all the world and his wife.
※猫臨シリーズ拍手連載第二弾
壁を伝って路地を曲がり、公園の茂みを抜けて大通りへ。
陽が落ちてもうだいぶ経つというのに、雑踏には人間が溢れ返っていた。人、人、人で溢れ返る通りを、俺は行くあてもなくただ歩き続けていく。
きんと冷えたアスファルトに触れた四肢は指先からゆっくりと凍り付いていくが、もくもくと足を動かし続けた。
はあ、と吐き出した吐息が目の前をほんのりと白く染め、風に乗って背後へと流れていった。


(寒い……)

どれぐらい歩いただろう。無意識に震えた肩が、ずっしりと重たいことに気づいた。
足の先に鉛玉をくくりつけたようで、歩くことすらままならない。
路地の片隅に見つけた飲み屋の看板の陰に身体を滑り込ませ、できるだけ小さく身体を丸める。
疲労のせいか、酷く瞼が重たかった。
このまま眠ったら、シズちゃんのこともろっぴのことも、何も考えずに済むだろうか。
そんな馬鹿なことをぼんやりと思いながら、丸めた腕の隙間に鼻先を突っ込んだ。
俺らしくもない。ヤケになったところで、何も解決なんかしないことは分かりきっている。今の自分に必要なのは、こんな路地裏でうらぶれている事じゃない。
分かっているのに――小さな四足はピクリとも動かなかった。

これは罰なのだろう、と思った。シズちゃんと真正面から向かい合ってこなかったことへの、罰。

デュラハンや妖刀なんて曖昧な存在が跋扈する池袋という町だ。
たとえば、この町にバカンス休暇中の神様がいて、俺たちをこっそり見ていたとしてもなんら不思議ではない。
本心を口にしないのなら、言葉なんか持っているだけ無駄だろう、と。俺からそいつを取り上げた。
すべては神さまとやらの気まぐれで、すべては俺の自業自得なのだ。
一度ならず二度までも同じ失敗を繰り返す俺に、頭上からこちらを見下ろしている彼はきっと呆れているのだろう。
当然だ。俺自身、馬鹿らしくて笑う気も起きないくらいなのだから。

(ああ、眠たくなってきた)

うつら、瞼が下がってくる。思考を放棄しかけた俺の耳元で、ちりり、と小さな音が弾けた。



『おい』

反射的に跳ね起き、身体をぐるりと旋回させる。背後から振ってきた声の主は、俺の反応に驚いたのかわずかに目を丸めた。
俺よりも一回りほど大きな体躯の猫。ガタイは良いが痩せぎすな身体は、都会の野良猫と名乗るに相応しいように思えた。
いびつな鍵尻尾をゆらりゆらりと左右に揺すりながら、彼はこちらをじっと注視していた。
すらりと伸びた髭を小さく上下させ、俺の首元に鼻先を寄せる。ふんふん、と鼻をならしたかと思うと、小さく小首をかしげる。

『何だ。死んでんのかと思ったのに』

淡いクリーム色の縞模様に、手足の先は真っ白な毛で覆われている。瞳の色は、キャラメルを煮詰めたような不思議な色合いをしていた。
首元に巻きつけられた細身の首輪は、柄にもなくリボンの飾りがついている。その下で揺れる鈴が、彼の身動きに合わせて季節に似つかわしくない涼やかな音色を響かせた。

『こんなとこで寝てると本当 に死ぬぞ』
『余計なお世話だよ。野良猫風情に同情されるなんて、俺も落ちたもんだ』

あまりにも普通に話しかけられたものだから、相手が猫だということも忘れて大人気ない対応をしてしまった。
いや、今は俺も猫だから、立場的には対等なのか。言葉が通じあっていることにも、もう今さら驚く気にもなれない。
舌打ちを鳴らす代わりに、尻尾の先端をぶんっと振るう。人間の手足があったなら、しっしっ、と追い払う仕草ぐらいはしていただろう。
そっぽを向いた俺に気を悪くするでもなく、彼は小首を傾げて俺の周りをぐるりと一周回った。品定めされるような視線が、心底不快だ。

『お前だって似たようなもんだろ。飼い猫なら、こんな時間にこんな所を散歩したりしねえし』
『……うるさいな』

一回り終えた猫は、俺の正面で居住まいを正した。心なしか、先ほどより距離が近くなっている気がする。
ふい、とそっぽを向いて、俺は奴から逃げるように路地に足を踏み出した。
人混みをすり抜けるように駆け出すと、泥酔したサラリーマンの群衆にぶつかった。
おぼつかない足元を掬われて尻もちをついた中年の男が怒声を浴びせかけてくるが、後ろを振り返りもせず走り抜ける。

『なあ、お前このへんの猫か?』
『ちょっと!ついて来ないでよ!!』

短い手足を駆使してぐんぐんとスピードを上げていくが、金色の猫はめげずに後をついてくる。
道の隅っこに倒れたゴミのバケツを足がかりに壁に飛び移り、細い足場を慎重に歩いていく。
小さめの俺のつま先でようやく歩けるかという幅しかない足場だ。あの体躯では、ここまでは来れまい――という俺の目論見を嘲うように、
奴は補助なしで壁にそのまま飛び乗って器用にくるりと一回転してみせた。畜生、逃げ場を塞がれた。
 
『別に取って食おうっていうんじゃねえから逃げんなよ』

なんだこいつ、新手のナンパか?ていうか、猫でもナンパとかするのか?
そもそも、俺一応男なんだけど。いや、オスなんだけど。動物同士でもそっちの趣味の奴がいるのだろうか。
身の危険を感じ取った俺は、相手に気取られぬようにそっと身構えた。
愛用のナイフはないが、丹精に研ぎこんだ爪は健在だ。いざとなったら、目ぐらいは潰してやる。

前足にぐっと力を込める俺に向け、彼は悪びれる様子もなく一声鳴いた。

『ここからツキシマまで、どうやったら行けるか知らねえか?』









猫月島登場。
彼は道に迷ってるイメージが強いので、こんな扱いに。

(2014.12.26)

all the world and his wife.
猫も杓子も。
まったく、どいつもこいつも!




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