで回らなけりゃならない取り立てが多かったから折り返しの電話も入れてやれなかった。
「すんません、トムさん。ちょっと電話します」
前に会ってからどれくらいだ?確かあいつに「暫く忙しいから会えない」と告げられてはや1ヵ月ちょい。よくもったな俺。
そんな事をつらつらと考えながらトムさんと距離を置いて着信履歴の一番上の番号をそのまま発信。するとほどなくして聞き慣れた、しかしどこか懐かしさすら感じる澄んだ声が耳に届く。
「あ、シズちゃん?もー!ちゃんと電話出てよ。帰っちゃうところだったんだから」
「こっちは仕事だっつーの。何だ、池袋来てんのか?」
不満を露わにした声色はあいつのぷりぷりと怒る様が目に浮かぶようで、それすらも1ヵ月ぶりと思えば愛おしくなってしまうから不思議だ。
しかしそんな浮かれた俺の気持ちは、受話器口から聞こえた音によって一気に打ち砕かれる。
「なになに?彼氏から電話?」
「いいじゃん。今まで放ってた彼氏なんか置いといてさ、俺らと遊ぼうよ」
「いっそ彼氏に見せつけてヤキモチ妬かせちゃうってどーよ?」
ギャハハハと下品な笑いと共にそれに反抗するようなあいつの声。それを受信したのを最後に、俺の携帯は手の中で無惨な最後を迎えていた。