スリーカウント
※ろち→→→(←)シズ風味。
“可愛い”という単語は、女の子のために存在している。
ある種、極論とも呼べる思考ではあるが、六条千景はそう信じて疑わなかった。少なくとも、ほんの数か月前までは。
女性とは、えてして“可愛い”ものだ。男を“癒す”存在であり、そんな彼女たちは男から守られるべきであると。それが、千景の世界を絶対的に支配するただひとつのルールであったし、そのルールさえ違えなければ、どんな状況下であれ“彼”は“彼”でいられた。

だから、今ここに居る自分は、もしかしたら六条千景という男ではないのかもしれない。
いつの間にか宇宙人に中身をすり替えられていて、自分自身ですら気付かないうちに何か違うものへと変容してしまったのでは――などと思考が飛躍しかけたところで、「ああ、これ、知り合ったばかりの頃にノンと一緒に見た映画の内容だっけ」と思い至った。
彼女もまた、千景のお気に入りの“可愛い”女の子の一人だ。街中で声をかけて、話が弾んで、あっさりとそういう関係にまで持ち込めた。それなのに、今はもう顔もぼんやりとして思い出すことができない。
「食わねえのか?」
もう三個目の蜜柑を剥き終え、甘く熟れた果肉を一心に口に詰め込みながら、“可愛い”とは対極に位置する男――平和島静雄が、不思議そうなまなざしで千景を見やる。
「んー……、うん。いや、食うわ」
「どっちだよ」
手の中で揉み込んだ蜜柑のへそに親指を突き刺す。あたりに立ちこめる柑橘系の匂いが、むわりと濃くなった。


* * *


あの瞬間、すべてがスローモーションみたいに感じられた。
静雄の頬に自らの拳を叩きこんだ刹那、彼は心の中で勝利の雄叫びをあげていた。数秒後には、乾いたアスファルトに倒れ伏すであろう男の姿が、千景の脳裏にははっきりとしたビジョンとして浮かんでいた。
少なからず修羅場をくぐりぬけてきた経験と、To羅丸という一大組織を束ねてきた実績。くわえて、噂に名高い「池袋最強の男」は、拍子ぬけするほどに華奢な体躯の優男であったから。
彼はまだ知らなかったのだ。自分が想像だにしないような怪物が、この池袋という街に息づいていたことを。その化け物が、自らの運命をことごとく変えてしまう男だということを。知っていたら、あるいは彼はあの日、池袋へは来なかったのかもしれない。
男――平和島静雄は、とてもきれいな目をしていた。自分の望みは、名前の通り静かに暮らすことなのだ、と。確か、そんなような意味合いの言葉を訥々と吐き出していた。今しがた顔面に一撃を入れられた人間のものとは思えないような、淀みなく透きとおった目で千景を見据えながら。
あの瞳に目を、心を奪われてさえいなければ、戦局は違ったものになっていたのかもしれない。が、それも今や過ぎたことだ。
静雄が拳を握り込む。それがゆっくり、ゆっくりと、自分に向けて押し出される様が、まるでコマ送りのように目の前で再生された。
油断大敵。人間、万事塞翁が馬。やがて自身が世話になる、どこぞの闇医者があげつらえそうな漢字だらけの言葉が、千景の頭の中をぐるぐると駆け巡った。
「寝 て ろ」
最初の一打が、無防備な顔面に容赦なくめり込んだ。それがすべての始まりで、すべての終わりだった。



池袋に通うようになって、数週間が過ぎようとしていた。
千景の住む埼玉と静雄が活動拠点としている池袋は、川越街道一本でまっすぐに繋がっている。渋滞と縁のないバイクを飛ばせば、一時間とかからずに行き来することができる。
その手軽さも手伝って、千景は時間さえあれば池袋へと足しげく通い詰めた。人混みがラッシュとなる夕刻の大通りを避け、バイクを停める場所は決まって彼と初めて対面したあの場所だった。繁華街から少し奥まった場所なだけに人目に付きにくく、静雄の帰路の途中なため、かなりの高確率で遭遇することができる。
「よう、旦那」
薄暗い夜道を、バーテン服の男がゆったりとした足取りで近づいてくる。千景は慣れた様子で右手をかかげ、愛車のタンデムシートから腰を上げた。
自販機の照明が逆行変わりとなっているせいか、彼はかなり至近距離に近づいてようやく千景の存在に気づいたようだった。
「また手前か」
最初のうちは、声をかけても気づかれないことの方が多かった。自分がボコボコにした喧嘩相手が、なんの敵意もなく話かけて来るなどということ自体、静雄にとっては信じられないことであったのだ。気付かれず、警戒され、普通に会話が成立するようになったのも、つい最近の話である。
「今日は何しに来た」
吸い寄せられるようにバイクの前にまでやってくると、彼は決まってそこで一本、煙草を吸っていく。そのわずかな時間だけが、千景に許された憩いのひと時であった。
「つれない事言うなよハニー。今日も昨日もその前だって、俺は静雄に会いに来てんだぜ」
「はあ〜……」
吸いこんだ煙とともに大仰に溜息を吐き、静雄は金髪をがしがしとかき回した。
「何が楽しくてわざわざ俺なんかに会いに来てんだか知らねえが、学生なら学生らしく同年代とつるめよ」
「子供扱いすんなよ。ちゃんとアッチの方は大人だぜ?」
「ぶっ、大人通りこしておっさんだろそれじゃ」
――あ、笑った。
ぶは、と煙の塊を吐き出し、「しょうがねえな」とぼやきながら、彼はちっともしょうがなくない顔で頬をゆるめる。普段の鉄面皮からは想像がつかないが、素の彼は存外幼い面立ちをしている。つられるように、千景も口もとを綻ばせた。
「年齢とか、性別とか。そんなん関係ねえだろ?俺は静雄に会いたくて、ここに来てんだよ」
これもまた、幾度となく千景が口にしてきた言葉だった。静雄の返答は決まっている。
「何だそりゃ」だとか、「もの好きな野郎だな」だとか、総じて手ごたえがない。だから今日はもう一手攻め込むことを、あらかじめ腹に決めてここまで来たのだ。
「おい?」
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと待ってくれ」
すう、はあ。息を吸って、吐いて。どう頑張っても赤く熱を帯びる顔を、必死に冷まそうと試みる。結局は無駄なあがきに終わったけれど。
地元からバイクを走らせるさなか、赤信号で止まるたびに何度も引き返しそうになった。
今もそうだ。まっすぐに自分を見つめる穏やかな両目から、しっぽを巻いて逃げ出したい衝動にかられている。埼玉最大級の暴走族『To羅丸』の総長ともあろう男が、仕掛ける前からくじけそうになるだなんて。自分の傘下に付く有象無象の男たちには、とてもではないが見せられないありさまだな、と思った。
よっしゃ、と声を張り、自らの頬を両手で叩く。静雄に殴られた傷は未だ完治しきっていないため、じくじくと鈍い痛みが顔全体に広がった。そのおかげで、何かが吹っ切れたような気がした。
「俺、静雄のことが好きだから」
唖然としている静雄に向きなおり、千景は勢いに押されるままきっぱりと言い放った。
しんと静まりかえった路地には、遠くからかすかに聞こえる雑踏の物音だけがさわさわと空気を震わせていた。「なんちゃってー!本気にした?」と、茶化して逃げ出したい衝動にかられるが、ぐっとこらえて静雄の出方を待つ。
殴られるか、怒鳴られるか。あるいは、想像もしないような別の反応が返ってくるのか。
千景にとって、平和島静雄は未知数の塊だ。今まで誰に何を言われようがブレることのなかった己の価値観を、粉々に砕いてしまえるような。そんな絶対的な強さの象徴でもある。
もちろん、悩まなかったわけではない。憧れや敬仰といった感情だと思い込もうとあがきもした。考えて考えて、煮詰まった頭の中からすうっと熱が引くとき、そこに残されているのは静雄の奇麗な瞳の色だけなのだ。それが何よりの答えだった。
「そうか」
短く燃え尽きた煙草を携帯灰皿に詰め込みながら、彼は名前の通りに静かな声音で呟いた。
「つまり今、お前は俺に告白したっつーことか?」
「そうなるな」
「そうか」
なんだか、こんなやりとりを前もしたな。
緊張の糸がぶっつりと途切れ、千景はどこか他人ごとのように考えていた。あの時と同じ流れになるのであれば、この後に待っているのは鉄拳制裁だ。
いっそ、そうなってくれれば諦めもつく。自分はまた女好きのフェミニストに戻り、平和島静雄といたずらに交錯した時間も帳消しになるのかもしれない。
ゆらり、目の前の人影が動きをみせた。千景の顔へむけて伸ばされた手は、そのまま彼の頭の上に置かれる。
「ありがとうよ」
犬を撫でるような手つきでくしゃくしゃと髪を掻きまわし、静雄は照れくさそうに笑った。
ああ、“可愛い”なと。千景はその面ざしに見とれていた。


* * *


「この蜜柑、甘いな」
「おー」
「六条?」
「おー」
「……おい」
「おー……っで!いってぇ!」
バチン、と。目の前で何かが弾ける音がした。脳みそを直接シェイクされるような衝撃に、千景は雷に打たれたように背筋を硬直させた。
たまらず非難がましいまなざしを向けるが、静雄は人差し指をこちらに向けたままニヤニヤと笑っている。どうやら軽いデコピンをお見舞いされたらしい(軽い、といっても相手はあの平和島静雄だ。痛いものは痛い)
口に入れそびれたひと房が、千景の手の間からぽろりと零れ落ちた。己の分をたいらげ終えた静雄は「もったいねぇな」とぼやき、拾いあげたそれを口に運ぶ。
「……なんかこれ、食べやすいな」
「ああ……俺、白いとこ苦手で取るから。っててて」
以外にも細かいところを気にする性分なのか、千景のむいた蜜柑は白い筋が綺麗に取り除かれていた。口の中に放り込むと、つるりとした皮の感触と甘い果肉が静雄の舌を楽しませた。
「大げさな野郎だな」
「俺が大げさなんじゃなく、静雄の力が大げさなんだっつーの」
「そうかもな。けど、お前にゃ大して効果ねえだろ」
ふにゃりと力なく笑うその表情に、千景は己の鼓動が跳ねるのを感じていた。
――くそ、なんだよその顔。反則だろ。
額をさするふりをして、さりげなく顔を隠す。放っておくと崩れてしまう口元を、自分でどうすることもできなかった。

あの夜を境に色々なものが変わった、と千景は思う。
夜道で待ち構えていても、静雄が眉をしかめることはなくなった。夕食に誘えば、行き着けだという寿司屋に案内もしてくれた。
その席で千景は、彼が酒に弱いということ、甘いものが好きだということを知った。だから、その次に会ったときは、事前にネットで調べておいたカフェに連れていくことにした。
何度か逢瀬を重ねる中で、二人の関係はゆるやかにだが変化を遂げた。今回こうして静雄の家に足を踏み入れることができたのは、本当にたまたまだったけれど。その土台作りをしたのは千景自身だ。
それは、長年雨風に晒されて、コンクリートのように固まってしまった地盤を耕す行為にも似ていた。少しずつ、少しずつ。鋤き起し、水を与えて、千景は丁寧に静雄の心を解きほぐしていった。
愛という種をまくのは、彼が完全に心を許してくれてからでも遅くはない。
あの夜、先走って想いを吐露したことに後悔はなかった。けれど、静雄は明らかに困惑していたし、自らの気持ちを受け入れてもらえるだけの土壌が彼の中にないということを、千景はまざまざと思い知らされた。
(……長かったなぁ、ここまで)
道行く女の子に声をかけるとき、相手に脈が見えないとふめば、あっさりと身を引いてきた。
この世の半分は女だ。池袋のような繁華街を歩いていれば、好みの範疇にある女性だって数え切れないほど歩いている。一人目がだめなら、二人目へ。二人目がだめなら三人目。
多くの女性と交流を持つためには、それが一番賢いやり方だと確信していたし、何の罪悪感も持っていなかった。不誠実だと批判されることもあったが、己のスタンスを変えるきっかけにはならなかった。
だが、今回ばかりはそうもいかない。男だとか女だとか、そういう括り方などどうでも良いと思えるほどに、千景はたった一人だけを求めている。不特定多数の“女”という生き物ではなく、“平和島静雄”というただ一人をだ。
こんな感情を抱いたのは初めてで、なりふりなんか構っていられなかった。決して葛藤がなかったわけではない。ただ、じっとしていられなかっただけだ。

「不っ器用だなー。貸してみな。俺が剥いてやるから」
千景が丁寧にむき身にした蜜柑がよほど気に入ったのか、静雄はちまちまと蜜柑の筋と格闘している。
机から身を乗り出して、手の中でもみくちゃにされた哀れな蜜柑を救出した。彼があらっぽく皮を剥いだそれは、ところどころ果肉が露出している。
「こういうのは女の子の服を脱がすみたいに、優しく丁寧にやらなきゃだめだぜ」
「女の服、ねぇ」
静雄は気の無い声で言うと、綺麗に処理された蜜柑を受け取り、口に運び始める。
「静雄は女と付き合った経験あるのか?」
「あると思うのか?」
怒るでもなく淡々と答える静雄に、千景は肩をすくめてみせた。
「良いもんだぜ。世界が薔薇色に変わるっつーの?まあ、俺は静雄に出会ってから、毎日薔薇色だけどな」
「お前……よくそういう歯の浮くような台詞言えんな」
「言ってるだろ?俺は静雄のおかげで、真実の愛ってやつに目覚めたんだって」
はあ、とこれみよがしに息を吐き、静雄が苦々しく笑った。
千景がストレートに自分の胸の内を打ち明けたのは、あの夜――最初の一度きりだ。それ以来、何度か押しをかけてはいるが静雄には響いていないように思えたし、彼がそういった空気を意図的に避けているようにも感じられた。
女の子相手であれば、押して押して、押し倒すことは容易だ。池袋最強の男を相手に、それが不可能であることは実際に拳を交えた千景が一番よく知っている。第一に、そんななし崩しの方法で手に入れたいとも思えなかった。
「そういうのは、それこそ女に言ってやれよ。こんなとこで男同士で顔つき合わせてても仕方ねえだろ」
千景の顔が、一瞬にして凍りつく。蜜柑の皮をもてあそんでいた指先が、ぐっと拳の形を作った。
ゆっくりで良い。今はまだ、静雄からの見返りなど期待していない。自分の気持ちがほんの一ミリでも、一グラムでも彼の中に入り込めれば、それで十分だ。そう自分に言い聞かせることで、千景は今の危うい関係を何とか保てていたと言える。
だからこそ、静雄の一言はことさらに胸を抉った。
「……なあ、静雄」
「あぁ?」
最後のひと房を大切そうに租借しながら、静雄が間延びした声を発する。
今のこの関係も、嫌いではない。お互いが酸素に変わってしまったかのように、自然とそこにある。居心地がよくて、楽なだけの関係だ。
けれど、千景はそれでは満足できない。色々なものを踏み台にして、我慢をして――そうして、このぬるま湯に浸っているのだということを、彼は今この瞬間にようやく自覚した。
「そうやって、あんたはいつも逃げるんだな」
「なに――」
憎らしいぐらいに何も考えていない静雄のその表情と声に、気ばかりが急いていてもたってもいられなくなる。低い座卓に手をついて立ち上がり、狭い室内をずかずかと横切ると、静雄の隣へとに回りこんだ。
ダン、と日に焼けたフローリングに手のひらを打ちつけ、一息にまくしたてる。
「好きだ。好き、なんだよ。言ったよな?俺は、あんたのことが好きなんだ」
普段のトーンとは違う切迫した声音に、静雄は目を丸めて硬直している。
こういうとき、千景には彼の不器用さが恨めしく思えてならなかった。とっさのリアクションとしては、一番傷つく。まるで、衝撃的な事実を知った瞬間のような。千景はずっと、彼に気持ちを伝え続けてきたというのに。
「おいっ……?!」
制止を振り切り、静雄の胸板に体ごとぶつかっていく。まったくの無防備な状態であったためか、彼は勢いよく飛びこんできたを千景を受け止めきれずに床に倒れ込んだ。
目を白黒させている男の顔を覗き込むようにして、千景はその躯に圧し掛かかる。存外に華奢な手首は頭の横でそれぞれフローリングに縫いとめ、ずい、と顔を寄せた。鼻頭が触れ合いそうな距離に、静雄が焦ったような声を上げた。
「ちょっと待…、六条っ」
「千景だ」
ああ、駄目だ。まだ、今はそのときじゃない。頭の片隅で冷静に引き止める声が聞こえるが、千景はそれを振り切るように声を荒げた。
「俺の名前。忘れちまったか?」
トムさん、新羅、セルティ、ヴァローナ――。
決して交友関係が広いわけではないが、彼は親しい人間のことはファーストネームで呼んでいる。たわいもない会話を交わすうち、千景はそのことに気づいた。同時に、いつまで経っても名前で呼んでもらえないことに、焦りばかりがつのった。
「なあ、呼んでよ。千景、って」
「…………」
静雄は何も答えない。ただじっと、千景の顔をにらみ付けている。それが答えなのだと、そう思った。
「嫌なら、この手を振りほどいて、いつだかみたいにぶっ飛ばしてくれ」
初めて出会った時と変わらない澄み切った瞳が、天井から注ぐ白熱灯の光を反射してキラキラと瞬く。
「そうしたら、全部……終わりにすっから」
消え入りそうな声で、そう吐き出すのが精一杯だった。両手の拘束を解き、千景は汗のにじんだ手のひらで静雄の頬を撫でた。
このまま口付けて、何もかも滅茶苦茶にしてしまいたい。きっと、かつての彼ならそうしていた。
「終わりにするってのは、どういうことだ」
「……そのまんまの意味だよ。もう、池袋には来ねぇ」
「そうか……」
不自然な沈黙が流れたあと、唐突に静雄は身体を起こした。バランスを崩して背後に倒れ込みかけた千景のシャツの襟元を引っ掴み、勢いのまま頭突きをお見舞いする。
さきほどのデコピンの比ではない痛みと衝撃に、千景の意識は一瞬白む。遅れてやってきた痛みと、「ああ、終わったな」という絶望が重なって、胸がきりきりと締め付けられるようだった。
このまま意識を失えば、少なくとも情けない顔を見られずに済むだろうか。自棄気味に笑み、千景は瞼を閉じる。だが、それを許さないとばかりに、掴まれたままの襟首を手荒く引き寄せられた。
「……っ」
二撃目の打撃に備え、固く目を瞑りなおした。と、千景の上唇をふいに柔らかな感触がかすめた。
え、と間の抜けた声を漏らし、恐る恐るまぶたを開くと、潮が引くように静雄の顔が遠ざかっていくところだった。
「……無神経なこと言って悪かった」
何で、どうして、とまくしたてかけた千景を制するように、彼はぽつりぽつりと言葉を吐き出し始める。
「俺はこんなだからよ、今まで恋愛なんか縁がなかったし……どうしたらいいのか、全然分かんなかった」
お前の言うとおり、逃げてたのかもな――そう口にした静雄は自嘲的に笑っていたけれど、その表情はどこか晴れやかにも見える。
「好きとか嫌いとか、あんま考えてこなかったんだけどよ。だけど、お前と一緒に居るのは楽しかったし、居心地が良かった。それが無くなるのは嫌だって、そう思った」
じんじんと鈍い痛みが残る額に、静雄の指先が触れる。いつくしむように、まるで赤子をあやすように。彼の手はどうしようもなく優しく、暖かかった。
「だから、これで許せよ。……千景」
少し固い声音で、たどたどしく名前を口にすると、静雄はもう一度――今度はしっかりと千景の目を見据えて、唇を重ねてきた。
小鳥がさえずるような、ちゅ、という愛らしいリップ音に、千景の中で何かが弾けた。頬に添えられた手を絡めとり、空いているもう片方の手で静雄の後頭部を掻き抱く。
「……良いのか?俺の『好き』がどういう意味か、分かってる?」
「分かってる、つもりだ」
「俺とこういうことして、嫌じゃねえの?」
口にして、「この聞き方は卑怯だな」と心の中で苦笑した。冗談や酔狂で男とキスができるはずがない。同じ男の身でありながら、なんの因果か男に心底ほれ込んでしまった千景には痛いほどによく分っていた。
「嫌だったら、最初からこんなことしてねえよ」
「だよな」
挑むような視線はそのままに、二人は三度目になる口づけを交わした。
ぴたりと閉じられた唇に吐息を吹きかけ、舌の先でノックすると静雄のそこはゆるく解けた。歯列を割って舌を潜り込ませれば、握った手のひらがびくりと強張るのが分かった。
狭い口腔内を逃げ回る舌を追い立て、絡め、夢中で貪る。それは互いの呼吸の限界まで続いた。
「ん……ン、っ」
先にギブアップをしたのは静雄の方だった。千景の胸板をおしやり、どうにかこうにか顔を引き剥がすと、彼は肩を大きく上下させて目いっぱい吸い込んだ酸素を暴言として吐き出した。
「……っの、エロガキがッ」
「あだっ、…いででで!もげる、静雄っ、鼻もげるって」
鼻っ柱を捻り上げられ、千景はじたばたと身もだえる。
いつまでも締まりのない顔でいる彼が、二発目の頭突きを食らって昏倒するまで、あと――。

スリーカウント
I'm head over heels for you baby!
(お前にぞっこんだぜ、ベイビー!)





承の5話を見てむらむらっときて。突発ろちシズ。
読むのは大好きだけど書くのはむっちゃ難しかった…!
ろち→(←)シズな感じで、安定の無自覚雄。ろっちー頑張れ!。

(2015.2.11)


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