最後のピース
※2014年420の日
※内容はほとんど関係ないです
先月はケーキだった。東武百貨店の地下で行列ができる有名店だとかで、昼を過ぎると季節の限定ものが品切れになることもあるらしい。得意げに語る臨也の横で、静雄は女性客に紛れて列に並ぶ男の姿を想像して少し笑った。
真っ赤に熟れた苺とブルーベリーの色合いは実に鮮やかで、小さめの箱の中は宝石箱のようにきらきらしていた。
その次はたしか今月に入ってすぐ、どこだかの老舗の桜餅が用意されていた。早めに咲いた桜はほとんど葉桜になってしまっていたが、和皿にちょこんと乗ったそれは桜の良い香りがした。
ほの甘く舌触りのなめらかなこしあんと、外側を包む塩漬けの葉が絶妙にマッチしている。上品で春らしい優しげな味わいは、静雄好みの一品だった。素直に「うまい」と告げれば、臨也は目もとを細め「こういうの、好きなんだね。覚えておくよ」と笑った。

エレベーターの階数表示をぼんやりと眺めながら、外したサングラスを胸ポケットにしまい込む。ふわりと身体が浮かぶような感覚に続いて、目的回のランプが点灯した。
音もなく開くドアをすりぬけ、慣れた足取りで突き当たりの部屋の前にまで進んだ。静雄の到着を見計らったかのように、ドアノブがゆっくりと上下する。ドアの隙間からひょこりと顔を覗かせた男に促されるまま、玄関先へと足を踏み入れた。
「いらっしゃい。外、雨降ってた?」
「いや、もうほとんど止んでるぜ」
「そっか」
臨也は「濡れなくて良かったね」と笑い、それからとってつけたように「まあ、君の身体は化け物だから、雨に濡れたくらいで風邪引いたりはしないんだろうけど」とのたまった。平素の静雄であれば、その嫌味ったらしい発言に傍らのシューズラックぐらいは投げ飛ばしているのだが、甘いものの手前ぐっと堪える。
何より、臨也の本心が最初の一言だということを、静雄はうっすらと感じ取っている。素直じゃねえなぁ、と呆れはすれど、ばかばかしくて怒る気にもなれない。
用意されたスリッパをつま先に引っ掛け、部屋の中へ向かう。事務所を兼ねているこの部屋には来客用のものも準備されているが、静雄のそれは臨也が彼のために用意したものだった。 なんの冗談のつもりか、うさぎの耳のついたスリッパを愛用している家主と同じく、静雄のものは猫の耳がついている。

臨也と静雄の関係は出会った頃から変わらず、俗に「犬猿の仲」だとか「宿敵」だとか呼ばれるような、そんな泥臭いものだった。そこに違う色が差込みはじめた時のことを、静雄はもう思い出すことができない。どちらが先に「そう」なったのか、何が原因だったのかも。
傍目からは殺し合いにも見える乱闘を繰り広げる傍ら、臨也は思い出したように静雄に接触をはかった。たいていは強引に事務所に引き込まれるか、自宅で寝込みを襲われる。だが、静雄はそれを強姦だとかレイプの類だとは考えていない。
どういう仕組みなのか分からないが、臨也は必ず静雄が「そういう気分」の時にしか誘いをかけてこなかったし、下手に抵抗して妙な薬を盛られるよりは、合意の上で行為に及んだ方が楽だと知っていたからだ。
はじめはそういった行為が自分を貶めるための手管なのでは、と警戒もしたが、臨也が何かを仕掛けてくる気配はなかった。だから、静雄も深く考えることはせず、一時の遊興と割り切ることにしている。
そんな関係がしばらく続いたある日、静雄の携帯に見覚えのないアドレスからメールが入った。スパムの類だろうと削除ボタンを押しかけ、タイトルに「シズちゃんへ」と入っていることに気づく。
その日は取立て先でひと悶着あった後で、静雄はすこぶる機嫌が悪かった。脳裏に浮かんだ男のニヤケ面のせいであやうく携帯を握りつぶしかけたが、なんとか思いとどまりメールを開く。と、そこには静雄の好きそうな生菓子の添付写真とともに「沢山もらったから、食べにこない?」との一言が添えられていた。
以来、上司や家族との連絡ツールに過ぎなかった静雄の携帯には、気まぐれに臨也からのメールが届くようになった。身体の関係を結ぶときは、事前連絡などなしに押しかけてくる。あの男がメールを寄越すのは、決まって甘味類を餌に静雄を呼び出す時だけだった。

「はい、好きなの食べていいよ」
言うと、臨也はガラス製のテーブルの上に、小さな箱を置いた。中を覗き込むと、ガラスの瓶に詰まったプリンが整然と並んでいる。
「これが普通ので、こっちがモカ。あと抹茶と、かぼちゃと、マンゴーもあるよ」
「すげえ数だな……」
「よく言うよ。君なら二日もあれば食べきっちゃうだろ。余った分は持って帰ってね、うちに置いておいても駄目にしちゃうだけだから」
臨也はもともと甘いものにさほど興味がない。だったら何でこんなに買い込む必要があるんだよ、と言いかけた口をつぐみ、静雄は出された紅茶に口をつけた。
散々迷った末に、静雄はかぼちゃのプリンを、臨也は普通のプリンをそれぞれ手元に置いた。フィルムを剥がしとってスプーンを差し込むと、香ばしいカラメルの香りが鼻先をくすぐる。
「おいしい?」
「ん、うめえ」
舌先でとろけるかぼちゃの風味と、ほどよく苦味の効いたソースがよく合う。
一時期コンビニで販売されていたかぼちゃのプリンを好んで食べていたが、臨也の用意したプリンはその何倍も美味く感じた。当然、値段もコンビニの数倍なのだろうけれど。
あっという間に空っぽになった容器をテーブルの隅に追いやると、静雄は続け様に箱の中身を物色しはじめる。向かい側で呆れたような表情を浮かべていた臨也の手元には、手付かずの容器が置かれていた。
「手前は食わねぇのかよ」
「食べたいならどうぞ。俺、まだ仕事が残ってるから、適当に食べたら帰って」
いまいち噛み合わない会話を一方的に打ち切り、臨也はソファから腰を上げた。
猫のように気まぐれなこの男の思惑に振り回されるたび、静雄はいつも考える。今の自分たちの関係は、一体なんと呼ぶべきなのだろうか、と。
臨也が気まぐれに肌を求めてくるのは、そういう触れ合いに飢えている時なのだろうと静雄は考えていた。自分も相手も男なのだから、欲が溜まった末のはけ口という言い訳はかろうじて理解できる。
その矛先をかつての宿敵に向けたことにも、自分があずかり知らぬ薄暗い事情があってのことに違いない。静雄が己の力と折り合いをつけられず「恋」や「愛」といったものから遠ざかっているように、臨也もまた何かしらの理由があって相手を選べない状況にあるのかもしれない。
だからこそ、静雄は臨也とのセックスに何も見出そうとはしなかった。嫌という程に熱を煽るやり方にも、絶頂が近づくと強請るように唇を奪われる理由にも。

「なに変な顔してるの?」
受け取ったカップを片手に身動きを止めたままの静雄の顔を覗き込み、臨也がおかしそうに笑った。
互いの性的欲求を満たす行為とは違って、今のこの状況には説明がつかない。天敵に餌付けをすることで、臨也が一体何を得ようとしているのか。静雄にはそれが分からなかった。
いや、より正確に表現するなら「分からない」のではなく「何かがしっくり」こないといった方が適切かもしれない。完成間近のパズルを前にして、ぽっかりと真ん中に明いた1ピース分がどうしても足りない。そんな感覚に近い。
全体の絵柄はおぼろげに見えているのに、中央に佇む人物の顔の部分が綺麗に切り取られていて、肝心の表情が読み取れない。彼がどんな顔をしてそこに立っているのか、それが分からないのだ。
「俺のことは気にしないで、好きなだけ食べていきなよ。それとも、なに?一丁前に遠慮でもしてるつもり?シズちゃん、熱でもあるんじゃないの?」
二つ目のプリンに手をつけない静雄をいぶかしむように、臨也は小さく首を捻った。
静雄の手の中のプリンにスプーンを差込み、自らの口元に運ぶ。「あまい」と一人ごち、続けてすくい取ったひとさじを静雄の唇に押し当てた。促されるままにパカリと口を開き、静雄は餌付けを待つ雛のようにスプーンにくらいつく。
かぼちゃのプリンと違って、口の中にやわらかな卵の風味が広がった。香り付けのアクセントに使われているバニラビーンズのせいか、ひどく甘ったるく感じる。
「ン……」
つい、と顎下をなでた指先が、静雄の頬をさらりと撫でた。目線を上げるのと同時に、唇に柔らかな感触がぶつかる。それが臨也の唇だと気がついた時には、すでに薄く開いた唇の隙間を割って舌が進入した後だった。
口の中で散り散りに解けたプリンがかき回され、時折クチュリという濡れた音を漏らす。何か硬いものがごとり、と床に落ちる音がした。頭の後ろをがっしりと固定されていて確認できないが、おそらくは臨也が先ほどまで手にしていたプリンのカップだろう。
甘さと熱の狭間で溶け出す思考の片隅で、静雄は「勿体ねぇなあ」とぼやく。呼吸もままならない今のこの状況で、それを口にすることは出来なかったが。

「……俺はこれぐらいの甘さで丁度いいや」
最後の仕上げとばかりに静雄の唇の端を舐め、臨也はあっさりと身体を離した。太ももに圧し掛かかっていた重みを引き止めるように、静雄はとっさに細い手首を掴みとる。
唇も、舌も、そして手のひらの中でトクトクと規則的に脈を打つ手首も――臨也の全身は燃えるように熱かった。目を見張る男の身体を引き寄せ、薄い背中を自らの両腕に閉じ込めた。
「ちょっと、シズちゃん」
抗議の声を上げる臨也の顔は、間近で見ればやはりどこか顔色が悪く思えた。
もとより色の白い顔は、血の気を失って紙のように白い。発熱と貧血。あまり酷いようなら、新羅の奴にでも連絡するか――。算段をつける静雄の腕の中で、臨也は逃れようと身を捩っている。
「じっとしてろ、アホ」
「いったい!!」
静雄が両腕にほんの少し力をこめると、線の細い身体のどこぞからゴキリと嫌な音が上がった。ぐったりと大人しくなった男の背中をぽんぽんと撫でてやりながら、静雄は床にに落ちて中身のこぼれたプリンのカップを眺めた。
体調が悪いときは、人間誰しも心細くなるものだそうだ。静雄はめったなことでは風邪など引かないし、あまり共感はしてやれないが。自分が今日このタイミングでここに招かれた理由だけは、正しく理解しているつもりだ。
思い返せば、前回の桜餅の時は仕事の関係でヘマをした静雄がひどく落ち込んでいた時期だった。その前のケーキは、たしか臨也の方がごたごたに巻き込まれて負傷していたのではなかったか。
甘いものに釣られて静雄がここにやってくる時、二人はたいてい肉欲的な接触とは無縁で過ごす。裏を返せば、そういったもっともらしい理由がなければ穏やかに向き合うことが出来ないのだ。
「手前は、ほんと面倒くせぇ野郎だな」
なめらかな黒髪を掻き分け、静雄はほんのりと赤い耳元に優しく口付ける。
「君に言われたくないよ」なんて消え入りそうな反論は、聞こえなかったことにしておこう。







珍しく察しのいい静雄。
イザシズだかシズイザだか微妙なところですが
気持ち的にはイザシズです。身体の関係も静雄が下ですが、無駄に男前。

身体の関係は勢いだけでどうとでもなるくせに
普通に向き合うのに言い訳が必要とか
とんでもなく面倒くさい二人が大好きです。
宿敵以上恋人未満。おいしい。

まあ、この二人は交際秒読みでしょうけども。笑

(2014.4.21)





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